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おとうと、ってこんなモノ??

 離れの二階、自分の部屋に戻ると

「ふう」少年はようやく表情をゆるめた。

「その辺に座って楽にしてて」

 まるで口調はタメ。

 拓人、タンスにもたれかかるように体育座り。学生服を脱いでシャツを着替えている少年を眺めるともなく眺めていた。


 やはり、拓人よりは背が高い。だから今どきの中ボーはイヤだ、暫定『兄』は部屋を眺め渡した。


 白い壁には渋い色調の世界地図、背の高い本棚、中には拓人が今まで読んだこともない、いや、読んでみようかと思ったことすらないような本がずらりと並んでいる。背表紙すら読む気力はない。マンガはなさそう。テレビもビデオもステレオも、飾り気のない机の上にはパソコンも揃ってる。親父が死んだというのに、電源がすでに入っている。


 ふと、目の前に紫の煙が一すじ。見ると、少年はひとりタバコに火をつけていた。

「あ、」気づいて拓人に箱を差し出す。

「どう? 兄さんもひとつ」

 火をつけるのも、勧めるのも、なんだかとても自然体。ついつい一本抜いてから拓人、あわてて

「あ、あのタバコ体に毒だぜ」

 へえ? と少年、なんだかうれしそうに

「兄さん、けっこうカタギなんだね」

 それでも火を消そうとしない。拓人、どうして自分がドギマギせねばならんのだ、とひとり、赤面しつつ

「それに、壁すぐ黄色くなるし、パソコンとかの電気器具もイカレ易くなるし」

 スーちゃんからの受け売り。しかもスーちゃんだってかなりのヘビースモーカーだが。

「はいはい」

 それでも、まんざらでもないような口調で、彼はタバコを消した。

「兄さん、て言うのも何だけど、多分、ボクより年上でしょ? 高校生?」

 まるでこいつが年上のようだ。

「どこに住んでるの? そうだ、名前も聞いてなかったし」

「キミだって聞いてないよ。シュンちゃん」

 少し主導権を取り戻しておかないと。そんな拓人の様子をかえって、少年は面白がっているようだった。

「そうそう、シュンビンのシュンと書いて、俊です。お兄さんは」

「拓人。ヨシダタクロウのタクに人」これはオフクロからの受け売り自己紹介。

 とある高校3年だというと、俊はちょっとびっくりしたように言った。

「へえ、拓人兄さん、すごいんだねえ。アタマいいんだ」

 オマエに言われるとなんだかイヤミに聞こえる。そう思ったが、そこは少し年上の余裕をみせる。

「キミも、受けるつもりなの? とある高」

 俊は、ははっと短く笑った。

「そりゃ、単に進学を考えてるだけならそれでもいいんだけど。一応、将来のことを色々考えると、やっぱり私学かな、なんてね。今資料をあちこち集めているんだ」


 なぬ? 将来??


「何になりたいの?」

 それにはしごくマジメにこう答えた。

「やっぱり、マツリゴトだね」


 え? 神輿でもかつぐのか? 町内会か何か?


「舞台は日本だけじゃつまらないし。せっかくだから政界の頂点にでも登りつめるかな」


 何だか、すごーく清く正しい、のか、まるっきり歪み切っているか、そのどちらかに違いない。どちらにせよ拓人、すでに目が真ん丸くなっている。何しにここにきたかも、ちょいと忘れ気味。

「すげーなー、オマエ」

 そうかな、と、俊は俊で、けっこう真剣な様子。

「そうだ」急に我に返ったように言った。

「せっかく拓兄さんに泊まってもらうんだったら、ちょっと勉強教えてもらおうかな。とある高二年て言うと、数Ⅲとかもやってるでしょ?」


 拓人、凍りついた。


「あとさ、ボク生物学とかも苦手なんだけど」

「あのさあ」

 拓人、言おうとした。「オレ、とある高は行き掛かり上で編入学したの。それに、ちょっと、字は読むのがニガテでさ、だからベンキョーはあまりしたことないの」

 しかし、代わりに出た言葉が「あ、そうだ!」いいぞ、ナイス遮り。

「オレさ、まだ夕飯食ってないんだった。オマエは?」

「あ、そうだ」

 素直に腹を押さえる俊。

「何か、ゴタゴタしてると、食事も忘れるね。」

 ボク、何か作ってもらってくるよ、と立ち上がりかけた。

 急に拓人も、買ってあったラ王とコーラのことを思い出した。

「オレも、チャリのところにおきっ放しだった。湯、もらえるかなあ」

「お湯ならここで沸かせるよ」

 じゃ、取ってくるよ、と拓人、部屋を出て屋敷の外へ。


 外のひんやりした空気を吸って、拓人「はぁ~」大きく深呼吸。

 チャリは、生垣のかげでひっくり返っていた。ついでに、コンビニの包みも見当たらない。

「っそー。何でだよ~」

 私道のあちこちやら、生垣の少し踏み込んだ辺りまで懸命に探す。それでも見当たらない。更に、庭の方に踏み込んでいった時、すぐ近くに人の声。彼は反射的に身をかがめて息をつめた。

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