アゲハ族の長レナム
クイック・サーブが不意に立ち止まって、「あれだ」と前方を指差した。示した先は森が拓けて、平地になっており、更にその先には大きな岩が不揃いの歯のように連なっている。外見では岩山のようにも見えるが、岩の並びには計画性規則性があり、自然のものではなく人工物だと感じさせた。岩と岩との間に、人が通過できるほどの道がある。
「あの道が、アゲハ族の村に通じる入口だと、我々は見当している」
「見たところ岩ばかりだが、ゴーレムはどこにいるんだ?」
「あの道の両脇の岩だ」
「なんだ、ただの長方形の岩じゃないの」
「しかし、ある一定の距離に近づくと、人型の巨人になるのだ」
タイミング良くラムネが口を挟んだので、ラムネの疑問にクイックが答える格好となった。あまりにタイミングが良かったので内心、可笑しく思えたのだが、笑っている場合ではないので、修一郎は小さく咳払いをして気を取り直した。
「……で、その距離は」
「約300、といったところかな。それ以上離れると奴らはまた岩に戻る」
「300か。それなら……」
「そうだ。そのためにギルドを通じて、貴様らのような冒険者を集めたのだ」
修一郎が思いついたことを口に仕掛けた時、レバンスの透る声が遮った。振り向くと、ニヤリと口の端を歪めるレバンスと視線がぶつかった。
「ナツメの案はわかるぞ。ゴーレムの稼働範囲外から魔法でケリをつけろ、ということだろう」
「そうです」
「前回は初めてで、不意の出現に死傷者もだして作戦を練る暇もなかった。だが今回、ナツメを含めて新規の3人は魔法にも長けている者を、ギルドに依頼して選んでもらったのだ」
「俺も、ですか?」
カムカはちょうど良いタイミングで修一郎が来たように言っていたが、実際は既に修一郎へ白羽の矢をたてていたらしい。
「ギルドの魔法適性では、好成績だったそうだな」
「はあ……」
レバンスに言われてから、ふと思い出したものがある。
ゴブリン退治に向かったヤマノ鉱山後、サクヤから魔力を入れた魔石の提出を求められている。その後、修一郎はそのまま忘れてしまっていたが、たしか魔力測定とサクヤは説明していた気がする。
修一郎は自身が魔法の使い手などと自覚はなかったので、思いもしない評価に気恥ずかしいものがあったが、言われてみれば他の新規である2人の男たちはかなりの高位魔導士である。
彼らは修一郎と同じように、普段はそれぞれ単独で活動している冒険者だった。
といっても、偏屈な変わり者でもなく、一般的な常識も持っているし社交性や協調性もある。誰かと組んでいてもおかしくないように思えたが、話し方からはそういった事情に触れられたくないような気配があった。後ろ暗い事情があって、冒険者をしているのは自分だけではないらしいと修一郎は察した。
「ナツメにお前たち、それと……」
森を抜け、平地に出てゴーレムが稼働する地点付近までくると、クイックはナツメら3人の他に、李華麗や魔法攻撃を得意とするチームのメンバー3人を近くに呼んだ。
「いいか、一体ずつ一点集中して攻撃を行う。まずは右手の岩。同時に全力でだ」
「……」
「着弾すれば、凄まじい衝撃波が生じるはずだ。我々で防護魔法をつくるが、気を弛めるな」
「……わかったアルね」
緊張した面持ちで李華麗が代表して応えると、修一郎ら6名は横一列に並び、一斉に呪文の詠唱をはじめた。それぞれの足下に魔法陣が生じると、膨れ上がる魔力がプラズマを四方にはしらせ、激光とともに嵐を巻き起こしていく。
「放て!」
嵐の中、クイックの叫ぶ声が届いた刹那、修一郎たちの手の内から炎の波が稲妻が、或いは氷の塊が一斉に解き放たれた。それぞれの最大魔法の衝撃波が激震を起こし、轟音とともに大地をえぐりながら、巨大な岩へと向かって猛進していった。そして膨大なエネルギー波が岩に激突した瞬間、目も眩むほどの激光が一瞬、周りのすべてを光の中へと隠した。
