一話 元邪神の奴隷
「俺には、これしかない。」
悠久の時を自暴自棄に消費し、地を這う肉塊も、気が付けば首を一周する爆弾によって、他者を喰い荒らす権利を買い与えられていた。
「何かを殺すことでしか、生き永らえない。」
延命と嘲る傲慢な内情に構うことなく、最下層の住民に相応しい生ゴミを嚥下し、地に足を着けて最低限の飢えを凌ぐ。
「身に覚えはないが、斬新な物もない。すべてが、陳腐で原始的だ。」
潰えた鉄塊。檻としての用途さえ満たせない杜撰さ。へばり付く肉塊に這い寄る蛋白質。凡ゆる資源が利権によって枯渇した地に、消耗品が喉を潤す手段は他者の血肉を除いて他に存在し得ない。
「俺には自由が相応しい。」
首輪付きとは、無制限に替えが効く消耗品だ。この空間も、当事者の監禁が主な役割であって飼育は目的ではない、地下牢とは名ばかりの格納庫である。
「排泄物すら垂れ流しの環境下に、特筆すべき設備はない。」
麻袋から引っ張り出した前脚を犬歯で引き裂き、垣間見えた可食部を強引に啜る。
「分かっている。観客席にて座すゴミと比べてしまえば、俺は遥かに自由だろう。」
ならば、何が不満なのか。
「問うべきは、この俺が不満か、否かだ。」
腸に居座る生ゴミから派生した衝動を原動力として、煩わしい足枷を蹴り飛ばす。鉄が唸り、今にも隣人へと喰らい付くような推進力へ、膂力の均衡を一身に担う鎖が拮抗する鉄塊の暴走を限定的に制限する。
「命に傅くのは、矮小な俗物だけ。」
錯綜する轟音。巻き起こる突風が粉塵を拭い去り、矮小な者共が畏怖の念を覗かせる側では、特別製の魔法陣を敷く地面を陥没させた鉄塊が曇ることなく鎮座していた。
「首を一周する爆弾も、利害の外側を走る獣の前では無用の鉄屑と化すだろう。」
圧倒的な膂力を有する捕食者を抑えるには心許ない鉄格子の狭間で、次なる欲求が矮小な者共に殺到する。賢明な者から悟る。底を打ち砕いた鉄塊が、いつ自らの頭上を叩き割っても不思議ではないと。新入りは知る由もない。飼い主との信頼関係に付随する形で、俺が首輪付きで有りながら看守兼調停者という滅茶苦茶な肩書きを持っていることも。
「相応の利益を提示し続ける限り、外界への干渉を除いて、俺の如何なる蛮行もまた合法となる。」
ゴミを喰い殺す爽快感が消え去ると、抑圧したが故の惨状を思い知る。衝動的に走り出す蛮行に、確固たる不利益を叩き付ける抑止力が吼える。『貴様の命は、小銭で買えるのか』と。
「俺の答えは、他者を介する類いの紛いものではない。」
そう言って様々な情念を浮かべては、何の価値もないゴミであると悉くを唾棄した。
「首輪の有無に関わらず、社会とは個々の依存関係の上に成り立っている。」
其処の繋がりを権威的に剥奪した者の名を奴隷という。檻の中で地べたを這う様子を『家畜』のようだと嘲笑う。奴隷を嬲る行為に疑問を挟む者も、善を為せと義務の伴わない甘言を提唱する小悪党も、そこへ賛同する無能もここでは総じて息を吸う資格がない。
「地球に、俺の求める飴はなかった。」
鬱々とした日常へ迷い込んだ異界の飴の衝撃は、へばり付く悪循環の螺旋へ爽快感という名の解決策を齎した。
「この不利益を打ち消して尚も、ゴミを蹴り殺せる環境には、停滞するだけの価値がある。」
そこまでを準えて、自嘲する。
「俺も同じ穴の狢か。」
下した敗者の血肉で潤した口先で、形式だけの免罪符の所在を投影する。
「ゴミがゴミである根拠を求めて、無差別に神格を与えたことがある。」
了承を得たとばかりに都合のいい解釈を披露した前者は悪行を賛美し、後者は他者の安寧を願い、救いを求めた。
「他者を貪る矮小なゴミで溢れ返る中で、ある男だけは『頑張ってください』と遺言を残したのちに自らその命を絶った。」
俺と同じ椅子を用意して尚も、彼の者は孤独から抜け出せなかった。
「酷い味だ」
都合の良い幻想には生ゴミを供え、吐き気を催すその質感を戒めとする。
「此処より、甘美な飴が点在する証拠など何処にもないのに」
毎月肥えた肉塊が消耗品の手綱を引き摺りに来る。用途は多種多様だが、肉体労働に従事する者がその大多数を占めた。
「一ヶ月前に買われたボロ雑巾は三日で死んだ」
