第11話 兄からの情報
嫁いできてから、私はマグナスとラナーシャ以外のドルピード伯爵家の人間と接する機会はなかった。
彼の両親も兄であるハワード様も、決してこちらの屋敷を訪ねてこなかったのである。
そんな私は、今日やっと二人の兄であるハワード様と対面した。マグナス様によく似たその男性は、堂々とした態度で私達の対面の椅子に座っている。
「マグナスよ。お前の推測を俺なりに調べてみたが、カルロム伯爵と母上には繋がりがなかった。だが面白いことがわかったぞ?」
「面白いこと?」
ハワード様は、あっさりとマグナスの推測を否定した後に笑みを浮かべた。
彼は今日、大きな情報を掴んだとこちらを訪ねてきた。それはどうやら、マグナスの推測を調べた結果得られたものであるようだ。
「お前達の婚約だが、どうやら母上が主導で進めていたらしい。カルロム伯爵とよく話し合って決まったようだ」
「……二人に繋がりがなかったのに、ですか?」
「ああ。明らかにおかしい。二人は大した繋がりがないにも関わらず縁談を進めた。そこに何かしらの足掛かりがあると俺は睨んだのだ」
ハワード様からもたらされた情報は、確かに不思議なものだった。
やはり二人の間には、何かがあるのかもしれない。二つの事件を通して繋がっているというマグナスの推測は、正しいのではないだろうか。
「そこで調べた結果、二人が同日にとある町まで出向いているということがわかった。ラグナメルというその町は、エルヴィッド公爵の領地の町だ。それなりに大きい町ではあるようだが、この町には少々きな臭い噂がある」
「噂、ですか?」
「闇市だ」
「闇市……」
私とマグナスは、ハワード様の言葉に顔を見合わせた。
ハワード様の口振りからして、掴めたのは同時に同じ町に来ていたということだけなのだろう。
だが、その二人の微々たる繋がりは、その町で流れている噂と合わせると一つの推測が立てられそうだ。
「つまり二人は、闇市で出会ったということですか?」
「そういうことになるだろう。アラティア嬢。俺はその可能性が高いと思っている。同時に、あなたの母やラナーシャの母は、その闇市で取引された何かが原因かもしれない」
「兄上、何か心当たりでもあるのですか?」
ハワード様は、マグナスの言葉に少しだけ黙った。それは話すのを躊躇っているように見える。
もしかしたら、私達は知るべきではないことを知ろうとしているのだろうか。しかし母の死の謎を解き明かすためだ。躊躇ってなんかいられない。
「ハワード様、話してください。一体何を知っているんですか?」
「……透明な毒だ」
「透明な毒?」
「透明な毒と呼ばれる検知できない毒がある。昔からまことしやかに囁かれている噂だ。俺も実在するなどとは思っていなかった。しかしもしかしたら、その毒は実在するのかもしれない。忌々しいことではあるが……」
「これは?」
そこでハワード様は、懐から一通の封筒を取り出した。
そこには見慣れない文字が書いてある。これは異国の言語だろうか。
「これは俺が懇意にしている神父からもらったものだ。神父の名誉のために言っておくが、彼はそれを懺悔しに来た者から預かっただけで、そこには行っていないそうだ。いやそもそも、それが本物であるのかもわからない」
「これは、闇市への招待状ですか?」
「そういうことになるだろう。本来であれば、俺が行きたい所ではあるが、母上の目がある以上、お前達に頼むしかない。そこにいって真偽を確かめてきてくれ」
ハワード様は、私達に対して申し訳なさそうにしていた。それはきっと、ここに危険があると思っているからなのだろう。
しかし、私もマグナスも答えは決まっていた。例え危険であろうとも、真実を解き明かす。それはこの調査を始めた時から、決めていたことなのだ。
◇◇◇
私とマグナスは、ラグナメルという町まで来ていた。
ここで開催されているという闇市が、今回の私達の目的地だ。
「……地図によると、こっちのようだ」
「……路地裏、ですか。あまり入りたい場所ではないわね?」
「安心してくれ、君のことは俺が守る」
「ありがとう」
路地裏の薄暗い雰囲気は、私に恐怖を与えてきた。
事件が起こりやすいこの場所に足を踏み入れるのは、中々に勇気がいる。
だが、私は立ち止まる訳にはいかない。必ず母達の死の真相を解き明かすのだ。
「この店か……準備はいいか?」
「ええ、行きましょう」
「……失礼する」
「おや……」
私とマグナスは、路地裏の怪しい店へと入っていった。
薬屋と看板には書いてあった。その店名に違わず、店の中には薬らしきものが並べてある。
ただ、私達が求めている薬はここにはないだろう。ここはまだ、人が普通に来られる場所だ。
「これはこれは、まさか貴族の方々がこのような場所に来られるとは……ご用件は、なんでしょうか?」
「知人からこの招待状を預かってきた」
「招待状、拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
マグナスは、店主に例の招待状を渡した。
その中身をみた店主は、口の端を釣り上げる。その嫌らしい笑みに、私は少しだけ不快さを覚えてしまう。
「お二人とも、こちらにどうぞ」
「む……」
「進めばわかります。私からは、下へと進めばいいとだけお伝えしておきます」
「……わかった。いくぞ?」
「ええ……」
店主は、店の奥へと進むように言ってきた。
その指示に従って、私達は奥へ奥へと進んでいく。すると言っていた通り、下へと階段が見えてきた。
私とマグナスは顔を合わせた後頷いて、そのまま階段を下っていく。
「……この店の地下に、何かがあるということかしら?」
「そのようだな……しかし長い階段だ。一体どこまで下るのだ?」
階段は長かった。かなり下まで続いているようだ。
とにかく私達は、階段を下っていった。そしてその内、私達は底へとたどり着いた。
「こ、ここは……」
「闇市……」
目に入ってきたのは、活気にあふれる市場だった。
地下深くに存在しているとは思えないその場所では、様々な取引が行われている。だがその内容は、見てわかるだけでもおぞましいものだ。ここが普通の場所ではないことを表している。
「目的のものを探すとしよう」
「え、ええ……」
「俺の傍から離れるな。ここは危険場所だ」
「そうね。そうさせてもらうわ」
私は、マグナスの腕に抱き着いた。
正直言って、目の前で行われている取り引きに、気が滅入ってしまっている。だが立ち止まる訳にもいかないため、ここはマグナスに頼らせてもらうことにする。
そのまま私達は、ゆっくりと闇市の中を歩いていった。周囲の商人らしき者達は、そんな私達に当たり前のように声をかけてくる。
「そのお方、こちらの奴隷はどうです?」
「いや、こっちの虫を見てくださいよ。絶滅が危惧されている大変貴重な虫ですよ?」
市場としては、その光景は珍しいものではないだろう。
しかしその内容は、現実のものとは思えない。そんなことを思いながら、私は目的のものを探していた。
「マグナス、あれを……」
「む……」
そこで私は、とある店を発見した。
その店には、薬品らしきものが並んでいる。もしかしたらその中に、私達が求めている透明な毒なるものがあるかもしれない。
私とマグナスは、再び顔を見合わせて頷き合ってからその店へと向かっていく。ある種の決意を固めながら。




