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心震える歌

キールは喉が乾き下の階に降りてきていた。


同室の風雅と莉音はまあいいやつだし、お母さんとお父さんも親切で優しくて⋯⋯。

こんな暖かい気持ちになるのは随分と久しぶりだ。

スズは仕事が忙しくてなかなか会う機会もなかったし。

家族とは暖かいものなのだな、と改めて思う。

そんな時どこかから鼻をすする音が聞こえてくる。

誰か泣いているのか?⋯⋯。そう思ってリビングをのぞいてみるとソファにうずくまって、恐らく泣いているだろうやつがいる。

テレビがついていてふとそちらにも目をやる。やっているのは木10ドラマ「flower」だった。

確かナギがでていたような気がする。

スズが原作コミックを買い集めていて、暇な時に読んでみたら意外にも面白くて結構ハマッたんだっけ。

ナギの役は安藤葵か⋯⋯。確か主人公に失恋する切ないキャラクターだったよな⋯⋯。

まあ、それは置いといて、なんであいつは泣いてるんだ?


こういう場合どうすればいいんだろう、などと柄にもなく戸惑ってしまう。


出しかけた足が止まる。


いきなり立ち上がったかと思ったらピアノに突進していった莉音は一つ息を吸い込むと気持ちのいいメロディを奏でだしたから。

つい動きが止まる。

流れるようにピアノをひく莉音。

♪その優しい笑みが ふとした時にみせるあどけない表情が⋯⋯♪

カーテンの隙間から漏れる僅かな月の光があいつの表情をうつす。

綺麗だと思った。顔の造形が、とか、そういうんじゃなくて、ただただ綺麗だと思ったんだ。


……なぜ今僕はこんなにも胸が苦しくなっているんだろう?


その理由わけはまだ知らなくていい気がした。



僕はスマホを取り出すと莉音のその歌声をきっちりと録音しネットにあげた。

こいつの歌声を色んな人に知ってもらいたいと思った。

そしてこいつの想いがあいつに届けばいいと思った。





ピアノを弾き終えて一息つくと廊下にポワッと光るものを発見する。

「ひっ、人魂っ!?」

心臓がすくみあがり必死に南無阿弥陀仏を唱えようとする。

「僕だよ」

そういって暗闇から姿を現したのは険しい顔つきをしたキール君。

「なんだ、キール君か⋯⋯。驚かさないでよ、心臓に悪い⋯⋯」

そういって床に座り込む。

「ネットにアップしてみたんだけど、すごいね。既に百人の人が再生してる。驚異的、だね」

そういってニイッと笑うキール君を目をパチくりさせながら見つめる。

「ネット⋯⋯?アップ⋯⋯?」

頭のなかで全てが繋がった瞬間私は絶叫した。

「嘘でしょーーーーっ!?」





⋯⋯という訳で今に至る。

教室でも何人かの子が話しているのを聞いたしともちゃんは隣でずっと聞いてるし⋯⋯。

自分で作詞作曲した恋愛系の歌を自分で歌った動画をネットにアップされただけでも恥ずかしすぎるのにそれを目の前で聞かれるってどういう荒行!?という感じだ。

頼むから、もう、誰も見ないで⋯⋯。

そう思って私は机に突っ伏した。





〜連斗〜

クラスの奴らが騒いでいるのを聞いて、その動画とやらを見てみる。


聞き終えた僕は一つため息をついた。

こんなの聞かされたら余計手放せないじゃないか。


〜ソラ〜

電車でロケ地へ向かいながらスマホをいじる。

そんな時、昨日の夜から今にかけて驚異的な再生数を記録している動画を見つけた。

停止された状態の画面は真っ暗。なんの動画なんだろう?闇鍋かな?

