第74話 ソフィアの告白 ~後編~
「普通に働いて得る給金より、命の危険がある兵隊の給金の方が安いなんて… 終わってるわね…」
ソフィアは小さく首を振った。
「仕方が無かったんだと思います… お父さんもお金は必要でしょうから、貰った給金を全部私達に送るなんて出来なかったでしょうしね… それに、後から聞いた話なんですが、ヴァネル王国が優勢だったのは戦争が始まってから2ヶ月か3ヶ月だったそうなので…」
今度はナンシーが頷く。
「うん… 宣戦布告と同時に攻め込んだらしいわね。不意討ちに近い状態だったから、ヴァネル王国が優勢だったそうよ? けど、戦況が落ち着くにつれ、そもそもの戦力が充実してるランドール王国が優位になっていったって聞いたわね…」
ナンシーは溜め息を吐きつつ、話を続ける。
「ヴァネル王国の敗因は、ランドール王国が体制を立て直す前に決着を着けられなかった事らしいわね…」
ナンシーの話を聞いたソフィアは首を傾げる。
「えぇと… ヴァネル王国が負けたのは、戦争を仕掛けた時にランドール王国の戦力を低く見積もってたって事ですか…?」
ナンシーは頷きながら答える。
「その可能性は高いわね。で、不意討ち的に一気呵成に攻め込めば、何とかなると思った… か、どうかは判らないけど… 結果を見れば、目算が甘かったって事かしらね?」
「あの… いっきかせい、もくさんって何ですか?」
「聞くトコ、そこ!?」
相変わらず言葉の意味を知らないソフィアに突っ込むナンシー。
「あはは… まぁ、そんな感じで、私ってば一般常識とか言葉の意味を殆ど知らなかったんですよね。勉強して、多少はマシになってきたと思うんですけど、まだまだなんですよねぇ…」
「それで、この量の一般常識の本ってワケね…? 勉強の効果、あんまり出てないみたいだけど…」
ナンシーが呆れた様に言うと、ソフィアはポリポリと頬を掻きつつ苦笑する。
「えぇ… 私ってば、奴隷商に居た時から物覚えが悪かったですからねぇ………… あっ! でも、人の名前を覚えるのだけは早くなったんですよ♪ なにしろ、人の名前… 特にお客様の名前を間違って覚えたら、店主さんに殴る蹴るされますからねぇ♪」
「楽しそうに言わないでよ…」
あまりと言えばあまりなソフィアの境遇と、それをあっけらかんと話す本人のギャップに、ナンシーは額を押さえて表情を曇らせるのだった。
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「オリビア様… 何度も申し上げていますが、ハルバートの奴隷商人を殺すのはダメですよ?…」
気配を完全に消し、ドア越しにソフィアとナンシーの会話を聞いていたアンナがオリビアを制する。
「解ってる… 殴る蹴るするのはともかくとして、人の名前を間違える… とりわけ商店で働く… と言って良いかは判らないが、奴隷も商品であると同時に従業員でもあるワケだからな… その従業員が客の名前を間違えるのは、失礼な行為だから… 叱られるのは仕方が無いだろう。殴る蹴るするのは間違ってるとしか言えないが…」
オリビアが言うと、アンナは宙を仰いで何かを考え…
「オリビア様も、国王陛下のご家族の名前を間違えまくってましたねぇ… これって、商店の客の名前を間違えるより、遥かに失礼な行為なのでは…?」
アンナの当然過ぎる指摘にオリビアはキョドる。
「いやまぁ、何と言うか… 私はソフィア様と逆に、人の名前を覚えるのが苦手なんだ… 他の事は問題無く覚えられるんだが…」
「それはともかくとして、兵隊が給金を家族に送るなんて出来るんですか? その辺りの事情は私には解らないんですが…?」
アンナの問いに、オリビアはコクリと頷く。
「それは簡単だ。自分が必要と思う額だけ受け取り、残りを家族に送る様に申請しておけばな。そうしておけば、自分が嗜好品… 例えばタバコや酒だが、それらを買う金… 仮に金貨1枚としておこうか。で、給金を金貨3枚として、残りの金貨2枚は家族の元に届けられる事になる。もっとも、私はヴァネル王国が一般兵士に幾ら支払っていたかまでは知らないんだが…」
オリビアの話を聞き、ウンウンと頷きながらアンナは言う。
「それはまぁ、仕方がありませんね。ちなみにですが、聖クレア王国の一般兵士の給金は…?」
「聖クレア王国は大国だからな… 一般兵士でも金貨5枚が最低限だと聞き及んでいる。もっとも、小国であるヴァネル王国の一般兵士の給金が、下手すれば聖クレア王国の半分に満たなかったとしても、何ら不思議ではないがな」
オリビアの説明に納得するアンナ。
「その可能性は高いですね。そうで無ければ、平民の朝食として定番と言っても良いベーコンエッグを週に一度しか食べられない事は無いでしょうから…」
彼女が言った直後、ドアが開いてソフィアが姿を現す。
「オーリャさんとアンナさんの言う通りですけど、2人揃って盗み聞きですか? まぁ、聞かれて困る話でもありませんから、聞きたいのなら中に入って下さい。あ、シンディさんも入って良いですよ? シンディさんも私のそっきんなんですから、遠慮は要りませんので♪」
ソフィアがニッコリ笑って廊下の端を見れば、そこには廊下の曲がり角から顔を半分ばかり覗かせているシンディが居た。
「にゃぁあっ! ソフィア様、気付いてたんですか!?」
「シ… シンディ、居たのか!?」
「シンディ… いつの間に…?」
オリビアとアンナですら気付かない程に気配を消し、ソフィアとナンシーの会話を遠く離れた位置から聞いていたシンディだったのだが…
その気配の消し方は、オリビアやアンナを驚嘆させる出来映えだった。
もっとも、シンディにはそのつもりは無く、単にコッソリとソフィアの話を聞きたい一心だったのだが。
結果的にシンディの気配の消し方は、手練れの2人──オリビアとアンナ──にすら気付かれないレベルにまで達していたのだった。
「シンディはともかくとして… オリビア様やアンナさんまでもが盗み聞きしてたとは驚いたわよ…」
呆れた様にナンシーが言うと、オリビアとアンナはバツが悪そうに項垂れる。
「いやまぁ、私としてはソフィア様の護衛剣士として… ってのは言い訳かな…? 正直に言わせて貰えれば、ソフィア様の全てを知りたい… いや、知っておかなければと言う使命感に駆られての事なんだが…」
「私は… ソフィア様の世話をするメイド達を束ねる立場として、ソフィア様の全てを知っておかなければと思っての事なんだけど…」
言い訳とも言える2人の説明を聞き、ナンシーは額を押さえて首を振る。
「はぁ… まぁ、お2人の言いたい事は解りますけど、やっぱり盗み聞きってのは…」
すると、ソフィアが部屋から出てきて言う。
「そうですよ。聞きたいんだったら言ってくれれば良かったんです。だって私、皆さんに隠す事なんてありませんから」
「ソフィアの場合、少しは隠す事を覚えた方が良いと思うけどね…」
ナンシーの意見に、然もありなんと頷く一同。
「ど~ゆ~意味ですか…?」
思わず怪訝な表情になるソフィアだったが…
その後、ソフィアの部屋に入った4人は、ソフィアとの会話を心行くまで楽しんだのだった。




