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ありがとう。それに、ごめんな。

 九話くらいから、急に本編内でのペースが落ち込んだ拙作ゴースト・ライト。

 劇中劇ガーディアン・ストライカーもそうですが、そのあたりから最終話まで、緩やかな章を紡いでいるものとお考えください。

◆ ◆ ◆



「どうしたよ、口だけ大将。それがお前の実力か」

 纏う外套と共に化けの皮を剥ぎ、生意気な小僧を詰めたい床に叩き付ける。

 そう、小僧だ。マスクを剥いで見てみれば、奴は両の目玉を鈍色の義眼に置換しただけの少年だ。その眼もひび割れて能力を発揮できず、争うチカラは既に無い。

 目を合わせた人間を隷属的に支配する。ハーヴェスター側が《原初の男》を斃す切り札として用意したのが彼、キューバン・キャッツや他のガーディアンなど、手軽に優秀な手駒を用意できたのもそれが事由。



「やってくれるよ……もう、形振り構わないってか」

 対峙した時点で、ストライカーの敗北は確定したようなもの。自身もそれを理解し、長々と高説を垂れていた。

 だが、既にストライカーには『眼』がない。茉莉花を殺したザ・アヴェンジャーとの戦いで視力を失い、目の前に居る者の姿すら見えていない。


「俺にとって、《カレ》は父も同じなんだ」

 既に自らが永くないと悟った『九番』は、うわ言のようにそう呟く。

 他を操る能力持ちを味方に付けるなどどうかしている。マッハバロンやリチャード・ホプキンスは彼の決定を咎めんとしたが、『ゆえに、我々が護り育てなくては』と押し切った。

 実験動物、ないし生物兵器として一生を終えるはずだった彼にとって、原初の男が伸べた手は、自らの転機だったのだ。

「カレが疎まれる世界なんてあってはならない。カレの為なら、俺は幾らだって汚れてやる。だから、だから」

 虚ろな瞳でストライカーを見上げ、消えそうになる意識を無理くりに繋ぎ止める。今ここで死ぬ訳にはゆかない。こんなところで果ててたまるか。

 責めて、嗚呼責めて。あの人を。自分を見出してくれたあの人に逢いたい。徐々にぼやけてゆくその視界に、見覚えのある人影が映り込む。





『遅くなって済まない。久しいな、息子よ』





※ ※ ※





 当たり障りのない挨拶の後、互いに切り出す言葉が見つからず、立ち尽くして暫しの沈黙。

 菜々緒の奴、貧血って言ってたが、その実結構元気そう。やっぱ人間、休むのが一番ってわけね。


「あっ! あ……。あー!」険しい顔で睨み合うおれたちを見かね、みなはちゃんが声を上げた。

「あっ、あたし飲み物買ってくる。何か」


「私、烏龍茶」

「おれ、スマックね」

 ほぼ同じタイミングで飛んだ指示。こう言う時ばっかりタイミングが合うんだから。勘弁してほしいよ。

「ちょ、えっ。すまっく……?」

「知らない? 緑の小瓶に入ってる、クリーミーな炭酸飲料で……」

 スマック、という聞き慣れない単語に困惑しつつも、みなはちゃんが菜々緒邸を去り、残ったのは早退けしたこのオンナのみ。背負うは玄関。その果てには窓があるだけ。互いに、もう逃げ場はない。


「そこまでして、私に怒りをぶつけようってワケ」会話の主導権を握らんと、菜々緒の方から話が飛んだ。

「会社で住所聞いて、管理人さんに騒がれて。ずいぶんと未練がましいのね」

「そんなに喧嘩腰になるこたァねぇだろ」持って来たビニル袋を探り、「見舞いだよ見舞い。あんまり、気の利いたモンはないけどさ」

「ほんとにね……」おいおい、なんだよその態度。なんかないの? 持って来たものへのコメントは?