イヤホンを耳につけると躊躇うことなく再生ボタンを押す。

再生された、その瞬間にゾワゾワと鳥肌がたった。

こんな感覚久しぶりだ。そう、昔女王様⋯⋯莉音の母である人の歌を聞いた時以来⋯⋯。

まさか……ううん、まさかじゃない。この声、莉音なんだ。

♪その優しい笑みが ふとした時にみせるあどけない表情が⋯⋯♪

胸の奥の方がギュッと狭くなって苦しくなって座り込む。

「大丈夫ですか?」

と声をかけられて

「はい、立ちくらみしただけなので」

と答える。

君は僕のずっとずっと先を走っているんだね。僕には見えないぐらい遠い先の道をーー。

そしてその先にはナギがいるんだね。

それってとっても幸せなこと。

奇跡みたいに大切なこと。

嬉しいなあ。


僕はどうしようもない気持ちで口の中の飴を噛み砕いた。

中から甘酸っぱいソースがでてくる。

「この飴、あんまり美味しくないや⋯⋯」

そう、ポツリとつぶやいた。



〜ユータ〜

ここは俺の通う星徳高校。

白い学ランが気に入ってヨウ、ネクと一緒に入学した。

制服はかっこいいし、校内の設備もちゃんとしてるいい学校だが、莉音の通っている高校よりいくらかレベルの高いここは超進学校らしく日々の勉学についていけたことはない。

ヨウに「入学出来たのは奇跡」と何度言われたかもわからない。

「あの⋯⋯ユータくん、お話があるんだけど⋯⋯」

ふと顔をあげると頬を朱に染めもじもじしている女子生徒がいた。

そしてその後にはこちらを見てキャーキャーいいながら話をしている女子生徒数名。恐らく友人だろう。

こういう時なにを言われるのかなんとなく察しがついて少しうんざりしながらも立ち上がる。

「いいぜ」

そういって二カッと笑ってみせる。

女の子は尚も頬を赤らめる。

「屋上に、来て⋯⋯ください」

ぎこちなくそういうと歩き出す女の子。

めんどくせえ。

別にここで良くないか?俺の答えは決まってるっつの。

そう思いながらも歩き出したその時、通り過ぎようとした女子生徒のスマホから心地の良いメロディも耳に残って離れないような歌声が聞こえてくる。

「おい、それ誰だ?」

女子生徒の手首をつかんでそういうと

「きゃっ」

と悲鳴をあげスマホを落とす。それをなんとかキャッチするとスマホの画面を見つめる。

「すまん。つか、これ、なんだ?画面真っ暗で音も流れねえぞ」

「あっ、多分停止してるのかも⋯⋯」

そういって戸惑いながらもスマホに手を伸ばし再生ボタンを押す。

もう一度流れてきたメロディと歌声に夢中になる。

「なあ⋯⋯これなんなんだ?」

「え、えっと⋯⋯それはネットにアップされてた動画で⋯⋯声の主はわからないんだけど⋯⋯」

俺はその説明を聞き終えるとそっと目を閉じた。

目の前に浮かんでくるのは切なげにピアノを弾きながら歌う、あいつの姿だった。

「サンキュ」

そういってスマホを返すと改めて話があるという女の子に向き合う。

「ごめん、話、今度でもいいか?」

「え⋯⋯は、はい」

半信半疑といった感じでそう受け答えする彼女に笑ってみせると教室をでて人気のない廊下にやってくる。


なんだかムシャクシャする。

このままじゃあの子に八つ当たりしてしまいそうだった。


俺は⋯⋯⋯⋯





〜ネク〜

「ネク、見てこれ」

そういって言葉とは反対にイヤホンを手渡してくるヨウ。

「聞いて、の間違いだろ」

「細いこと気にしないで、ほら早く」

そう急かされてイヤホンを耳につける。

今はヨウと二人の仕事が終わって、木本さんの運転する車で学校へ向かっているところ。

先ほどまでは「ユータは一人で大丈夫だろうか」という話をしていたが、やがて自然と互いのやりたいことをし始めた。

本当に信頼している仲だからこそ出来ることだと思う。

「じゃ、いくよ〜」

片方のイヤホンを耳につけて押さえながら「うん」とうなづく。


流れだしたメロディと歌に心が奪われたようになる。


聞き終えると双方黙ってイヤホンを置く。余韻が残って、波紋のように穏やかに消えていく。

「莉音⋯⋯だな」

「そうそう。あ〜、ほんと嫉妬しちゃうよね、こんなん聞かされたら」

そういうヨウの表情を見て苦笑する。

「ヨウ、酷い顔だぞ」

「うわあ〜、ネクが酷い。木本ちゃ〜ん、ネクがいじめてくるよ〜」

わざとらしい言い方に苦笑する。

常に無口で冷静沈着なSUNNY'Sのマネージャーである木本さんはヨウの扱いはもちろん他のメンバーへの対応も手馴れたもので、今も泣きついてくるヨウをことごとく無視するというヨウに対しての対応としては正解の行動をとっている。

ここで受け答えしても余計面倒くさくなるのがオチだからな。

「ちぇー、木本ちゃん構ってくんないし。もういいもんねー」

いつになく子供のようにそういうと窓の外をみやるヨウ。

そんなヨウの表情を面白がるようにもう一度見てみる。


しかしそこにあったのは面白がるようなものではなく、酷く悔しそうな悲しみを歪ませた表情であった。


今まで莉音に対して本気なのかいつもの遊びなのか長年一緒にいながらよくわかっていなかったが、今頃になってようやっとわかった。



そうか。そうだったのか。

そう思うと俺は静かにほほえんだ。



どちらも幸せになってほしい、なんて自分の想いを無視した考えも現実になりそうにはないから。






そんな時、一人の少年は自分へ向けて歌われた歌を聞きながら海を眺めていた。


僕は嫌な男だ。

この曲を誰が誰に向かって歌ったのか知りたくないんだ。

だから⋯⋯。

停止ボタンを押して目の前の海を見つめる。

「僕だって⋯⋯」

♪君が…⋯♪

そこまで歌ったところで涙がとめどなく溢れ目の前の海が見えなくなる。

「君の何百倍も何千倍も」

ギュッとこぶしを握る青年。

「君のことが大好きなんだ」




~莉音~

疲れた。あちこちから自分の歌やそれに関する話声が聞こえて気がおかしくなりそうだった。これから生きていく中でこれ以上に恥ずかしいことはないだろう。

そんなことを思いながら一人夕焼けに染まる海を見つめる。

帰宅途中にいつも眺めている海をふと間近で見たくなって砂浜まで降りてきたのだが、そろそろ帰ろうか。

そう思って立ち上がると

「久しぶりね、莉音」

という鈴の音がなるような、けれど花のように甘ったるい声が聞こえてくる。

その声のする方を向くと美しく可憐な女性が立っていた。

白銀の長髪は夕日を浴びて先の方がオレンジ色に染まっている。オーシャンブルーの瞳は美しく、バラのように血色のいい唇には人を嘲るような笑みが浮かべられている。

服装はなにか海外のファンタジー映画に出てくるような幻想的で美しいものだ。白い胸もとの開いたドレスは夕日を浴びキラキラと輝いているようにも見える。

「誰⋯⋯ですか?」

「あらやだ、私のこと忘れたっていうの?」

こんな綺麗な人、知り合いだったら絶対に忘れるはずないけど⋯⋯。

女の人はより、人を嘲るような笑みを深くして

「私はあなたの母親よ」

という。

その言葉に私は目を見張った。

この人が、私の?⋯⋯。

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