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異世界用心棒奇譚  作者: 下総 一二三
異種族悲恋
23/34

思い込み

“これはこれは。遠路はるばる、このようなむさ苦しい山まで来ていただけるとは”


 夏目修一郎を前にして、人の命より遥かに悠久の時を経た不死鳥フェニックスは、恐縮した様子でしきりに頭を下げている。

 当初、2週間という予想したよりも少し早く、1週間と3日過ぎたばかりで、修一郎とラムネはフェニックスが住む山に到着していた。

 レバンスから話を聞いていた通り、見た目は普通の山だったがある地点に入ると突如黒い雲が空を覆い、激しく火を噴き、瞬く間に火の山へと変化したのである。


何処(いずこ)よりか漂泊(ひょうはく)したうろたえ者よ。ここより先は、力ある者しか進むことが許されぬ炎の山。即刻立ち去れ”


 と、稲妻がはしる漆黒の空に重々しい声が響いたものだが、修一郎は特徴のある抑揚ですぐにフェニックスのものだとわかった。


「おおーい、不死鳥フェニックス!聞こえるかあ!俺だ、夏目修一郎だ!」

“ナツメ……?”

「今日は用事があって来たんだ。少しだけでいいから、会えるかあ!?」


 修一郎がそこまで言うと、火柱群は忽然と消え、雷鳴轟(とどろ)く雲も去って晴天へと戻っていった。やがて山の頂から黒い影が飛び上がったかと思うと、急速に影は膨れ上がって、巨大な紅蓮の鳥となって修一郎たちの視界を覆ったのであった。


“……いやはや、大したものは出せませんが”


 十数分後。

 フェニックスや修一郎たちの周りを、五匹ほどの黒い毛玉のような生き物が駆けずり回っている。コポックルという土の妖精で、フェニックスの身の回りの世話をしているのだという。最初はフェニックスが山の頂まで連れていこうとしたのだが、すぐに終わるからと断ると、“それではそれでは”と言うだけで、どこからかコポックルを呼びよせた。そして山の(ふもと)の畳のように広い岩場に案内し、あとは修一郎のもてなしに奔走したのだった。

 しばらくすると、コポックルは水を(たた)えた茶碗と菓子を運んできた。茶碗といっても笹の葉らしき葉で器用に編まれた容器で、葉の皿には手のひらほどの団子が載っている。


“山の天然水に、団子は粉状にしたチコの実をアルバノ花の蜜で練ったものです”

「せっかくだ。いただくかな」


 いかにも手間が掛かっていそうな代物である。これ以上断っては悪いと思い、礼を言って団子を口にすると、やわらかな食感とともにほのかな甘味が口中に広がり、言いようもない幸福感に浸されていた。


「こりゃあ、美味いな」

「……良いなあ」


 隣ではラムネが、物欲しそうに指をくわえてじっと見ている。


「ねえ、フェニックス。私にもちょうだ……」

“黙れ、小娘!”


 唐突にフェニックスが形相を変え、カッと吼えた。豹変したフェニックスに、コポックルは一目散に逃げ去っていった。

 フェニックスの紅い毛は業火の如く逆立ち、怒号は雷鳴の如く轟いて、ラムネの体は一気に岩のように硬直した。幽霊だから心臓も呼吸器官もはないはずなのだが、恐怖のあまり息が詰まって卒倒しそうになっていた。


「あ、あの……」

“馴れ馴れしいぞ、人間ごとき小娘が。我が礼をつくすはナツメ・シュウイチロウ殿のみ!勘違いするな!”

「ご、ごめんなさい……」「よさんか、フェニックス」


 恐怖に震え、涙目になって崩れるラムネに、修一郎が間に入ってたしなめるように言った。


「その人間の小娘とやらに本気になるな。強く気高き不死鳥であろうに。弱き者にも優しくしてやってくれ」


 不死鳥ラムトドゥクは外見こそ地味だったが、もっと度量が広くラムネの軽口にも付き合ったが、フェニックスはどうも短気で心が狭い。


“言われてみれば確かに。申し訳ない……”

「ラムネも“お供え”だ。これ食べて機嫌を直せ」

「うっ……ううっ……、ひどいよ……」


 団子を“お供え”してもらい、ラムネは泣きながら団子を頬張った。コポックルが周りに集まってきて、幽霊であるラムネの頭を撫でたり涙を拭ったり、大きな葉を団扇代わりにして風を送っている。