飼い主に『ジョンは?』と訊ねると外的要因が絡む出血死だと言葉を濁しながら伝えられた。
「ジョンにはジョンの良さがあり、俺には俺の悪癖がある。」
たとえ、幾許かの寿命へ縋ったとて。傅いたが故に、蹂躙を許容しては、本末転倒ではないか。
「俺は、何処までも個人主義。俺以外の存在とは、総じてゴミ、不純物でしかない。ゴミを何匹処分しようが、ゴミはゴミ。俺が、満足に息を吸えてこその、他者である。」
捕食者と生息域を隔てる緩衝材をへし折る勢いで、堆積した地下の閉鎖空間にへと視線を潜らせる。
「裁きを受けるべきゴミが跋扈し、滞留した環境へ。ゴミを主食とした捕食者の台頭は、循環しない聖域を血で贖う構造的な転換を示唆した。」
故に、新参のゴミは好ましい。俺が口にする生ゴミへ無相応にも手を伸ばす愚か者が、その典型例と言えるだろう。
「腹が減ったか?」
獣だと断念した筈の存在へ培った価値観が通用したと、好意的に解釈した愚か者が脊髄反射的に目の色を変える。
「よこせ!異世界人に、この私を助ける、名誉を与えてやる。」
想像通りの手応えに、悠然とした態度でへばり付く肉塊を引き寄せた。
「そいつはどうも、じゃあ恩には報いるべきだよな」
「殊勝な奴だのう、どうやら、このような掃き溜めにも儂の威光が轟いていたと見える」
与えられた名誉とやらへ歓迎の意を込めて、御機嫌な乞食の顔面目掛けて勢い良く振りかぶる。
「やるよ、ほら」
「おい、何をするつもりだ!」
構うことなく振り下ろした生ゴミは乞食を目前に控えて、鉄の檻の迎撃に遭い、あえなく爆散した。生臭い飛沫を最前列で噛み締めた乞食の顔色が烈火に染まる。
「誰の慈悲で、何者でもない貴様のような野蛮人が商品として付加価値を与えられていると思っている!?儂の善意の結晶足る莫大な献金が、この事業の基盤を形作っているのだぞ!」
何ら意味のない恩義を持ち掛ける老骨に、溜め息を零す。
「己の命すら自らの手で背負えないゴミ風情が、権利やら義務やらを語るな」
軽く足を振るえば、食い込んだ鉄塊が瓦礫を巻き込みながら鉄格子の前にまで滑り込んだ。愚か者の目が瞬間的に怯えを帯びる。俺が息を吸うように行う癇癪も、矮小な者には抗えない天変地異となる。
「目を逸らすな。」
対等ではない言葉は、時に飾りと化す。
「己の血と肉でさえも資源と化す環境下に、おまえが本来納めるべき重責の身代わりを務める生贄は、もういない。」
そこで俺を出迎えたのは、指摘に対する反論ではなく、陰険な喜悦だった。
「簡単な話だ。貴様が傅けば良い」
俄かに信じ難い返答の真意を探るべく、鉄格子の先を凝視する。
「重責と言ったか?何やら、思い違いをしているようだな。下賎な者を束ね、導くのが高貴な者の責務であって、必ずしも犠牲を尊ぶ訳ではない。消費の裏で利益が発生するのならば、下賎の身で在庫を補填するべきじゃないか。」
「権利を行使したい側に高貴な身分とやらが殺到し、前者が消耗品と侮辱する大衆の大半はその権利とやらを必要としない。何故だかわかるか?」
「簡単だ。高貴な者に替えは効かないが、貴様ら消耗品はその限りではない。需要に応えたからといって、貴様の血が尊くなる訳ではない。過大なる飴を下賜されたからといって勘違してはならない、我々が下々の者へ垂らす甘露とは必然ではなく、慈悲だ。」
煮え付く唇から、磨り潰すような不協和音が発生する。
「ゴミと同じ尺度に合わせても、不誠実な皺寄せの重責を請け負うことになるだけ。」
視界を汚染する度し難い手応えに、絶え間なく収縮する肉体の圧力によって、生息域を隔てる緩衝材を瞬く間に鉄屑にへと作り変えた。
「息を吐くように、鉄格子をぶっ壊す存在が、無価値な上に有害なゴミを喰い殺さない理由は何だと思う?」
「脅しのつもりか?」
安全圏から首輪を一瞥し、嘲笑う愚か者へ粛々と問い掛ける。
「脅す必要があるのか?」
暗闇の先で蠢く老骨へ、瞬き一つ挟まない瞳を沈める。言葉ではなく、俺が辿った軌跡でもって証明とする。羽虫が室内を縦横無尽に這い回る環境下で、俺の肉体は統率した殺意により一片の揺らぎさえ追い縋ることはなかった。
「許容量のない屑へ権利とやらを傘に、甘露を与え続けた末路が、これか。」
