五話目
当日。
放課後になると、わたし達は集まって一緒にその人形が捨ててあったという森にまで行きました。
メンバーは、石川さん本人とその友達の日野さんという女の子。それから、神谷君と吉田君。後は久留間さんに、わたし。
話を詳しく聞くと、どうも、石川さんの許にやってくる人形は、元々はその森に捨ててあったものだそうです。捨ててあった、というよりも、石川さんが子供の頃に自ら捨てたのだそうですが。ただ、子供の頃の石川さんには捨てたなんて意識はなくて、なんでも、子供達の間では、その森のその場所は人形の墓場だと考えられていたのだそうです。
元々、たくさんの人形が捨てられていて、いつの間にかにそういう事になっていたらしいのですが、人形を壊してしまった幼い頃の石川さんは、そこに供養のつもりで、人形を埋葬したのだとか。
ところが、最近になって、どうしてかその人形が自分の家の前にやって来るようになってしまった。しかも、捨てても、捨てても、次の日の朝には必ず玄関の前にある……
「どう? ここら辺りなんだけど」
森を少し入ったところ、暗がり、不法投棄されたゴミが少し散乱している不気味な場所まで来ると、神谷君に向かって石川さんはそう尋ねました。
どうやら、この辺りが、石川さんが人形を捨てた当にその場所らしいです。
久留間さんが、その辺りのゴミを見渡しながら、「うわ、一度、一斉に全部きれいにしたくなるのよね、こーいう所」と呟きます。神谷君は、しばらくの間、口を開きませんでした。探るように周囲を見てはいますが、そこに真剣さのようなものが感じられない…
吉田君の説だと、彼に見えるのは人間関係の権化。こんな場所では、何も見えないはずです。そうなってしまっても仕方ないのかもしれません。
みんなは緊張しながら、神谷君の様子を見守っています。ただ、吉田君だけは、石川さんとその女友達の日野さんを注視していました。
そのうちに、神谷君はこう言いました。
「別に変わったものは見えないよ。普段通りだね」
その言葉を聞くと、日野さんは少し目を泳がせました。どうも、何か気になる事があるような感じです。わたしも、吉田君につられて、二人に注意していたから気が付いたのですが。
石川さんはそれを聞くと、ため息を漏らします。
「ふーん… そうか」
なにか、期待外れの返答だったみたいです。
その気落ちした様子を見てか、吉田君が口を開きます。
「ねぇ どうだろう?
どうせなら、石川さんの家も見てもらうというのは。もしかしたら、何か分かるかもしれないよ」
石川さんが応える前に、久留間さんがそれに口を挟みました。
「そこまでは、ちょっとやり過ぎじゃない? この時間帯だと、石川さんの家に、お母さんか誰かいるかもしれないし、この人数で押しかけるのは迷惑よ」
多分、吉田君は神谷君が人間関係がない場所だと何も見えないのを知っているから、敢えてそう言ったのだと思いますが、わたしも久留間さんと同意見でした。やり過ぎのように思います。
しかし、それを受けると、石川さんはこう言ったのです。
「ううん、大丈夫。多分、お母さんはいると思うけど、気にしなくていいわ」
わたしには、その言い方が、まるでこの話の流れを望んでいるかのように思えました。
それからわたし達は石川さんの家まで移動をしました。久留間さんは、少し帰ろうか悩んでいたみたいですが、結局、ついてくる事にしたみたいです。
もし、わたしに気を遣っているのだったら悪い事をしたな、なんて思っていると、彼女は「最後まで見ておかないと、気になって仕方ないって思っただけだからね」と、そう言ってくれました。どうも、わたしの性格は見抜かれているみたいです。
移動の間で、人形の話題になりました。
考えてみれば、肝心のその人形がどんなものなのか、全くわたし達は知らなかったのです。石川さんは説明してくれます。
「泥で汚れた、プラスチック製の、肌がちょっとだけリアルなタイプの子供の人形よ。今朝、わたしがゴミ捨て場に捨ててきちゃったから、今は見せる事はできないけどね。多分、明日の朝になったら、また、家の玄関の前に来ていると思う」
整然と語る彼女を見て、わたしは奇妙な感覚を覚えました。
本当にそんな事が起こるのでしょうか? 落ち着いた様子で語られる非現実的な話。それから、シーンを想像したわたしは、なんだか別世界に陥ってしまったような気になってしまいました。
石川さんの家は、一軒家で、玄関は少しだけ薄暗かったですが、何処にでもある普通の家でした。でも、普通の家だからこそ、そこに不気味な泥だらけの人形が鎮座していたらなおさら怖いようにも思います。
非現実感が強調されるように思えて。