 メロンやぞ。キレイな編み目で少し小振りのアンデスメロンがまるまる一個。近くの八百屋さんで『病気にゃあこれがイチバン』って言われたんだぜ。


「ありがたく頂いておくわ」おれの努力を無に帰すように、渡したメロンを机に置くと。

「でも、変わらないわよ。私におべっか使ったって」

「だからさ、理由も聞かずに食って掛かるの、やめてくんない」アポ無しなんだからしようがないが、流石に少しは察してほしい。結局、此方から切り出さなきゃ駄目ってことね。

「逆だよ、逆。おれはアンタにどうにかしろって言いに来たんじゃない。風邪も含めて、労いに来たの」

「何ですって?」

「職場でさ。同僚に話を聞いたよ。ついでに、コイツもどっさり貰ってきた」

 言って鞄を開き、無地のクリアファイルに詰められた紙束を菜々緒の足元に並べる。そのどれもに『ガーディアン・ストライカー』の名が並び、角っこに付いた付箋には異なる出版社の名が刻まれている。

「大雑把マサル、あなた」

「ああ、皆まで言うな」勝手に何だと怒る気か。それはこっちの台詞だぜ。「バイソンさんだっけ? 彼がだいたい話してくれた」



……………………

…………

……



「移籍、ですか?」

「コネもないのに電話を掛けたり、飛び込みで営業したり……。ハッキリ言ってメチャクチャさ」

 F書房近くのカフェテリアに案内され、注文もそこそこに切り出されたのは、ここ数日に掛けての菜々緒の奇行の話だった。

 ガーストが終わる、という話自体は十日くらい前には奴に通達されていたらしい。当然編集長に食って掛かり、正論を前に打ちのめされた。

 けど、菜々緒はそれだけじゃ終わらなかった。ならばと即座に電話帳を開き、見知った会社へ頻りに電話。自身の職場を見限り、ガーディアン・ストライカーを貴社で掲載しませんかと持ちかけたらしい。


「で、結果は」

「僕にイチイチ訊くか? そういうことさ」

 当然、売り上げも知名度もパッとしない、ヘルメット男の殺戮譚を気に入る所などあるはずもなく。『前向きに考える』の定例句で躱されて。それが幾度も重なって――。

 成る程ね。熱を出してぶっ倒れるわけだ。寝る間も惜しんでそんなこと続ければ、弱らない方がおかしい。


「夢野先生。正直な話……いいかな」

「はあ」

「失礼を承知で言わせてもらうけど、君のハナシはウチの、いやこのレーベルに合ってないと思うんだ。なのに桐乃はそれを終わらせないが為に身を粉にして働いた……」

 バイソン氏の切れ味鋭い眼光が、おっかなびっくりとしたおれを射竦めて離さない。そこに有るのは同僚としての情か、あるいはそれ以上か――。

「君は何か、桐乃の弱みでも握っているのか? でなきゃ、そういう示し合わせが出来る『カンケイ』なのか? 辻褄が合わないだろ。何が彼女を駆り立てたんだ」

「駆り立てた、って」

 こっちとしても聴きかじりだから、はっきりとしたことは言えないけれど。傍目から見て、人気なぞ望めないものにテコを入れる菜々緒が異常だってのはおれにもわかる。理由が欲しくなるのも当たり前だ。

「あの。こちらからも一言、宜しいですか」

 けどさ。描いている人間にそれを言っちゃアおしめェよ。意気消沈しちゃいるが、おれだって連載作家の端くれなんやぞ。ぶっちゃけていいことと悪いことがあるだろうが。


「おれとナナ……緖さんは作家と編集の関係ですし、弱みなんて、握れるわけがない。それだけは誓って言えます」

「じゃあ何だ。病気になってまで、桐乃を動かす原動力は何なんだ」

「それは――」



……

…………

……………………



「それで? 奴に何て答えたの」

「あんたがどう思おうが、アイツはコレを好いてくれたんだ。原動力なんぞそれで十分。何か文句があるかって」

「へェ……」菜々緒のやつが冷ややかな目を向けて。「その台詞、ホントにそのまま言ったワケ?」

「ぐ……」

 やつめ、痛いところを突いてくる。大筋こそ間違っちゃいないが、だいぶオブラートに包んで話したのは確かだ。

「答えられないんだ」菜々緒は鬼の首を取ったようにクスクスと笑い。「見栄っ張り。どうせ彼に正論叩き返されて、泣く泣くここまで来たんでしょ」

「う、うるせぇな」このまま追求され続けると、おれのオトコとしての沽券にかかわる。

「問題はそこじゃない。その説明さ」

「説明?」

 ああ、ようやく本題に入れる。

「身内の話で何だけどさ。ちょっと前に、今は作家やってる友達と逢ったんだ。同じ特撮おたくだったのが、今じゃ立派なティーンズラブノベル書き。おれが夢野美杉だってバラしたら、『お前も大人になれよ』って怒られちゃって」