嫌悪感を露わに吐き捨てると、同郷の腰巾着がせせら笑いを浮かべながらゴミの肩を持つ。
「不満か?」
沈没間近の泥舟に嬉々として乗り込む愚か者が、続けて『悪意ではなく善意で交流を深めるべきだ』と今までの侮辱を肯定するかのような蛮行を、まるで正義の使者かのような風体で宣うものだから、俺の中で燻る憎悪の火種も激化の一途を辿り、手に負えなくなる。
「ゴミが宿主に意見するな、部を弁えろ」
折り重ねた指先を、弾く。ゴミの側頭部を抉り、壁面にへと着弾した鉄屑には鮮度のいい生肉が付着していた。
「次は殺す。」
極めて簡略化した警告が、権利を履き違えた愚か者を打ち据える。含んだ何らかの問答は、腰巾着風情に披露する度胸もなく不発に終わる。
「例え俺が肩書きに執着する無能ではなくても、一切合切を行使しない訳ではない。」
ここまで来ると愚か者でも悟る。看守不在の意図を。
「何ら難しいことはない。ここの問題は須く殺しで解決出来る。」
問題は、自ら肉を喰らうことさえ出来ない腰巾着風情が、当然の甘露とばかりに嗜好品を貪っていることに起因している。
「何の不満がある?手段は違えど、本質は変わらない。特にお前のような人種は慣れているだろう。」
指名を受けて、鉄格子を支えに老骨が起き上がる。
「だから、貴様には儂の手となり足となる名誉をっ!!」
「何の資格もないゴミが、いつまでもこの俺に舐めた口を利いてくるんじゃねえ!!」
この期に及んで、現実と相対することなく、宿主を求めて喚く愚行を一喝した。他者を甘露によって肥えたこいつも、今となっては俺と同じく一文無し。金も、権力も、自由でさえも、此処には存在しない。
「儂の御利益に肖る好機を不意にするのか!?」
「権利に縋るゴミ側の願望を唱えただけの虚言が、事実に勝るとでもーー」
「もう、やめてくれ。」
奇しくも、ゴミとゴミの応酬に終止符を打ったのは、幾度となく捕食者の顎門から生還を果たした現場の血の滲むような声音だった。その血肉を伴う慟哭は地下全体に、一陣の風を起こす。しかし、賛同する者の言葉は残念なことにゴミに等しかった。
「そ、そうだ!貴様のような野蛮な劣等種とは違う、高貴な我らにどう戦えというのだ!!」
応答を待つことなく、老骨が同郷のゴミへ同調を迫るように慣れ親しんだ旗印を掲げると、賛同の意が四方八方から殺到する。
「我々の下で需要に応えることこそが、真に貴様の喜びであり、責務なのだ。」
「我々の管理下の元で、崇高な思想を啓蒙してやろう。」
「傅くがいい、名誉なことだ」
掃き溜めから打開する術を持たない烏合の衆が、新たな宿主を求めて這い回っている。捕食者の腹に納まるか、飢えて潰えてゆくだけの矮小なゴミ。鏖殺も自由だが、もはや構う価値すら感じられない。
「飲まず食わずの現状は耐え難いか?何の疑問も抱くことなく享受していた贅沢の中で、痛みさえ忘れてしまったらしいなァ」
鉄塊と首輪を往復する怯えた眼球も、都合の良い解釈を用いて、警告を忘却の彼方へと拭い去る。どうやら、特権階級の者は、最下層へ転落しても、最低限の権利は保証されて然るべきなのだと、主張しているようだ。
「地を這うに相応しい下賎の民が、我らを愚弄するか!」
「魔力を持たぬ、劣等種族風情が我々を侮辱するな!」
「貴様と我らでは格が違う!弁えよ、地球人!」
泥舟へと跨り、無償の救済とやらを声高らかに叫ぶ愚か者共に憐憫の情を手向ける。
「今回は全滅かな。」
ゴミと言葉を介する気は既に消え失せ、麻袋へ座り込むと、無言を貫く。
「従うのだ!」
拒絶を前に言葉は意味を為せず、強制出来る暴力も捕食者の顎門には到底及ばない。縋るべき手綱からの手応えの喪失は、負荷を押し付け合う烏合の衆の均衡の悉くを瓦解させた。
「たすけて、」
同族意識は何処へやら、誤魔化す手段を失ってしまえば只の
矮小な殻に篭る。仲間に目を向ける余裕さえ失い、都合の良い信仰へと縋り付く。
周囲に目を向ける余裕さえ失い、余人の入り込む余地も与えず、暗闇に映る捕食者に都合のいい信仰心を握り締めている。
(殺しはやっても、殺し合いは拒むのか。死んで当然だな)
火は力へ、水は恵みにへと、災禍の中で魂を縛る。揺らぎに気付けた者は皆無であった。