石川さんの友人の日野さんは、訪問するのに慣れているのか、石川さんが玄関を開けるとその後に直ぐに続きました。
中から声が聞えます。
「あら、日野さんいらっしゃい」
恐らく、石川さんのお母さんでしょう。
「今日は、ちょっと他にも知り合いが来てるの」
石川さんが淡々とした口調でそう言いました。中から、お母さんの少し訝しげな声が聞えます。
「知り合い?」
その時、わたしは石川さんが、神谷君に霊視してもらいに来たとは言わないだろうと考えました。多分、言い難い事だろうと思うから。でも、石川さんはそれからあっさりと本当の事を言ったのです。
「実は、クラスに霊視ができる子がいるの。それで、人形の事を視てもらおうと思って」
「……」
石川さんがそう言うと、しばらくの間ができました。石川さんのお母さんは、何も喋りません。それから、日野さんがこう言います。
「安心してください、おばさん。そんな、変な人達じゃないですから」
それを聞くと、石川さんのお母さんはやっと安心をしたのか、「そう。確かに不安だものね、視てもらった方がいいわ」と、そう言ってわたし達を招き入れてくれました。
石川さんのお母さんは、気にしてない風を装ってはいましたが、明らかにわたし達の事が気にかかっている様子でした。
頻繁にわたし達の様子を見に来るのです。
そんなあからさまな様子を恥ずかしく思ったのか、石川さんは、わたし達に向けてそっとこう教えてくれました。
「お母さんね、ああ見えて、そういうのを信じる方なのよ。だから、多分、気になって仕方ないのだと思うわ」
少しだけ、その口調には毒があるようにわたしには思えました。自分も信じているからこそ、石川さんは、神谷君に今回の事を頼んだのじゃないでしょうか? まぁ、そういう理屈で説明できる類の感情ではないのかもしれませんが。
わたし達は、しばらく家の中を歩いてから石川さんの部屋に落ち着きました。神谷君に色々と視てもらう為です。別に普通の家でしたが、少しだけ気になったことが。こけし。なんでか、こけしの人形が神棚に飾られてあったのです。
イメージに合ってるような気がしないでもないですが、なんだか変な風にも感じます。こけしとは、神棚に飾るような類のものなのでしょうか?
いえ、わたしはそういった類の話は全然詳しくないので、分からないのですが。
石川さんの家に入ってからは、みんな、会話を控えめにしていました。なんとなくの雰囲気で、そんな流れが出来上がってしまっていたのです。
やがて、石川さんの部屋に石川さんのお母さんがお菓子なんかを持ってきて、ひと段落がつくと、神谷君にみんなの視線が再び集中をしました。
何が視えたのか。
みんな、当然、それが気になったのです。今回は、吉田君すらも神谷君に集中しています。神谷君はその皆の視線を受けると、ため息を漏らすようにして言いました。
まるで、本当は言いたくないけど、これじゃ仕方ないか、みたいな感じで。
「見えたよ。子供が見えた。それも、焼けたカゴに入った小さな子供が。この家の中を彷徨っていたよ。石川さんと、石川さんの母親の間を揺れるようにして」
わたしはそれを聞いて、ドキリとしました。神谷君に見えるのは、本当は人間関係の権化。なら………、
その時は、それまで怯えた様子が全くなかった石川さんも、流石に少し動揺しているように思えました。
――帰り道。
そのまま自宅に残った石川さんはもちろんいません。そして、残りのメンバー全員は、押し黙って歩いています。ただ、日野さんだけは何かを言いたいような様子。
「どうしたの?」
その様子を察してか、久留間さんがそう口を開きました。すると、日野さんは、
「あの… ごめん。失礼かもしれないけど、神谷君の霊視の能力って本物なの? あたし、ちょっと気になる事があって」
それには吉田君が答えました。
「見えるのは本当だよ。でも、その見えているものが、霊か何かなのかは分からない。なんで、そんな事を訊くの?」
日野さんは、少し逡巡するとそれからこう言いました。
「あの…… あたし、もしかしたら、日野さんの家にやって来る人形は、誰かのイタズラじゃないかって思ってるの。霊だとか、お化けなんかじゃなくて」
その言葉に、その場の全員が反応をしました。
「どういう事?」
そう尋ねたのは、久留間さん。
普通は、こういった事があれば誰かのイタズラの可能性を疑うのが当たり前だと思いますが、日野さんの重い口ぶりからすると、そう言った理由はそれだけじゃないように思えます。
「こういう事は…… その、あまり他人に言う事ではないと思うのだけど、あたし、知ってるのよ。
他の人には、黙っててよ?
