新しい未来に祝福を
レナムとその娘サンフレッタが居住するという館は、村の少し外側に位置していた。小さな丘陵地で、そこから村の家屋だけではなく、更には果樹園や刈ったばかりの麦畑、畑なども一望できるはずだった。
しかし、館といっても、村人たちの家が粘土と藁づくりの小屋であるのに比べてなだけである。族長の館は茅葺き屋根で木造、大社造で床が高い。
建家の規模も少し大きめだから館と呼んだのであって、一般的には小屋と表現した方が近いかもしれない。
修一郎はどこか懐かしく思いながら族長の館を見上げていたが、やがて、そのつくりが太和の社に似ていると思い当たった。
「あの2人お似合いだね」
ラムネの声に修一郎は現実へと引き戻され、横を見るとラムネは眩しそうに遠くを眺めていた。視線の先には広場に小さな席が設けられ、そこで一組の若い男女が談笑している姿があった。レバンスとアゲハ族のサンフレッタである。
レナムはレバンスたちを館にまで連れてくると、サンフレッタと引き合わせて2人のために席を設けたのである。
サンフレッタは容易に視線を合わせず、いかにも内気な美少女といった印象を持ったが、時折レバンスに向ける視線に、修一郎は確かな好意を感じていた。
会話を重ねる内に2人は次第に打ち解け、微笑するサンフレッタの横顔は遠目からでも美しかった。
「良い雰囲気よね」
「そうだな」
独り言のようなラムネの言葉にうなずく修一郎のそばを、数羽の小鳥が降りてきて、ひとしきり騒ぐと、そのままどこかに飛び去っていった。
修一郎たち冒険者は館の近くにある、エスパカという枝の広い大樹の下に集まり、そこから主の様子を見守っていた。穏やかな2人の表情はわかるが、声までは聞こえない。
「あの2人、何を話してるのかな」
ラムネがいつもの好奇心を発揮して、瞳を輝かせている。
「さてな」
素っ気なく修一郎は言った。
微笑ましいと思うし2人の幸せも願うが、話の中身までは興味はわかない。せいぜいこれでもうすぐ仕事終わりだという安堵感があるばかりである。
「なんでよ。王子さまがやっと好きな人に出会えたんだよ。どんな話しているか気にならない?」
「気にならんな。第一、人の恋ばなしに盗み聞きなどみっともない。よさんか」
「何がよさんかアルか、ナツメ」
いつのまに近くにいたのか、李華麗が不審そうな顔をしている。
「あ、いや……」
「ナツメは時折、ぶつぶつ独り言言っているアルね」
「そ、そうかな」
「あまり独り言言っていると、先が長くないと聞いたことあるアルよ。気をつけるアルね」
「う、む……。気をつけよう」
修一郎はつるりと顔を撫でた。
“集まる”といっても、即席の冒険者チームである。特に修一郎のような普段単独行動しているような者は、エスパカの広い樹の下では他とは少し距離をとって休んでいた。
普段からラムネと会話する時は、声量や不審に見られないように仕草も気をつけていたはずだが、やはり幽霊と会話をしていると、周りに奇妙な雰囲気を醸し出してしまうものらしい。
「ちょっと、行ってくるね」
「おい……」
好奇心を抑えきれなくなったラムネが盗み聞きに行こうとするので、修一郎が制止しようとしたが隣に李華麗がいる。急いで咳払いして誤魔化すと、伸ばした手を組んでストレッチする真似をした。
「この仕事も、もうすぐ終わりアルね」
「そうだな。終われば、レバンス様の家来か。しっかり励めよ」
「ナツメはどうするアルね」
それまで修一郎はラムネの様子をちらちらと窺っていたが、突然の質問に意味がわかりかねた。
「どうする、とは?」
「一緒に、レバンス様に仕えないアルか?他の2人にも声を掛けるつもりアルよ」
いや、と修一郎は手を振った。チームに誘われる。領主に仕える。これまでも何度かあった話だが、やはり心は太和にある。
「独りで冒険者が俺には合っている。ありがたい話だがな」
「そうアルか……」
何らかの事情をかかえているというのは李華麗も既に察しているらしく、それ以上は誘ってこなかった。小さく息をはくと、「静かな村アルね」と話題を変えてきた。
「私たちの他、誰もいない感じがするアル」
「そりゃあ、俺たちを警戒しているからだろう」
最初は大勢いた村人たちの姿は消え、今はひっそりと静まりかえっている。館の近くにも小屋が建ち並んでいる。中は薄暗く人の姿は見えないのだが、そこに人が存在しているのは、小屋の中から送られる強い視線で明らかだった。
「何もしないアルに」
「村を守るゴーレムを破壊して、襲撃みたいなことしているんだ。ようこそと歓迎は無理だろう」
言いながら、修一郎はとある小屋に目を向けると、窓から覗き込んでいた小さな女の子と目が合った。女の子はびっくりした様子で、慌てて顔を屋内に引っ込ませた。