 実際、ハクメンローの言うことは間違ってなかった。おれの話なんて求めてくれる奴はいなくって。プツンと切れるトカゲの尻尾でしかない。

「だからむしろ突っ張って、おれはおれなりに面白い話を書こうとしたんだ。そしたらその媒体ごと打ち切りさ。凹んだよ。どうしていいか解らなくて、あの説明を聞くまでは、アンタに何故だって突っ掛かるつもりだった」


 おれの言葉に、菜々緒の奴は口を挟まず聞き入っていた。面と向かってこういうことを言うのは恥ずかしい。けど。

「けど。アンタはそんなガーストを守ろうとしてくれた。同僚や上司に奇異の目で見られようと、身を粉にして働いてさ。嬉しかったんだ。これまでやって来たことは無駄じゃない。ちゃんと理解してくれるひとがいるってのが、すごく」

「馬鹿言わないで」それまで黙っていたナナちんが唐突に声を荒らげて割り込んだ。「前にも言ったでしょ。ガーディアン・ストライカーは上代茉莉のおはなしで、あなたはただの代筆でしかない。それを欲かいて自分のモノだと宣って……」

 菜々緒の追求は止まらない。掛かっていたタオルケットを振り払い、おれに人差し指を突き立てて。

「私が、ガーストが好きで、延命にひた走ったですって? 冗談、そんなの茉莉の為に決まってるじゃない。あのお話はあの子の帰るべき場所なの。あの子が帰って来るまで、絶対に無くさないと私自身に誓ったの」

 今頃になって何をそんなと思うだろう。実際、おれだってそう思ったさ。けど、素直じゃないって解かると怒る気にもなれない。捲し立てるその声は涙に濁り、疲れ切ったその顔は悲しみに濡れていた。


「けど。あなたに筆を執らせて、上がるお話を読む度に、これがホンモノなんだって痛感せざるを得なかった。そんなワケないって否定しても、次々紡がれる話を編集していたら、その自分すら信じられなくなっていって……」

 消沈する菜々緒の頬を温い涙が伝う。書くだけのおれには奴のつらさを解ってやれないし、気の利いた言葉を継ぐのもムリ。

 真っ事情けない話だが、今のおれには、彼女の言葉を只聞いてやることしか出来なかった。


「だったら、茉莉って何なの。私とあの子が紡いできた物語は、全部マヤカシだったっていうの? そんなの嘘よ。あり得ない! 私はずっとあの子を観てきた! 苦しみながら話を紡ぐその様を、幾度となく目にして来たというのに!」

 ヒトの背にもたれかかり、半ば八つ当たりのように、握り拳をがん、がんと叩き付ける。

 その頃を知らないおれには、否定することも、そうだと肯定してやることも出来ない。さめざめと泣きながら怒りをぶつける菜々緒に、おれは何をしてやれるだろう。


「悪かったよ」それが、傷に塩を塗り込む所業だとしても、おれは続く言葉を止められない。否、今だからこそ、消沈した彼女に伝えねばならない。

「申し訳ないついでに、もう一つ、聞いてくれるか」

「何よ」

「おれは、ガーストの延命を依頼しに来たんじゃない。カイシャの命令通り、打ち切りに同意するって伝えに来たの」


「なに、それ」

 ただでさえ弱った菜々緒の顔が、さっと蒼褪め恐怖に染まる。文字通り身を粉にして延命を図った彼女にとって、これ以上辛い仕打ちなどあるまい。

「なんでよ……。なんで、あなたがそんなこと言うの。他に自らを示したかったんでしょう、理不尽に打ち切られるのが我慢ならなかったんでしょう!? そんなあなたが、なんで!」