「美味しい……ひぐっ……幸せ……えぐ」


 口の中に広がる甘味と体に残る恐怖に挟まれて、ラムネは自分でもわけがわからなくなっている。

 震えが次第におさまっていくのを見て、ラムネは少しは落ち着いたらしいと修一郎は話を本題に戻した。


「ところで、フェニックスよ。羽根を三枚ほどもらえないかな」

“羽根をですか”

「うむ。ちと頼まれてな。一応、証明するものもある」


 修一郎は懐から魔法の鈴を取り出して、フェニックスに示した。怪訝な顔のフェニックスは、ますます眉の(しわ)が深くなっていく。


“それは……アゲハ族の魔法の鈴ですな”

「うむ、めでたいことがあってな。頼まれたのだ」


 幸せに満ちたレバンスとサンフレッタの笑顔を思い出しながら、修一郎は事情を説明した。その間にラムネはすっかり平静を取り戻して、コポックルと遊んでいる。


「……というわけで、お主の羽根が必要となってきたわけだ。まあ、儀式の何に使うかよくわからんが」

“話はわかりましたが……”

「どうした?」


 ラムネの“お供え”を済ませた団子をかじりながら、修一郎が訊ねた。話を終えても、フェニックスが表情を曇らせているのを不審に思ったのだ。


“失礼ですが、アゲハ族がどのような種族かご存じで?”

「よく知らん……いや、まったく知らんな。謎に包まれた種族と耳したくらいだったか。実際は普通の村といったところだがな」

“……”

「自らを“罪の民”と言っているらしい。もっとも本人たちも何のことかわからないらしいくらい古い言葉らしいがな」

“そうですか。自分たちのことも忘れたのか……”

「さっきから、いったいどうしたのだ」


 修一郎がうつむくフェニックスをのぞきこむようにすると、背を伸ばしてまっすぐに修一郎を見つめた。


“アゲハ族は、人を喰らいます”


  ※  ※  ※


 人を喰らう。

 修一郎はフェニックスからの思わぬ言葉に、表情がみるみるうちに強張っていくのを感じていた。心臓の鼓動が急速にはやさを増していく。ラムネも目を見張ってフェニックスを凝視している。空気がはりつめ、重い沈黙が場を支配した。修一郎が次の言葉を発するまでに六回ほど深呼吸をしなければならなかった。


「人を、喰らうだと」

“そうです”

「それでは、奴らは人を喰らうためにレバンス様についていったのか。俺たちを騙したしたというのか」

“いえ、それは違います”


 フェニックスはきっぱりとした口調で、首を振った。


“アゲハ族は普段の食事も、麦に芋といった穀物や果物を中心とした生活をしております。肉はせいぜい小魚や小鳥。元来穏やかな性格で、争いごとを好みません”

「では、何故だ。何故、人を喰らわねばならん」

“繁殖の仕方が特異なのです”


 フェニックスの説明によれば、性行為後、受精し1週間もすると体内に着床するのだが、出産には高エネルギーを必要とするために普段のエネルギー量では足らず、蝶の幼虫に似た怪物に変化して夫を捕食し、産まれてくる子にエネルギーを与えるのだという。出産を終えればまた人の姿に戻る。


「バカな。それではアゲハではなく、カマキリではないか。何故、カマキリ族と名乗らん」


 自分でもバカげたことを口にしていると思ったが、叫ばずにはいられなかった。


“言いたいことはわからないでもありませんが、〈アゲハ族〉はわずかに接触した外の人間が呼んだものです。穏やかな性格ならなおさら、危険の少ない種族と思い込むのも無理はありません”

「しかし、愛する人を喰らうのだぞ。何も言わんなどあるか」“おそらくですが、その理由は想像はつきます”

「なんだ」

“まず、お訊ねしますが……”


 憤然(ふんぜん)としている修一郎に、フェニックスが冷静に言った。


“人間の間では、美談として語られているそうですが、大英国の晩餐会に招かれたペルツァ国王の話はご存じでしょうか”