「外の世界と断ち切っているというから、どんな変わったものがあるかとオモタら、意外と普通の村アルね」
「たしかに普通の村だが、やけに美人が多いな」
「やぱり、男はスケベネ。すぐ女に目がいくアル」
李華麗は呆れたようにため息をついた。
「他の男どもも、女ばっかり見てるアル。だらしないアル」
「そうはいっても美しい人に惹かれるのは男の性分だ。仕方あるまい」
「ヤダヤダ、男の言い訳はみっともないアルよ」
「む……」
李華麗の軽蔑した眼差しや詰る口調に、それ以上返す言葉もない。プイッと顔を背けると、仲間であるもう一人の女冒険者のところへ戻っていってしまった。
――しまったな。
たしかに美人ばかりというのは第一印象だったが、修一郎にはもうひとつ別に違和感を懐いていたのだった。
――美人ばかりだが、男が少なすぎる。
まったくいないわけではなかったが、どれも若く十代かせいぜい二十代。中年老人を一人も見掛けなかった。周りの森は強い魔物ばかりだから短命なのかもしれないとも思ったが、この村の中で自給できているらしく、それでもないような気がした。加えて、アゲハ族の男たちは女のように華奢な体つきをしていた。魔法使いタイプが多いのかもしれないが、戦いばかりが男の仕事ではない。野良作業や肉体労働があるはずである。
しかし、そんな違和感も、修一郎がつまらぬことを口走ったために何も言えなくなってしまっていた。
リーダーのクイックを除いては、他の冒険者たちもここまでの間、アゲハ族の女たちに見とれてながら歩いていたのだ。今の発言も、そんな男たちの気分がうつったのだろう。軽率すぎたと修一郎は後悔していた。
落ち込む修一郎をよそに、一方のラムネはレナムとレバンスのそばに近づいていた。修一郎にとり憑いている身なので、行動範囲には限界があったが、それでも2人の会話は充分に聞こえてくる位置までには来ていた。
「……レナム殿から話を聞きましたが、あなたは私のことを、いつも楽しそうに話していたとか」
レバンスの問いに、サンフレッタはええと消えそうな声で言うと、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「危ないところを魔物に助けてもらったので、なんだか、物語のヒロインなったような気分になってしまって……」
「そうなのか。それにしても、城では一言も話さなかったではないか。一言も話さなかったから怯えさせてしまったのかと、少々後悔していたのだ」
ごめんなさいと、サンフレッタは細い声で謝った。
「私、内気とよく言われるんです。友だちともなかなか打ち解けることができなくて、それでかあさまにも叱られることが多くて……」
――よくそんな性格で森に行ったな。
ラムネはふとそんなことを考えたが、レバンスも同じことを考えたようだった。
「それなのに、あんな森に一人で?」
「ごめんなさい。村には古くから伝わる書物に冒険ものの物語があって、私、子どもの頃から外の世界に憧れていたんです。私たちアゲハ族は“罪の民”外へ出てはいけないという掟があるんです」
「“罪の民”?なんだ、それは」
わかりませんとサンフレッタは首を振った。
「かあさまもそれは知りません。しかし、古くからそう言われて私たちはその掟に従ってきました。でも、わからないものを守るなんておかしいと思いません?」
「たしかにな」
「わたし、小さい頃は、棒きれを剣に見立てて、遊んでいたんです。魔法はけっこう自信があったから、我慢できずにかあさまや村の目を盗んで……」
「私と似ているな」
「え?」
「私も、幼い頃は泣き虫だったんだが、冒険ものが好きで、よく棒振りしてたものだ。私も外の世界に触れてみたくてこっそり抜け出して、父上たちを心配させたものだ」
「まあ、そうですか……」
「あなたと話しているととても楽しい。サンフレッタ殿とは気が合いそうだ」
「あ、あの、私も……です」
サンフレッタはますます顔を紅くしてレバンスの指に触れると、レバンスは想いに応えるようにして、サンフレッタの細い指をぎゅっと握りしめるのだった。
「うっわあ、せいしゅーん」
近くでしっかりと聞き耳を立てていたラムネも、顔を真っ赤にし鼻息もフンフンと湯気を噴出させている。冒険も好きだが、この類の恋愛話も劣らず生前から大好物で、今も修一郎に頼んで本屋で買ってもらっている。
「いいなあ、いいなあ」
悶えるラムネの前で、互いの手を重ね合わせたレバンスとサンフレッタが、じっと見つめ合い出した。
ラムネの熱い感情は、今まさに頂点に達しようとしていた。