「そりゃあそうさ。おれだって止めたくねェよ。けどさ、しょうがないだろ」

「しょうがないって何。そんなナリして権力になびくの?! あんな話を書き続けておいて、今更殊勝に振る舞うなんておかしいわ」

 濁り切って光の無い瞳が剥き出しの悪意でおれを射竦める。解かる。分かるよその気持ち。だからこそ。はっきりと言っておかなくちゃならないんだ。

「おれがガーストを諦めるのは、菜々緒。アンタの為だよ」

「何ですって……?」

「見てられないんだよ。もう無駄だって解ってても、無理矢理延命にひた走って。結局ぶっ倒れて。アンタが何て言おうと、本作の筆者はおれだ。終わらせる権利はおれにある」


「ばっ、ばか……馬鹿にしないでよ」虚を突かれて戸惑っているのか。微妙に呂律が回らず、濁った瞳を白黒とさせている。「あ、んたに気遣われるなんて心外だわ。私は私。何をしようが関係ないッ」

 そうじゃない……。そうじゃないんだよナナちん。おれが言いたいのはそこじゃない。

「アンタの仕事は何だ。VX文庫の編集者だろ。こんな無理難題吹っかけて、他の会社に迷惑かけて。ンなこと続けてたら厄介払いでサヨナラだ。もうじき三十路になるってェのに、自分から職潰してんじゃねぇよ」

「もう三十路よ、言われるまでもなく、もう……」

 続く対応は、もう顔を見なくたって判る。おれの言葉に怒りを募らせた菜々緒は、シャツの上から爪を立て、がらがらに嗄れた声を上げ、ふざけるなと激しく吠えた。


「あんたは何も分かっていない。私には仕事なんてどうだっていい。この戦いはマツリのため。あの子が帰って来られる場所を残す為にッ」

「いい加減、死人に操立てンのはやめろ」

「は……?」

 そう。ここだ。出発点でありおれたちの道標。だからこそ奴は続けてくれと声高に叫び、おれやカイシャに歯向かっている。

「マツリは死んだ。死んだんだよナナちん。守るべきは奴の居場所じゃない。お前のカラダだ。生者が死人に生き甲斐吸われて暮らすなんて辛いだけだろ。いい加減目ェ覚ませ」


「なによ」それまで蒼白かった菜々緒の顔が、すっと赤みを帯びて。

「なになの」おでこに細い血管が脈々と浮き上がり。

「口を開けば手前勝手なことばかり! あんたなんか……アンタなんか……!」

 この時のアイツの顔を、おれは一生忘れることはないだろう。目元に涙の粒を溜め込んで、ぐしゃぐしゃに歪んだ顔で、掠れた声を張り上げて。


 ――きらい! 大ッ嫌い!!!! 出てって、直ぐに此処から出てって!!!!!!!!


※ ※ ※


「お姉ー。あにじゃ〜。頼まれたの、買ってきたよー」

 どうにもタイミングが悪いようで、去り際に飲み物を買いに行ったみなはちゃんとかち合った。

「あ、あ。さんきゅー」

 当たり障りの無い返答を返すが、靴を履き、帰り支度を整えたおれを、彼女が見逃すわけもなく。

「ねえ。お姉と、何かあった?」

 玄関から身を乗り出し、ベッド上で鼻をすする菜々緒を見やる。となるとその疑問はこっちに向くわけで。

「ごめんな、みなはちゃん。お姉さんのこと、泣かせちゃった」

「泣かせた……? あにじゃが、なんで!?」

 発奮より先に疑問が勝ち、理由を聞かせてと詰め寄ってくる。当事者でない彼女に一体何を言えばいい? おれが困惑に言葉を詰まらせていると。


「もしかして、『マツリ』のこと?」

「え」

 予想外の返答に虚を突かれ、思わず二度見してしまう。もう、そこまで辿り着いていたのか。

「その反応。アタリなんだね」おれの動揺なんぞ、みなはちゃんはどこ吹く風で。「マツリって何なの? あにじゃの彼女? ならなんでお姉が引き摺ってるのさ。説明してよ」

 姉のこととなると行動が早いのなんの。この剣幕じゃ、はぐらかして逃げるわけにも行かないか……。


「お察しの通り、菜々緒の前の『カノジョ』だよ。去年亡くなってさ、未だにその影を追ってやがるんだ」

 それは、おれも同じなんだがね。という言葉を咄嗟に飲み込む。

「ホントに?」

「ああ」

 そう。未だに執着している方がおかしいんだ。おれも、あいつも。ずっと影を追い続けて。ホンネを言えば生きててほしいよ。けど、もう限界だ。不確かな希望に縋って命を磨り減らすなんて、誰にとっても辛すぎる。

