第10話 宣言の取り消し
「………………」
「あら?」
「ああ、君か……」
庭で天を仰ぐマグナス様を見つけて、私は思わず声をかけていた。
彼がどうしてそんなことをしているのかは、わかっている。とある事実を知ったからだろう。
「悩んでいるの? 今回のことで……」
「いや、そういう訳ではない。進むべき道は決まっている。迷いはない……ただ、険しい道になる故に、少々怖気づいている」
「それは、少し驚きね。あなたでも、そういうことがあるなんて……」
マグナス様は、凛々しく勇猛な人であると思っていた。
そんな彼が、恐れを抱いているというのは意外である。それだけ今回の戦いが、厳しいものだということだろうか。
「俺はそんなに強い人間であるという訳ではない。だが、逃げるつもりはない。必ず、俺は母上の悪事を暴く。ラナーシャを守るためにも、それは必要なことだ」
マグナス様は、私の目を真っ直ぐに見てそう言ってきた。
それによって理解する。やはり彼は、強い人間であるということを。
恐れを抱いていても、進んでいける。それはすごいことだろう。やはり彼は、尊敬できる人だ。
「……そして俺は、君も守ってみせる」
「……え?」
そこで私は、一瞬固まってしまった。
マグナス様が、思ってもいなかったことを言ってきたからだ。
「それは一体、どういう意味なのかしら?」
「言葉のままの意味だ。ずっと思っていたんだ。君が何かを抱えていると」
「それは……」
「それを知って、俺は改めて理解した。君が過酷な運命と戦っているのだということを。そんな君を、俺は守りたいと思っている」
マグナス様の真っ直ぐな言葉に、私は思わず彼から目をそらしてしまった。
なんというか、恥ずかしかったのだ。その言葉は嬉しかったのだが、マグナス様の顔を真っ直ぐに見られない。
「さて、まあまずは兄上からの返答を待たなければならないな……こちらでも調査をしていきたいが、まずは足並みを揃えなければ」
「ハワード様は、協力してくれるのよね?」
「それは間違いないことだ。ただ、兄上の傍には父上や母上がいる。そこが少々心配な点だ」
「派手に動くことはできないということね。こちらも、そんなに人手がある訳ではないのでしょう?」
「ああ、長い戦いになるだろうな。だが、それでもいい。ばれてしまうよりはいいからな」
事件の調査は、長い目で見ることになるだろう。仕方ないことではあるが、それは中々にもどかしいことである。
ただ私達が最も気を付けるべきことは、ばれないことだ。水面下で動いて、確証が得られてから大胆に動く。今の私達は、そのように戦わなければならないのだ。
◇◇◇
私の母の事件もラナーシャの母の事件も、かなり昔の出来事である。それに加えて、大胆に動くことはできない。そういった事情故、情報は中々集まらなかった。
もちろんそれは重要なことではあるが、そればかり気にしていては仕方ない。そう判断した私は、屋敷での生活を楽しみ、それをラナーシャにも示した。
そんなこんなで生活を送っている内に、時は流れていった。
そこで私は、一つの問題に直面することになる。それは、マグナス様と決めていた結婚の期限のことだ。
一年後に離婚する。結婚してすぐに、彼はそう言ってきた。
その約束に、私は同意した。それは間違いない。
だがともに生活していく内に、その意思は薄れていた。
ここでの生活は、心地いい。いつからか、私はそう思うようになっていたのだ。
マグナス様は、素晴らしい尊敬できる人であると思っている。
最初の要求には驚いたが、今となっては良き夫であるとさえ思う。
そんな彼と離婚したいとは思わない。事件のこともあるし、本当にそれでいいのだろうか。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
そんなことを思っていた私に、マグナス様はそのようなことを言ってきた。
当然私に、それを断る理由なんてない。故に私は、彼の要求に力強く頷いた。
こうして私達は、その奇妙な結婚生活を続けるということになったのである。
◇◇◇
マグナスの元に嫁いでから、一年以上が過ぎた。
マグナスとその兄であるハワード様の働きかけによって、ラナーシャの母の事件や私の母の事件の調査は進んでいる。
だが、特にこれといった情報は出てこない。やはり二つの事件の調査は、かなり難しいようだ。
「元々困難な道であるということはわかっていた。だが、ここまで何も情報が出て来ないと、気が滅入ってしまうな……」
「まあ、そうよね。結構長い間調査している訳だし……でも、わかったこともあるし、進展していないという訳ではないでしょう?」
「ああ、成果は出ていない訳ではない。だが、これらの事実は罪を立証することができるものではないだろう。そこがもどかしいのだ」
調査が中々進まないことに、マグナスはかなり悔しそうにしていた。
基本的に、調査は彼とハワード様が中心として行っている。故にその悔しさは、私達以上なのかもしれない。
「確かに調査すればする程、わからなくなってくることはあるわね……私の母もラナーシャの母も、心労が祟って亡くなった。どちらも病死と診断されているけれど、これはやっぱり医師にも手が回っていたということなのかしら?」
「そう考えるべきだろう……しかし妙ではあるな。まさか、ここまで状況が一致しているなんて」
「ええ、そうね。どちらも同じ死因で、状況もそう変わらない。本当に似すぎているというか、なんというか……」
「……」
そこでマグナスは、調査結果が記された紙を交互に見た。
その顔は、何かを思いついたような顔だ。それに倣って、私も紙を交互に見てみた。二人の死の状況は、本当に似通っている。そこに何か意味があるのだろうか。
「まさかとは思うが、二人は同じ何かを使って殺されたのではないだろうか?」
「え?」
「この一致は、偶然という訳ではないのかもしれない。思い出してくれ、我々の結婚までの過程がとても奇妙だったということを」
「奇妙……ああ、そうだったわね」
「それはもしかしたら、君の父と俺達の母が、これらの事件において共謀していたから推し進めたものなのではないだろうか」
「……確かにそれはあり得ない話ではないわね」
マグナスの推論に、私はゆっくりと頷いた。
二つの事件が繋がっている。それはあり得ない話ではないだろう。
私とマグナスの結婚には謎が多かった。もしかしたら私達は、事件を通して繋がっているのかもしれない。
「よし、それなら調べるべきは、二つの家の繋がりということになるだろう。その辺りについて、兄上にも相談してみよう」
「ええ、よろしくお願い」
私とマグナスは、力強く頷き合う。
こうして私達は、新たな視点から事件を調べることにするのだった。