「うわああああっっっ!!!」
激突と同時に残った仲間が防御魔法を張ってくれたのだが、それでも凄まじい圧力が修一郎たちに襲いかかっていく。
猛然と襲ってくる爆風に耐える中、轟音に紛れて誰かの叫び声が修一郎の耳に届いた。誰の声かは判然としなかった。クイックかレバンスかもしれず、もしかしたら、自分が思わず発した声かもしれなかった。
どれくらい時間が経ったのか。
嵐が治まり轟音が消えて、静寂の中で修一郎がおそるおそる目を開くと、視界には濃い土煙がもうもうと立ち込めていた。乾いた臭いがツンと鼻腔を刺激してくる。
「やったか……?」
クイックが目を凝らして噴煙の奥を睨みつけていると、風とともに煙が割れていった。
完全に煙が散ってしまうと、抉れた焦土の先にはわずかな欠片を残した状態で、粉砕された岩が煙の下から現れた。
「すっごーい!あんな大きな岩がなくなっちゃった!」
ラムネは拳を握りしめてはしゃいでいたが、すぐに周りの静けさに気がついて口を閉じてしまった。修一郎たちからすれば、相手はゴーレムとはいえ、今は動かないただの岩である。
ギルド推薦者たちが集まった強力な魔法なら破壊できて当たり前で、作業が無事に完了したという安堵感はあっても、喜ぶほどではない。もしこの同時攻撃で破壊できなかったら、修一郎たちはそちらの方で驚いていただろう。
「よし」
クイックは全員の無事を確認すると、レバンスと視線を合わせ、大きく頷いてみせた。
「よし、次だ。左手の……」
“お待ちください!”
クイックが指示を遮るように、岩山の奥から女の声が凛と響いた。涼やかで威厳に満ちた声をしていた。
「ゴーレムは我らの村を護る者。一体をつくるにはかなりの魔力と時間を要し、これ以上、破壊されては困ります」
煙がまだ宙に滞留していて、完全に晴れていなかったからだろう。いつの間にか、入り口に一人の女が立っている。金の首飾りに星のような瞬きをみせる白のドレスを身にまとう姿には、一種の威厳が感じられた。その女の背後には、ひとかたまりに集まる多くの人影が浮かんでいた。
クイックが即座に剣を構えると、クイックを制するようにレバンスが一歩前に進み出た。
「あなたたちはこの森に住むという、アゲハ族と呼ばれる者たちか」
レバンスの声に対し、女が「そうです」と声を張って答えた。その声には怒気が籠っている。
「外界の者たちにはそう呼ばれているようですが、この突然の襲撃。あなた方は何者ですか」
「手荒な真似をして申し訳ない。私はレバンスという者。南東にある城の城主である」
「……」
「私は先日、アゲハ族の若い娘が魔物に襲われているところを助けた者だ。恥ずかしながら申し上げるが、一目見て私は彼女に惹かれてしまった」
「……」
「ここまで来たのは彼女に会わんがため。ゴーレムは乗り越えなければならない相手だった。しかし、このようなことで不安にさせたことを、お許し願いたい」
「あなたですか……」
女が声を落としたのに、修一郎たちのところまで届いたのは、ちょうど村の奥から流れてきた風が運んできたのかもしれない。
「ご存じなら、あの娘に会わせていただきたい。せめて一目だけでも良いのです」
しばし沈黙の間があった。女の背後に集まる群衆は、固唾を飲んだままじっと女に視線を送って見守っている。
「……良いでしょう。ここにはおりませんが、サンフレッタも会いたがっていましたから」
「サンフレッタ?」
「申し遅れました。私の名はレナム」
レナムと名乗る女が静かな足取りで、近づいてきた。ふわりと鮮やかな桃色の羽根を広げ、声も怒気が消えている。羽根を広げるのは、一種の友好の証しかもしれないと修一郎は推測した。
ようこそと穏やかな微笑を浮かべて、レナムは華奢な両腕をひろげた。
「私はあなた方が呼ぶアゲハ族の長。そして“サンフレッタ”は私の娘です」