石川さんの家、子供を下ろしてるの。家を買った所為で家計が厳しくなったとかで。だから本当だったら、弟か妹が石川さんにはいた事になる。石川さん、最近になってその事を知ったらしいのだけど」
「じゃ、神谷君が見たのは、それだったのかしら? そして、毎朝、玄関の前にやってくるのも…」
久留間さんがそう言います。話の流れを考えるのなら、誰でもその可能性を考えるでしょう。だけど、日野さんはそれからこう言ったのでした。
「でも、それだとおかしいのよ。
だって、実際に赤ちゃんを下ろしたのは随分前なのよ? なんで、今頃?」
吉田君がその言葉に頷きます。
「なるほど。確かにおかしいね。
で、日野さんはどうして、イタズラだって考えたの?」
「石川さんは、その事を何人かに話してるのよ。とってもショックを受けたって。自分の親が人殺しだとは思わなかったって。もしかしたら、それを知った内の誰かが、嫌がらせのつもりで……」
わたしはその話を聞いて、少し観点のずれた事を考えていました。石川さんと、石川さんの母親に対する少し険のある言葉。あの態度の裏には、そんな経緯があったんだ、なんて思っていたのです。
吉田君はそれを聞くと、何かを考えながらこう言いました。
「なるほどね。そう考えるのが筋が通ってるかもしれない。イタズラ。何か、幻が見えるとかだったらその人に原因があるかもしれない。けど、物理的に作用するのなら…
まぁ、そういった発想も、本当を言えば浅はかかもしれないけど」
それから、しばらく間ができました。吉田君は語り終えるなり考え込んでしまったし、他のみんなは口を開くタイミングを計れなくなってしまったようで。
その沈黙に耐え切れなくなったのか、神谷君が突然に口を開きました。
「まぁ、俺は自分の見たものを、そのまま言っただけだしなぁ」
そうなんです。神谷君が見たのは人間関係の権化なのかもしれないでのす。つまり、石川さんと石川さんの母子関係を見てしまっただけなのかもしれない。なら、人形が玄関にやって来るという今回の事件には直接は関係がないのかもしれません。
「もし、イタズラだとしたら、はっきり言ってとても陰湿よね。あたしは、そういうの嫌いだな。
……でも、そんな簡単に思いつくようなこと、当然、石川さんも考えたのじゃないの?」
神谷君が語り終えると、今度は久留間さんがそう尋ねました。日野さんは直ぐに答えます。
「うん。石川さんもそれを考えたらしいのだけど、だとすると、毎晩毎晩捨てられた人形を拾ってくるような事を、その人はしている事になるから、考え難いのじゃないかって言ってたわ」
「毎晩…」
わたしは思わずそう呟きました。
毎晩は、流石に根気が持たないだろうと思って。そしてその時に、急に吉田君が口を開いたのです。
「森さんはどう思う?」
え? わたし?
わたしは、それにかなり慌てました。だって、まさか話を振られるとは思ってなかったから。それで、思わずこんな事を言ってしまったのでした。
「わたしは… わたしは、こけしの人形が気になりました。石川さんの家の神棚に飾ってあったんです… いえ、すません。全然、関係ないかもしれないけど」
本当に関係ないです。なんとなく、石川さんの家で印象に残った事を言っただけ。でも、それなのに吉田君は、それを聞くとこう言ったのでした。
「うん。実は、僕もそれが少し気になったんだ。それで明日、もしも時間があるのなら、ある場所に付き合って欲しいのだけど、いいかな?」
どうして、そんな話の運びになるのかは全く分かりませんでしたが、
「は? 別にいいですけど…」
思わずわたしは、反射的にそう答えていたのでした。
戸惑っているわたしと久留間さんと日野さんとを見ながら神谷君は、
「こいつはこういう奴なんだよ。バカみたいにマイペースで、詳しい内容を話さないでいきなりこんな事を言うんだ」
そんな事を言いました。
ただ、それは吉田君を非難した言葉というよりは、ちゃんと考えがあっての事だから安心しろ、とそうフォローしてる言葉であるようにわたしには思えました。