第96話 ディノプテラ王国での戦いは簡単に。しかし……
ディノプテラ王国での魔獣や魔物の大量発生が報告され、ソフィアは大急ぎで馬車に乗って出掛けた。
セリナはソフィアと同じく王宮の聖女邸で準備を調えると、すぐさま馬車を走らせた。
ちなみにだか、アンナに依って絞め落とされたオリビアは、数時間遅れでソフィアの後を馬に乗って追う事になった。
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「はぁっ、はぁっ、はぁっ…… や…… やっと追い付いた…… ソフィア様、セリナ様、行動が早過ぎます…… もう少し状況を把握してから動いて下さいませんか…?」
息を切らしながら言うオリビアに、ソフィアが尋ねる。
「あの…… はあくって何ですか…?」
何の緊張感も無いソフィアの質問に、オリビアは勿論、セリナもガックリと床に膝を落とす。
「ソフィアさん…… 一般常識の勉強、なさっていたのでは…?」
「まぁ、それなりに勉強してますけど、まだまだ知らない言葉とかが多くって…… 暇を見付けては本を読んでるんですけねぇ……」
セリナが聞くと、ソフィアは馬車の
座席に置かれた一般常識を勉強する為の本に目を移す。
その本は随分と読み込まれている様で、表紙だけでもあちこちが擦り切れており、かなり傷んでいる。
「結構、読み込んでおられますね…… けど、これって……」
本を手に取り、パラパラとページを捲るセリナ。
しかし、その表情は徐々に呆れた表情に変わっていく。
「ソフィアさん、この本って………… 一般常識の中でも基本中の基本! それも、10歳までには全部覚えてる内容じゃありませんの! 少なくとも、私は8歳になるまでには全部覚えましたわよ!?」
「えぇっ!? そうなんですか!? 私、まだ半分も覚えられてなくて……」
シュンとするソフィアだったが、そんな彼女を優しく抱き締めてセリナは言う。
「まぁ、仕方ありませんわね…… だってソフィアさんは3歳の頃に戦争に巻き込まれて勉強どころじゃなかったでしょうし、5歳から8歳までは…… その、えぇと……」
そこまで言って、セリナは〝奴隷〟と言う言葉を使って良いのか迷って言い淀んだ。
周りにはソフィアの素性を知る〝バドルス侯爵家所縁〟の者も居たが、大半はソフィアの事を『さして珍しくもない平民出身の聖女』と思っている。
すると、そこへアンナが助け船を出す。
「ソフィア様は3歳で戦争に巻き込まれ、5歳の時に両親を亡くし、8歳でバドルス侯爵様にメイドとして雇われるまで、満足に勉強出来ない環境でしたからね。先日セリナ様と共に9歳に成られましたが、読み書きを含めて〝勉強〟自体を始めて1年も経っておられません。故に、まだまだ知らない言葉が多いのも仕方無い事。皆々様方、あまりお気になされません様に」
アンナの説明を聞いたバドルス侯爵家所縁の者達以外は、彼女の説明に納得して何度も頷いていた。
その様子を見ていたセリナは、感心した様にアンナにコッソリと言う。
(よくもまぁ、あんなにスラスラと…… そりゃ、元・奴隷って事以外は全部本当なんでしょうけど……)
(まぁ、私共バドルス侯爵家所縁の者はソフィア様の身の上を全て把握しておりますし、言って良い事と絶対に言ってはいけない事もバドルス侯爵様より叩き込まれておりますから…… この程度の誤魔化しなど、考えなくてもスラスラ喋れます)
(誤魔化しって……)
思わず突っ込むセリナだったが、全員が納得していたのでディノプテラ王国へ向かって出発したのだった。
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ソフィア達が聖クレア王国で報告を聞いた頃、ディノプテラ王国ではワラワラと湧いて出てくる魔物や魔獣への対応で手一杯だった。
そんな中、城壁に立って全体を指揮しているニコラ・ガブリエル将軍が叫ぶ。
「まだか!? まだ聖クレア王国から、聖女様の援軍は来ないのか!?」
側に控える副将軍のエンリコ・アンドレッティは、落ち着いた様子で応える。
「冷静になって下さい、ガブリエル将軍。ディノプテラ王国から聖クレア王国までは、どれだけ早馬で急がせても、10日は掛かります。ですので早くても昨日、遅ければ明日、こちらに向けて出発するのではないかと……」
