危険があぶない
押し殺したような声で、男と女が何事か相談している。すぐに、通夜の席で会った親類連中の誰かだと察した。
「……遺言状は来週まで公開しないそうだよ」
「日名子じゃなくて、俊が弁護士と相談して証人を揃えたそうよ」
「ああ、聞いた」
ちっ、と舌打ちが聞こえる。
「全く末恐ろしい小僧だ。さすがアイツの息子だぜ」
「息子って言えば」
あ、いよいよオレのウワサもしていただけるのか? 拓人、耳を澄ます。
「あのアホそうな飛び入り、何だったのよ。本当にあの子の息子なのかしら?」
アホそう?
「俊の差し金かしら? それにしては、演技とも思えなかったし。」
「俊もびっくりしてたみたいだな、最初は」「でしょ」
「まあ、どちらにせよ」ふふ、と低い笑い声。
「一人でも二人でも、兄貴の後継ぎなぞ必要ない。今のうちに芽を摘んでおかないと、な」 突然、拓人の腹がぐう、と鳴った。
「何だ今のは」
ぎょっとしたような声が近づいてくる。
「ネコじゃないの」「唸りやがったぞ」がさごそと、草を踏み分けてくる。
「にゃ~をん」あ、ネコだ、いや野豚かな?「ぶひ」足音が止まった。その隙に、拓人はあわてて逃げ出した。
カップラーメンの代わりに、運んでもらった助六寿司をすっかり平らげてしまってから、拓人、改めて座りなおした。
「あのさ、」
俊が静かに箸を置く、ちなみに、食ってる時も澄ましてやがる。
「オレも出るの、その、えーと、明日のさ」
「葬儀? もちろん」
俊、しごくマジメな表情で応えた。
「だって、ボクの兄さん、だろ」
まるで何か性質の悪い学芸会にでも突如、巻き込まれてしまったかのようだ。
「ボクの服、とりあえず着てみてよ。吉井さんが出してきてくれたから」
コイツは中坊のクセにこんなスーツを何着も持ってやがるのか。拓人はますます卑屈な気分で『弟』のスーツに袖を通してみた。
少しだけ、長い。腕はなんとか、ひじの辺りを上げてみたらサマにはなった。脚の方は仕方ないので3センチほど、折り返した。さっきは寿司を運んでくれた住み込みの吉井さんが、仮どめしましたから今夜中にまつっておきます、と言って去っていった。
このオバサンも不思議だ。特に俊が呼んだ様子はないのに、必要な時にふいっ、と現れる。
そして特に言われた様子もないのに、その都度必要なものを運んでくる。
山本朔太郎のメイド版だ。俊の心を読んで、先へ先へと動いているような。
俊も、それを当然のような顔をして受け取っている。
本当に、気味悪い。それでも拓人、きわめてフツーを装いつつ「じゃ、おやすみ」と立ち上がる。
離れの入口と俊の部屋の間に、ふすまをへだてて3畳程の小部屋がある。小さいながらもちゃんとしたベッド。普段は俊が寝ているのだろうが、今夜はきっちりと白いシーツがかけてあった。拓人はのりの効いたふとんの上に寝転んで、とりとめなく考えていた。他所の家の匂いがした。
もしオレと、それにお袋が、ダンナと別れずにずっとこの家にすんでいたとしたら、もしかしたら、オレがコイツのようになっていたのだろうか? いつもクールで、頭脳明晰、やることにソツがなくて、あんな親戚連中(少し背中を見せただけで頭からバリバリと取って食われそうだ)を巧みにあしらいつつ、ロボット家政婦とテレパシーで交信する。
オレでも、できたんだろうか? それともとっくに相続争いで蹴落とされていたんだろうか……そこでようやく拓人、さっき外で聞いた会話を思い出し、遅まきながらぞっとなる。
明日、狙われてる、ってことはさ……オレも。じゃん?
急に眠気がぶっ飛んだ。
入口のすぐ脇にトイレ。部屋からそっと抜け出したが、
「どうしたの? 眠れない?」
俊にはお見通しだったようだ。引き戸は開いていたとは言え、向こうの部屋で、しかもパソコン使って背中を向けたままなのに、声をかけてくる。
「う、ちっと便所」
中に入って電気をつけると、しっかと錠をかけ、念には念を入れて換気扇のスイッチも入れる。
思った通り、モーター音がかなり大きい。俊までの距離もあるし、気をつければ声がもれる心配はなさそうだ。拓人、便座にそのまま腰かけると、おもむろに変化章をえりから外した。
一応の用心のために、パジャマに着替えた時すぐに付け替えておいたのだが、幸いにも彼には見られてなかったようだ。
拓人は、小さなダイヤルを「通信・チャネルⅡ」にセットしてから、口元に近付けてささやいた。
「おい、スーちゃん。聞こえるか?」




