私の可愛いシンデレラ
二股かけられて、最後にはごめん、ごめんと謝りながら去って行く背中を見送ったあの日の記憶が、脳裏に鮮明に再現されていた。
もう、あんな思いなんて二度としたくないのよ、私……!
「なんとなく、久美先輩が俺と誰かを重ねてるっぽいのは理解しました。でも、俺はその人じゃないんで」
はい、と湯北くんにハンカチを差し出されて、はじめて自分が泣いていることに気がついた。忘れた筈だったあの日の記憶は、まだこんなにも私の中で生々しい傷跡として残っていたんだと自覚する。
情けない、全然吹っ切れてなかったんだな、私。
「泣かないで、久美先輩。っていうかズタボロに振られて泣きたいの、俺のほう……」
大げさに涙を拭う素振りをしてみせるから、思わず笑ってしまった。
「ありがとう、湯北くん」
「どういたしまして。言っとくけど俺、今超やる気でたんで、覚悟してください」
「?」
「久美先輩には好きな人がいて、しかも俺はなんか嫌なヤツを思い出させるんでしょ? 野球で言えばツーアウトですよ」
確かに。むしろなんでそこでやる気がでるの? スリーアウト目前ってめちゃくちゃ怖いシチュエーションじゃないの。
「俺は逃げない。勝負はそこからでしょ。でっかいホームランだって打てるかも知れないんで」
そう言って破顔した湯北くんの白い歯が、街灯の明かりにキラリと光った。
ああ、湯北くんは強いんだ……。
素直にそう思えた。
あの日サンダルだけ残して階段から落っこちた湯北くん。慌てふためいてたのが可愛かったシンデレラ湯北くんを、たった一年とちょっとで、こんなにも『強い』と認識する日がくるだなんて思わなかった。
私の可愛いシンデレラは、本当はこんなにも強くてかっこいい人だったらしい。
ううん、違うね。
本当は『シンデレラ』は私のほうだったのかも知れない。
いじめられて、みすぼらしい家の中でただ泣くだけだった女の子。彼女が変われたのは『魔女』が魔法をかけてくれたという幸運のおかげだ。ガラスの靴を頼りに王子様が彼女を探してくれたのも含め、彼女が意思をもって能動的に動いたシチュエーションなんて数えるほどしかない。
今の私と、まったく同じ。状況を自分で変えようなんて思えなかった。
でも、湯北くんは違う。
圧倒的に不利な条件の中で、それでも「諦めない」と宣言してる。その姿が眩しかった。
私も変われるだろうか。
湯北くんみたいに、自分で幸せを掴むために動けるようになるだろうか。
「宣戦布告もできたんで、今日は満足です。帰りましょう!」
冗談めかして言う湯北くん、きっと私が気を遣わないように気遣ってくれてるんだろう。宣戦布告だなんて面白い言い回しだけど……そうだね、なるだろうか、じゃない。なるように私も宣言すればいいんだった。
私も涙を拭いて、湯北くんに精一杯笑い返す。そして私は、ゆっくりと口を開いた。
終
完結です。
無意識に「もう恋はしない」と思っていた久美が変わるきっかけになる出来事を5000字くらいで…と思っていたのですが、思いのほか長くなりました。
読んでいただきありがとうございました(*´꒳`*)




