犠牲と忠誠と動揺と
「新生ファーレガビャが戦争を……?
いったいどういう…」
夢芽の問いにカームは答える。
「すでに彼らが本来いなければいけない流刑地を離れ、進軍しているという情報が入っています」
「そ、それって私を追ってる軍のことなんじゃ……
違うよ!彼らはこの国のことなんてたぶん知らない!
私を追ってきたんだ」
悪役令嬢を演じた夢芽。それを追って、聖軍士が進軍をしているだろうということは、想像の範囲内であり、クリフも同意していたことだ。
しかし夢芽の言葉にカームは驚くことはなく、むしろ笑みは深くなった。
「そうですか。
ですが、それが事実かどうかはさして問題ではないのです。
軍がこちらに向かっているという事実。
それだけで国民に与える恐怖は計り知れない。
よく分からないものほど怖いものは無いのですよ。
分からないものに理由を与えれば、人は容易に納得する。
新生ファーレガビャは、わが国に復讐するために進軍してきた。
それが私が国民に与える理由です」
「戦争を正当化するために、嘘の理由をでっち上げるつもり?」
「そんなことはさせない!」
『どうやって?』
カームは口にはしなかったが、瞳がそう語り、夢芽とクリフは返す言葉を得てはいなかった。
「それに、彼らがこの地にたどり着き、我々に害をなさないという証拠はありません。
あながち、間違いではありませんよ。
私たちは、英雄エイリの生まれ変わりをあけわたす様な不義理なことはしませんから」
夢芽の中に、怒りと屈辱と悔しさが入り混じるような感覚がせり上がる。
その感覚を無理矢理おしこめて、話を終わりにした。
カームには、まだ話すことはあるようだったが、あまりにも情報が多すぎた。
「カーム様」
ウォームの柔らかな声が、今はとても異質に思えたが、その異質さがカームをたしなめ、場が収まったと言える。
会談後、部屋に残されたクリフと夢芽。
クリフは、まっすぐに夢芽を見つめて言った。
「夢芽、君の怒りはもっともだと思う。
俺のしてきたことは許されることじゃない。それでも…、今後のことを考えて欲しい。
拒絶したとしても……、俺はそれを責めたりしない」
『拒絶?』
夢芽の中に言語化できない感情がわきあがる。
『これは何?』
胸につまるような、迫ってくるような、息が苦しくなるような感覚。それでいてそれを塞き止めるようにドロドロしたものが蓋をする。
その蓋がとても苦しい。
夢芽はクリフに言葉を返したいのに、何も言うことが出来なかった。
許可を得て建物の外を歩く。
どこか日本や中国を思わせるアジア的な街並み。
高台から見下ろすと、行商人が行き交う姿と、それを品定めを楽しむ人たち姿が見えた。
はしゃぐ子どもの声。
どこからか、揚げ物のような香りが漂う。
これは、どこかの家の夕食か、それともお店から香るものだろうかと、どうでも良いことが頭をよぎる。
ふと、先ほど見ていた方とは別の方角から喧嘩をするような男の声も聞こえた。
夢芽は声をほうに視線を合わせ、何か出来ないかと思案するも、すぐに誰かが止めに入り事無きを得る。仲裁に入った者は、その振る舞いからして警察のような組織の者なのだろう。
治安も良いようだ。
カームもウォームも、この国の人間は、耳の後ろに魚の胸ヒレのような物が見える。
流行っているのか、何かの義務なのか。もしくは飾りではなく生まれながらについているのかもしれないが、理由は分からない。
空は青かった。
どこまでもどこまでも青くて広い。
空気はあたたかく、頬をなでる風は優しい。
世界はこんなにも美しい。
「こんにちは」
声がしたほうに振り向けば、一人の女性が立っていた。
フワフワとした巻き毛と、艶めかしい表情が印象的な美しい人だ。
そして、他のリベドゥーディネ国民同様、彼女にもヒレがあった。
「話があるの。こちらに」
女性は、夢芽の手を握るとその手をひいて駆け出した。
彼女からは甘く魅惑的な香りがする。 触れた手は柔らかくて少し冷たい。
二人は藤の花が咲き誇る道を駆けた。
この世界の藤の花はほのかに光り、その幻想的な美しさに心を奪われる。
彼女は立ち止まるが、その動きはダンスをするかのように軽やかで、手をつないでいた夢芽も自然と身体が対面するように流れた。
「はじめまして。私はカームの妹、ナーヴァと申します。あなたに、お願いがあってきたの」
その笑みは、見る者全ての目を奪うほどに美しく、蠱惑的だった。




