戯言(去事)
十年前、
『裏世界』にて、空前絶後と言うべき大事件が起きた。
『裏世界』にて、最強と呼び声高い五つの組織、
『象牙之塔』
『首狩商人』
『殺人深夜』
『廃船艦隊』
『死線領域』
の五つの組織を総称し、『五頭神』と呼ばれていた。
その中の一つ、『首狩商人』の傘下組織・『鬼神衆』が、
何者かによって襲撃され、全滅させられていた。
いや、全滅され『かかって』いた。
当時、『首狩商人』は、
『殺人深夜』を疑っていたが、こちらも何者かに襲撃されていた。
結局、『鬼神衆』壊滅の犯人は割れず、
『鬼神衆』は五年にも及ぶ活動休止を余儀無くされた。
この事件を、『鬼狩事件』と呼ばれ、
『裏世界』の歴史に刻まれる事となった。
『鬼神衆』の桜坂小旗は、例の『鬼狩事件』の被害者の一人だ。
未だに彼は、『鬼狩事件』の犯人を探している。
しかし、『裏世界』で隠滅した情報を得るのは難しく、
手掴みで煙を捕まえるようなものだ。
小旗はそれも承知で、探している。
かつて、自分の婚約者を殺したアイツを。
「『鬼神衆』を一度潰された事を、思い出したくないってか?」
「喋んなっつってんだろ!」
現在、弾痕が多く残る津屋崎本家の屋敷の客間にて、
『鬼神衆』所属の桜坂小旗と、『監察官』の二つ名を持つ貝塚木彫が対峙している。
敷居を越して、津屋崎家現当主の津屋崎鬼門と、使用人宗像ノエルが居る。
雰囲気を一言で言うなら、殺伐としていた。
「悪いが、簡単には消えないんだよ。事実は事実。受け入れないと現実生きていけないぜ?」
「だからと言って、過去をほじくり出すのもどうかと思うだろうがよ!」
二・三発を発砲。
木彫はその弾丸を弾く。
「で、今の現在まで、お前は犯人を探してるのか?よく頑張ったな」
「犯人を探しているのが、そんなにおかしいことか?」
「いーや、別に」
『漆黒銅剣』を振るい、構える。
「無茶なことするなー。って思ってる」
「仇が討てるのなら、五臓六腑だって明け渡す覚悟はある」
「ふーん。そんな覚悟があるのか、信じられないな」
「お前ごときに信じて貰える筋合いはない」
どうやら、この程度の挑発には引っかからないか、と木彫は思った。
妙なところで冷静である事には、少し驚きはしたが、
同時に、冷静じゃない方が異常か、と決定付けた。
「まっ、俺には関係ないな。とりあえず津屋崎一派を全滅しようとする所。敵であることには変わりない。正当防衛と称してお前を殺してやるぜ」
貝塚木彫と、桜坂小旗の激戦が繰り広げられる数分前。
もう一つ動きがあった。
「……うっ」
痩身にライフル銃の男、室見金閣は、目を覚ます。
今の状態は、全身に打撲傷を受けていて、
戦う状態では無かった。
「……どうやら、敗北したか」
独り言を呟き、「それ」に目を向ける。
「それ」の正体は、彼の弟である室見銀閣の遺体で、頭に三つの弾痕がある。弾丸を撃ち込まれたのだろう。
「弟は逝き、俺は生き残った、か。出来れば、俺も逝ければよかったが……」
おぼつかない足取りで立ち上がり、虚空見つめる。しかし、映るのは青空のみである。
「……仕方が無い。『鬼神衆』には離反するしかないか、銀閣が逝ってしまった事で、俺は戦えたものじゃない」
「へぇ」
突然、金閣の耳に、女性の声が飛び込む。
ん?と金閣は、その声のした方向に目を向ける。
目を向けたと同時に、
その目に、何かが突き刺さった。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
突然だった。声の主を見るまでもなく、その片目を潰された。
「ひゃははははは。いくら満身創痍とはいえ、真正面から攻撃を受けるなんて、よく『裏世界』に生きていけたよね」
金閣の片目を潰したそれを引き抜く、
それの正体は、シャーペンだった。
そして、潰されていないもう片目で、声の主を見る。
未成年を匂わせる少女で、肩まで伸びた髪、紺色のブレザーに、黒色のプリーツスカートを履いている。
彼女の雰囲気は、一言で言えば
『女子高生』と同じものだった。
「……女?」
「ちょっとちょっと、わたしをそんな括りにいれないでよ。これでも『殺人狂』なんだからサ」
ひゅっ、とブレザーの袖から、シャーペンを取り出す少女。
「『殺人狂』……なるほど、お前、『殺人深夜』に最近入った者か」
「ピンポーン」
軽い気持ちを込めて言って、少女は金閣に襲いかかった。
「っ、馬鹿が、銃相手に突っ込むか!」
迫って来る少女に、金閣は発砲する。
間違いなく当たったと思ったが、
しかし弾丸は、見事にかわされる。
「(かわされた!くそっ!)」
金閣は、片目を潰されたくらいで、射撃の腕は落ちない。
精々誤差は2mm程度だ、
それでも、少女は難なくかわしたのだ。
バン!バン!と弾倉に残る銃弾を全て撃ち込む。
しかし、それら全て、あざ笑うかのようにかわしていく。
最後の銃弾を放った直後に、少女は金閣の間合いに入り込んでいた。
「よっ」
シャーペンを持ち替えて、間髪入れずにもう片目を突き刺した。
「ぁ」
もう片目を潰された激痛が金閣を襲う。
しかし、先ほどと同じ展開にはならなかった。
激痛のあまり絶叫しようとした口に、
少女は目にも止まらない速さで、
シャーペン、
定規、
三角定規、
ボールペン、
鉛筆、
先端が鋭い文房具のオンパレードを隙間なく突っ込ませた。
「…………」
金閣は、文房具によって塞がれた口で、一切叫ぶことが出来ず、両目を潰されながら、そのまま後ろにぶっ倒れた。
「『鬼神衆』は一時期、壊滅状態だと春さんから聞いたんだけどねぇ。やっぱり一度堕ちたら、ずんずん堕ちるんだね」
うーん。と背伸びしたり、屈伸したりと軽くストレッチを行う。
「さーて、モブキャラは殺した事だし、
キーちゃん探そっ」
ひょいと遺体となった金閣の上を飛び越え、
居るだろうと思われる津屋崎家の屋敷に向かって行った。
ここで紹介しておこう、
彼女の名前は、『高宮斬子』、
『五頭神』の一つ、『殺人深夜』の期待の新人で、
元、女子高生である。
〈観察中断〉