「ごめんよ。おれァもう、アイツに合わす顔がない。だから」

「お姉をよろしく、って? ひっどいなあ、泣かせっぱなしで放置するんだ」

 この察しの良さには頭が下がる。と同時に、ここに居ても何にもならない自分が嫌になる。

「ま、いーよ。あぁなったらお姉、すぐには泣き止まないし」

 手前勝手な俺を咎めもせず、しょうがないなと素っ気なく流す。本当に、申し訳ない。何も出来なくてごめん。よかれと思って傷付けてごめん。全部、きみに押し付けて本当に、ごめん。

「じゃあ、また……」

 他に何が言える訳でもなく、逃げるように桐乃宅を後にする。


「あにじゃなら、お姉の支えになってくれると思ったんだけどな」

 ドアを閉める瞬間、微かに聞こえたその呟きに、どうしようもなくココロが痛んだ。


※ ※ ※


「本当に……もう、宜しいのですか?」

「はい」

「もうちょっと、お話・聞いてあげてもいいんですよー。次のヒト、替わっちゃいますよー」

「はい」


 おれは今、なんでこんなところにいるんだっけ? 顔を真っ直ぐ向けたまま、目だけを動かす。

 窓がなく、狭苦しい部屋の中に机を置いて椅子ふたつ。目の前には小じわが目立つ、五十絡みの女医さん。胸元のネームプレートには「八ヶ岳」。ウチの看護師じゃないな。


「ここに来てからずっと気の無い返事。成る程、皆さんが私を必要とした理由がよくわかります」

「はあ」

 あ。ちょっと思い出して来た。

 結局、あの後もずっとこの調子で。見かねた飯田フロアリーダーが、カウンセリングの順番を早めたんだっけ。


 こういう仕事柄、精神を病んで弱って行く職員は数多い。そういう人たちを繋ぎ留める為か、此処のお偉方は高い金を払い、外部からカウンセラーを呼び付け、職員の悩みを聞くようになった。

 勿論、スケジュールは向こう次第。場合によっては休みを返上し、職場に赴かなければならなくなる。

 で、この八ヶ岳さんは、おれにあれこれ訊いて来た訳だけど、何を伝えていいか分からず、結局は堂々巡り。向こうも大変だろう。こんな面倒臭いのを相手にうんうん頷かなきゃならないなんて。

「でも、あんまりダンマリなのは良くないですよー。少しは話してくれないと。そのモヤモヤ、どうされたんですか? ぱあーっと消えちゃうものじゃ、なさそうですか?」

 オトナ相手のカウンセリングの筈なのに、ちょいちょい子ども扱いされるのが気になるな……。何言われようが喋るつもりはないんだけど、そういう職のヒトとしてどうよ。

(お、や)ポケットの中でぶるると震える携帯端末。ナイス助け船、一体誰だと見てみれば。

「はい?」

「どーしました? 何か、お話してくれる気に、なりました?」

「いえ」


 F書房・編集長・川瀬巳継……。なんで、おれの端末に、そんな名前が――。


※ ※ ※


「や、やーっ。悪いねェ夢野先生。この度はトンだご迷惑を~~」

「ああ、いや。おれだって別に、気にしてませんから」

 さっきとは、別の意味で訳が分からん光景だ。おれと、その作品を解雇した直接の責任者が、珈琲を用意して済まないねと頭を下げている。

 バイソンさんの独断専行は、いつの間にだかこの人の耳にも入ったらしい。クビにしたとはいえ、自身と関係の無い作家を詰るのはどうだってハナシになったようで、その大元締めが謝りに来たんだと。


「キミにはね、感謝してるんですよォ夢野先生」珈琲に手を付けるよう促しつつ、少し掠れた声で続ける。「ナナミちゃんってば、いつまで経ってもあんなでしょ。会社としてもね、早く同じ場所に根を下ろして欲しいと思っていたわけでねェ」

「そりゃあ、どうも……」謝る、って言っても。結局は自社が第一か。「でしたら、復帰ってセンは」

「いや、いや。もう上との協議で決まっちゃったから、今更取り消すわけにはねぇ~~」

「どうにもなりませんかね」

「さすがにねェ~~」

 粗相をした、って思うんなら、それも込みで謝ってくれよ、ってのは高望みか。まあ、おれだってどうにかなる! って思って来たんじゃないけど。


「しかし、夢野先生もずいぶん変わられましたねェ~~」謝ったからもういいだろ、ってな感じで切り替えて。「だいぶ前にひどいこと言っちゃったでしょ。あれで投げ出しちゃうんじゃないかって、ず~~っと心配してたんですよぉ」