「耳にはしておる」


 晩餐会に主賓として招かれたペルツァ国王が、手洗い用のフィンガーボウルの水を飲んでしまい、主催した王子が恥をかかせまいと自分も飲んだという話である。

 異なる国から集まる冒険者たちからは、仲間に対する心構えとして一度は必ず耳にする。


“確かに美談ですが、何故、ペルツァ国王はそのような行いをしたのでしょう。恥をかかす前に、本人が知らないなら周りが教えてあげればいい。しかし誰も国王には教えなかった。笑いものにするため?違うでしょう”

「……」

“それと、ナツメ殿はこの異国の地に来るまでの間、文化風習に関わるもので、土地の者に笑われたことがありますか”

「……ある。何度かな」


 ラウールに来るまでの間、幾つかの村や町で主に食事や礼法だったが、日常の細かな違いを笑われたおぼえがある。言葉もまだ未熟で、当時はひどくストレスを感じたものだったが、言葉や文化もわかるようになってからは、それも過去に埋もれた記憶となっている。


“その習慣の違いを、(あらかじ)め誰かに教えられていましたか”

「……いや、失敗してから他人に教えられて知ったな」

“誰も言わないのは、その環境に生きる者にとっては、それが常識だからです。大半の者にとって、わざわざ教えるまでもないことだからです。知らないということを知らないのです”

「……」

“アゲハ族にとっても同じことです。先代のフェニックスが存命時には〈罪の民〉として既に外部とは遮断した生活をしていました。メスはオスを喰らうもの。語るまでもない常識となっているのかもしれません”

「……いったい“罪の民”とはなんだ」


 修一郎が訊ねた。


“遥か太古、この森はかつて、多くのアゲハ族が住んでいました。あちこちに残る洞窟などの遺跡も、アゲハ族が遺したものです”


 先代のフェニックスが生まれる前の遥か昔だという。この深い森にはアゲハ族が一大勢力をつくっていたという。穏やかな性格のために争うこともなく、平和に暮らしていたという。

 しかし、ある時に未曾有(みぞう)の大洪水がアゲハ族を襲い、種族としてのバランスが崩れ始めた。

 肉体的には劣るといっても、当時はまだ狩猟技術や肉体労働に耐えるだけの体力はあったのだが、子を産むためには彼らを補食しなければならない。頼みにしなければならないはずの男たちの数も少なくなり、侵攻する魔物たちに対抗する術もないまま住処(すみか)を奪われていった。

 当時のアゲハ族は、愛する者を食して生きる自分たちに“罪の民”と名付け、外界との繋がりを一切遮断し、関わりを持たないことで種の存続を保ってきたのだという。


 ――それで若い男しかいなかったのか。


 男で中年老人が一人もいなかった疑問が、ようやく解けた。種の存続のために喰われしまうのだから、歳のとりようもない。

 考え込む修一郎を前に、フェニックスが呻いた。


“しかし、私も迂闊だったのは、アゲハ族が何故、自らを〈罪の民〉と呼び、掟の意味さえも忘れてるのを知らないということでした”

「……」


 フェニックスは心の痛みに耐えるように、表情を歪ませている。修一郎は無言のまま、刀をつかんで立ち上がった。


「とにかく、レバンス様のところに戻らねば」


 ラムネがうろたえた様子で修一郎を見上げていた。


「でも、ここまで来るのに1週間くらい掛かったのよ。アッセムカまで間に合うの?」


 愛する若い2人が、同じ部屋にいるのだ。初なラムネでも、婚礼を挙げるまでに2人に何もないわけがないくらいは容易に想像できる。


“ナツメ殿、私の背に乗れ”


 フェニックスが紅い巨躯(きょく)を伏せた。


“城の位置ならわかります。1日もあれば着きましょう。ですが、幼虫に変化したアゲハ族は子を守るために化物のような強さです。油断なさらぬように”

「……わかった」


 体からしぼりだすように言うと、修一郎とラムネは勢いよくフェニックスの背に飛び乗った。

 コポックルたちは一列に並び、フェニックスと客人の出立を見送っている。ラムネが「バイバイ」と手を振ると、小さな手で振り返してきた。

「ナツメ、行こう」

「頼むぞ、フェニックス!」

“お任せを!”


 フェニックスは虚空に一声轟かせると、巨大な翼を広げて大空へと羽ばたいていった。コポックルたちが見送る中、フェニックスは炎の塊が噴き上がるように、瞬く間に空の彼方へと消えていった。

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