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片やオタノシミで、はいはい

 返事がない。かすかなノイズが返ってくるのみ。

「スーちゃん、おい、スーちゃん」

 呼び出しのビープ音が、伍人衆だけに伝わる特殊な周波数で発せられているはずなので、別に声に出して相手を呼ぶ必要はないのだが、つい、声が大きくなってしまう。

「スーさん。ちょっと。おい、応答せよ」

「……っせえな、ぶァカ」おしまいの悪態が、妙に明瞭に耳に飛び込んだ。

「かけてくんじゃねえ。何の用だ」

「あ、スーちゃん。変化章外してたな」

「悪いか、タコ」

 イライラした言い方の向うで、かすかに別の声が聞こえた。押し殺したようなスーちゃんの声が

「電話だよでんわ」

 変化章を受話器にみせかけて、手で押さえているのだろう。声がくぐもっている。

「バカ、女からじゃねえよ。はいはい、すぐ切るよすぐ。先に風呂入ってろ」

 手が取れたらしい。声が元に戻る。機嫌悪さも。

「何?」

「何、じゃねえよ。えっちしてたんだろう。チクショー」

 拓人、つながったという安ど感もあってか急に腹がたってきた。

「してて悪いか」

「こっちが借り物のパジャマでばあやに窮屈なオフトンに押し込められて、しかも初対面のジジババからいきなり命狙われてるってのに、オマエはスッポンポンで、変化章もうっちゃらかしてお楽しみの真っ最中かい、いい御身分だね」

「スッポンポンでどこにつけろって言うんだよ。常識で考えろ、ジョーシキで」スーちゃんも怒ってる。

「ちんの先っぽにでもつけやがれ、どうせ使い物にならねえんだろ」

「殺すから早く用件言え」

 拓人、かいつまんで窮状を説明した。

 珍しく、小馬鹿にしたような相槌もせせら笑いもなく、怒りもせず、スーちゃんは黙って聞いている。

「……とまあ、ものからとは関係なさそうなんだけど、それでもヤバいんだよ、かなり。オレ一人ならまだいいけど(ホントはよくない)、弟? つうか親戚の小僧もさ……で、どうしようもなくてとにかくダチなら何か助けてくれるだろうって、さ」

「ソーシキはいつだ」

 落ち着いたスーちゃんの声。

「明日。10時出棺」

 よかった。何だかんだ言っても、やっぱり連れはいざという時頼りになる。

「場所は」

「葬儀の? ハナゾノ会館、よくCMでやってるとこ」

 わかった、とスーちゃん。ありがとうと応えようと思ったとたん、こうきた。


「じゃ、今夜はゆっくり休め。明日は気をつけろ。陰ながら応援してやる。骨は拾ってやるから。ゴシューショーさま」

 ぱちり、とクモの糸が切れた音。


 あ、の、や、ろー


 拓人、声を出さずに絶叫。めいっぱい呪ってみた。


 しかたない。伝にも連絡してみようか、と思ったが(朔太郎はこの時間には寝てる)、急に拓人、通信機をしまって立ち上がった。


 これはオレのチョー個人的なできごとだ。ものからの気配があったわけでもない、誰かに助けを求められたわけでもない。

 それに「芽をつむ」なんて言われても、いったいどこまで考えてるのか。

 いくら世知辛い世の中といえども、こんな田舎町で相続をめぐるドロドロの殺人劇なんぞ、あるわきゃない。テレビじゃあるまいし。


 水を流して、トイレから出る。俊はまだパソコンをいじっていた。かなり素早いキーストローク。何を綴っているのやら、やや身を乗り出して夢中でキーを打っている。

 それでも、拓人が寝ようとしたら

「お休み、兄さん」

 ときた。


 とりあえず、明日は明日の風がふく。そう思ったとたん、すでに、拓人は深い眠りの中におちこんでいた。


 確かに、明日は明日の風が吹く。が、その風が最大瞬間風速百mはあろうとは、さすがに能天気な彼には、その時には思いもつかなかったのだった。


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