「ま、え……?」前とは何だ。だいたい、あんたと話をするのはこれで二回目の筈だ。一回目にはヘンなものを書くなって釘を刺して……。


「うん、ふむふむ、ほぉ~~」この乖離は何なんだ、と疑問を思えば、向こうも顔をしかめて唸っている。やがて得心が行ったのか、手を叩いておれに人差し指を突き立てる。

「ああ、あぁ。すみませんねェ~~。前にお会いした時も、何だか妙だなあって思ってたんですよ。成る程そうか、“性別”まで変わってちゃ、話が通じないのもしようがないか」


「性別」

 何を……。この人は、何を言っている? 性別って、お前。つまり、そりゃあ……。

「編集長、あなたは“そいつ”と逢ったんですか?」

「んん、まあね。いつ頃だったかなあ。ナナミちゃんが今ほど忙しくなかった頃だから、一年と……ちょっと前、くらい?」


(おれが、ガーストの執筆を始めた頃と、同じ時期……)

 それはつまり、茉莉があの書置きを残して消えたのと同じ頃。

 待て待て。奴の担当はナナちんだろ。それが何故、編集長に話を持ってってるんだ。

「あの子、先生の御友人? 顔色もあまりよくなくて、見ていて不安になったんだよねェ」

「友人っていうか、その……」

 あまりにも唐突すぎて、何を言っていいのかわからない。これから死ぬ人間が、どうしておれや菜々緒じゃなく、この色黒おやじに話を持って行ったんだ。


「どったの先生。顔色悪いんじゃないの~~。休みます? 休憩所まで案内、しましょうか?」

「すみません。そうします……」

 駄目だ。考えが纏まらない。くらくらしてきた。

 促され、そちらに行こうとした瞬間、またも端末がぶるると振れる。


「はい」

『――あっ、よかった繋がったっ。あにじゃ、ねえ、あにじゃ。今電話だいじょうぶ?』

「ああ、うん」

 この声は、みなはちゃんか? どうしてこんなタイミングで。今日は何だ。みんなしておれにドッキリしかけようって魂胆か?

『――お姉やあにじゃが何も言わないものだから、私、ちょっと調べたんだ。そしたら、おかしいなっていうか、辻褄が合わないなって、そのね』

「待って、ちょっと待って」主語だらけで話が見えない。あの子もだいぶ動転しているらしい。「大丈夫、おれ、ちゃんと聞いてるから。深呼吸、ほら、深呼吸」


『――うん』桃色の吐息が電話口越しにおれの耳を揺さぶり。『あにじゃ、前にお姉とお見合いしたことあったでしょ』

「あ、ああ。あったな。前に」桐乃家に散々振り回された、あれか……。

「で、それが何なの」

『――あれから暫くしてね、実家にお祝いのハガキが届いたんだよ。“イシドリ”さんってとこから。お姉も、父さんも母さんも知らないって首振って。その時はホントにそれだけだったんだけど』

 なんだか、話が見えないな……。「それが、何だって言うんだい」

『――上代茉莉』不意に、あの子の口から出て来たあいつの名前。『事故で両親共に亡くなって、身寄りもないって話。あってる?』

「うん。合ってる」

『――けど、親戚筋に知り合いが居たみたいよ。K県の方に、ひとりだけ』

「親戚……」

 奴とは中学の頃からの付き合いだが、親戚が居るなんて話は初耳だ。まあ、当時はおじさんたちもいたし、そこまで話す間柄でもなかったが。


『――そのひとの名前は“石取奉華いしどり・ほうか”。小高い丘のマンションに一人暮らししてるらしいんだけど、最近さ、よく目撃されるんだって』

「何が?」

 だんだんと、みなはちゃんが言わんとすることが見えて来た。

 そんな誰とも知らないヒトが、わざわざハガキを送って来るっていうことは。


『――女の子だよ。見覚えのない娘が、石取さんとこに立ち寄るのをさ』


 マツリのやつが、生きている?

次回、『だからあたしは、キミのゴースト・ライター(前・後)』につづきます。

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