ガブリエル将軍は苦虫を噛み潰した様な顔になる。
連絡だけでも早馬を急がせて10日前後掛かる。
となると、魔物や魔獣を討伐する軍を編成し、ディノプテラ王国へ派遣する。
当然、それなりの数になる為、どうしても馬車での移動になる。
「つまり、どれだけ早くても聖女様の援軍が到着するのは、1ヶ月ぐらい先だと…? それまで、この魔物や魔獣の大群を我々だけで抑えなければならんのか…? 無理だ…! 魔物も魔獣も数が多過ぎる…… とてもではないが、それまで持つとは思えん……」
絶望的になり、頭を抱えるガブリエル将軍に、アンドレッティ副将軍が言う。
「ガブリエル将軍、諦めるのは早計にございます。聞いた話では、聖女ソフィア様は高速で空を翔る事で、聖クレア王国北のベルハルト王国との国境で発生した魔物や魔獣を一気に屠り、更に聖クレア王国のラファネル辺境伯領に取って返し、やはり魔物や魔獣を一気に屠ったのだとか。まだ希望を捨てる時ではありませんぞ!」
しかし、ガブリエル将軍は静かに首を振る。
「聖クレア王国と隣国のベルハルト王国との国境と、聖クレア王国とディノプテラ王国とでは、距離が違い過ぎる…… いくら空を高速で翔る事の出来る聖女様とは言え、何日掛かるか…… その間に我々は……」
と、思わず空を見上げた時……
ちゅどどどどぉおおおおおおんっ!!!!
と、空の一点から光の雨が降り注ぎ、魔物や魔獣を薙ぎ倒していった。
唖然とするガブリエル将軍とアンドレッティ副将軍の立つ城壁に、フワリとソフィアが降り立つ。
その両隣にはセリナとオリビアが、1歩引いて直立不動の姿勢で立っている。
一拍置き、ソフィアが言葉を発する。
「遅くなりました事、お詫び申し上げます」
そして軽く頭を下げる。
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しばしの沈黙。
そして……
「えぇと…… 次、何を言うんでしたっけ…?」
ドッと崩れるセリナとオリビア。
いや、ガブリエル将軍とアンドレッティ副将軍も、予想だにしなかったソフィアの言葉に崩れ落ちていた。
しかし、何とか気を取り直したガブリエル将軍が口を開く。
「えぇと…… そちらの女性騎士の方は、もしやオリビア・フォン・マクレール様でありますかな?」
オリビアは胸に手を当てて片膝を突き、頭を垂れて挨拶する。
「いかにも、自分はオリビア・フォン・マクレールにございます。そして、自分の隣に御座されるのが聖女ソフィア様、その隣に御座されるのが、もう1人の聖女セリナ様にございます」
言ってオリビアは立ち上がり、付け加える。
「そして私オリビア・フォン・マクレールは、ソフィア様専属の護衛剣士にございます」
言いつつ、さりげなくソフィアの肩に手を回し、微妙に抱き寄せる。
その様子を視界の端に捉えていたセリナは、(やっぱりオリビアさんって、ソフィアさんに何か特別な感情を抱いている…? 皆が言う通り、レズっ気があるのでは…?)と、オリビアに疑惑の眼を向けるのだった。
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そこから先は一方的に近かった。
と言うのも、ソフィアの広範囲魔法で魔物や魔獣は大多数が屠られ、運良く倒されなかった魔物や魔獣はセリナの魔法攻撃とオリビアの剣戟で、次々と倒されていった。
更に、遅れはしたものの聖クレア王国からの援軍の活躍もあり、ディノプテラ王国での騒ぎは概ね落ち着きを見せ始めていた。
「ふぅ…… 魔物や魔獣の数もかなり減りましたし、これでディノプテラ王国も安心と言っても良い頃合いですかな…?」
戦場全体を見渡して言うガブリエル将軍。
セリナとオリビアも、固かった表情を多少崩して軽く頷く。
「とりあえず、当面の危険は去ったと言えますわね……」
「えぇ…… 何とか喫緊の問題──魔物や魔獣に依る危険──は去ったのではないかと……」
しかし、ソフィアだけは近くに在る森を見詰めて言う。
「いえ、まだ終わってません…… あの森の奥から異様な気配を感じます…… れっさー でーもんとかぐれーたーでーもんかも知れませんし…… もしかしたら、それより上位のでーもんの可能性も考えられます……」
いつになく真剣な表情のソフィアに、セリナもオリビアも緊張感を高めたのだった。




