人間の味方
音が近づいてくる。
あの人はもう自分の存在を隠そうとはしていない。
もともと潜入には向かない人だ。
それを差し引いても使いたい戦力。
そして、全て押し付けることの出来る地位の低さ。
本人は気づいていない。
どこまでも単純。強いのに不器用で、彼女を見ていると、ピュアであることは、極端に善悪へと転がり落ち、まるで停止機能が壊れた人魔装置のような危険性を持つ存在だということを知る。
音が止んだ。
顔をあげ目を開けば、そこには母、チアが立っていた。
足を大きく開き、肩に担いだ棍棒とまっすぐこちらを見据える瞳は、どちらが不法侵入した存在なのかを誤認させるように見えた。
「うらやましいですね」
ポツリと零した言葉にチアが反応する。
「何がだい?」
「まるで自分には何も非がないかのように……、いえ、実際そう思ってるんでしょう?
そのお気楽な脳みそをもっているあなたがですよ」
「龍神様は教会がお守り尽くす存在だ。
お助けするのに、どこに非があるってんだ」
「研究室は悪、そこと繋がりをもつ議会も悪、議会に肩入れする騎士団も悪ってことですか?
だから、何をしてもいいと?」
「私は誰も殺してない。倒した騎士たちも、二、三日は痛むだろうが、それだけだ。
それに比べて研究室はどうだい?危険な実験をして人を殺して、議会と騎士団はそれを庇う。
どこに正義があるってんだ。
今だってそうだ。
こんな薄暗くてだだっ広い所に龍神様を放置して、敬いの欠片も感じやしない。
それに、本来非戦闘員のお前がここにいるのだって、侵入してきたのが私だと分かったからだろう?
身内を戦わせるなんて、どこまで腐った連中なんだ」
ゴートンがバーサルに頼み込んだのは、確かにそれが狙いだろう。
だが、教会が潜入する人物にチアを選んだ理由もまた美しいものではないと推測するバーサルからしてみれば、どっちもどっちだ。
そもそも……
「時系列がおかしいでしょう?
あなたが派手な潜入をし始めてから、ここにたどり着くまでどれほど時間がありましたか?
無いと分かっていたから、騎士同士の喧嘩までは地味な、一応戦略ともとれる行動をしていたのに、それから一気にイ•ノ•シ•シ!のように突進してきたのでしょう?
僕は事前に察知して、自らここに来たんです。
あなたのように言われたことをなんでも鵜呑みにするのではなく、自分で考えてここにいるんです」
『イノシシ』のワードを嫌味たっぷりに強めに発言する。
そして、そのまま続けた。
「腐った連中?
あなたついこの前まで真穂君と一緒にいて、その上で同じことが言えるんですか?
あの子はこちら側の人間なんですよ?彼も腐っていると?」
詳しく聞いたわけではないが、どうせすぐに絆されたに決まっている。
単純だから。
「あの子はまだ若い!だから都合のいいように利用されて」
想定通りの答えが返ってくる。
その言葉、そっくりそのまま返してやりたいと思った。
ミスティの本心を言ってやりたい。
あの日記を叩きつけてやりたい。
そう思っているのに
『どうして言葉につまってしまうんだろう』
バーサルは己の手をギュッと握りしめた。
「さぁ、そこをどきな」
そう言ってチアが一歩前へ踏み出した時、空気が変わった。
横たわる巨体がゆっくりと動き出し、長い首がバーサルの上空を越え、チアの前へと進んだ。
「とても美しいと思うわ。ワタシ、あなたたちがとても好きよ」
龍神の言葉に、呆然としていたチアがハッと我に返り答える。
「お、お迎えにあがりました、龍神様。私はチアと申します」
「あなたと彼女は敵対しているのね?どうするの?殺すの?」
龍神の声はどこか面白がっているようにも聞こえる。
チアはあきらかな動揺を見せ
「あ、あの子もまだ子どもなのです。どうか、寛大な処置を」
「都合が悪いものは皆子どもなのね。
あなたは大人なのかしら。ワタシからしたら子どもなんだけど………。
でもステキ、本当にステキ。人のことを思いやっているようで、自分のことばかり。自分のことばかりかと思ったら、次の瞬間ひとのこと。
感情的で矛盾していて、でも、とても一生懸命」
その言葉を聞いて、バーサルの顔が歪む。
上から目線で、全てを知って余裕ぶった態度に腹が立った。
「で?あなたはどうしたいんですか?
ここにいたいんですか?それとも教会に行きますか?
あなたは、どちらの味方なんですか?」
龍神は嬉しそうに答えた。
「ワタシ?ワタシは、人間の味方よ」