「……あなたと一緒なら、どんな困難にも打ち勝てそうだ。あなたに“罪”はない。私と一緒に外の世界に行かないか」
「……はい。ぜひ」
「……うっひぃぃぃぃ!!」
ラムネはの感情は沸点に達し、熱を帯びた頭から一気に蒸気が噴出しているような感覚があった。憧れていた恋愛小説そのままの台詞とやりとりが現実に起き、まるで夢を見ているような心持ちで、体中から力が抜けていく。
2人の会話が終わり立ち上がるのにあわせて、ラムネも修一郎の下へと戻っていったが、ふわふわふらふらと酔っぱらいのように頼りない。
「どうした。顔が真っ赤だぞ」
「ひやあ……、幽霊になっれてよかったれす」
「幽霊に?変なこと言う奴だな」
草むらでごろごろ寝そべり、余韻に浸り出すラムネを放って修一郎は立ち上がった。苦しげな表情をするレナムが修一郎たちのところへと歩いてきたからだった。
「……幸せそうですね」
最も近い位置にいたからだろう。レナムは修一郎に話し掛けてきた。
「そうですな。ただ将来、サンフレッタ殿は村を統べる長。そこが複雑なところでありますが……」
「私は2人を認めます」
表情は変わらなかったが、きっぱりとした口調でレナムは言った。
「娘にも言われました。“誰も理由の知らない掟に従うのはおかしい”と。普段、あんな内気なサンフレッタが……」
「……」
「それにあんな幸せに満ち足りた顔。私も見たことがありません。私たちアゲハ族も、変わる時がきたのでしょう」
苦しげだったレナムの表情は次第にゆるみを見せ始め、穏やかな微笑をたたえて近づく2人を待っていた。レバンスたちは修一郎を間に挟む形で立ち止まると、沈黙が続いた。先に口を開いたのはサンフレッタだった。
「かあさま、あの私……」
「行きなさい」
「え……」
「レバンス様は運命の方です。優しく強い。あなたはしっかりと応えてちょうだい」
「かあさま……」
サンフレッタは言葉を失うと、後は無言でレナムに抱きついてその胸元へと顔を埋めた。その美しい光景に、ラムネは号泣しているし、クイックや李華麗らも祝福する眼差しでサンフレッタを見つめている。
レナムはサンフレッタの頭を撫でながら、そっとレバンスに視線を移した。
「レバンス様、この泣き虫をお願いします」
「任せてください」
「ただ、ひとつお願いが……」
「なにかな」
「娘の婚礼に、村の儀式を祝ってやりたいのです。そのためにはフェニックスの羽根が三枚ほど必要なのです」
これをとレナムは銀色の鈴を取り出した。小さな鈴で、チリンと澄んだ音がする。
「これはフェニックスに会うための証となるものです。しかし、我が民の足では、山に行くまで少なくとも2ヶ月は要してしまい、時間が掛かり過ぎてしまいます。どなたかに代わりをお願いをしたいのですが」
「しかし、この森の魔物は強い。代わりといってもフェニックスの山にたどり着くのも難しいぞ」
「そこはご安心ください」
懸念を示すクイックにレナムが微笑むと、手首につけた鈴を示した。
「この鈴は古代より伝わる魔法の鈴。身につけると、魔物に会わずに済むことができます。鍛えあげた冒険者の方々でしたら、さほどの困難もなく2週間ほどでフェニックスの山にたどり着くことができるでしょう。しかし、魔法の鈴はこのひとつ」
「一人で、ですか……」
クイックはためらいがちに言葉を切った。無事に山へとたどり着いたとして、問題はその先のフェニックスだ。レナムはぬけぬけとやってきた人間などまともに相手にするだろうか。しかも一人。
短気で気が難しく尊大。強大な力を持つとは冒険者の誰もが耳にしている。
レバンスも他人を無用な死地に追い込むような人間ではない。クイックたちの空気を素早く察知した。
「いや、2ヶ月くらい待とうではないか。めでたい祝いだ。その間にじっくりと準備できる」
「いや、レバンス様、俺が行ってきますよ」
快活な声にレバンスが視線を向けると、声の主は修一郎だった。
「ほ、本気アルか!?」
正気を疑うように李華麗は詰め寄ってくると、修一郎は苦笑いしながら軽く手を振った。
「羽根を三枚貰ってくるだけだろう?こういう仕事は俺に向いてそうだ。お主らはレバンス様やサンフレッタ殿を無事アッセムカ城まで護ってくれ」
「……」
李華麗だけでなく、他の冒険者たちも目を見張っているが、修一郎には余裕がある。
なんといっても、フェニックスとは顔馴染みである。約束があるから打ち明けることはできないが、他の冒険者に頼むよりはずっと話が早いだろう。不死鳥ラムトドゥクの件では、自らを「所詮は鳥頭」などと自嘲していたが、知性豊かな不死鳥フェニックスが、そう簡単に忘れるとは考えにくい。
「ま、俺に任せろ」




