第一話 ベルフォード商会の娘
王都の大通りに面したその建物には、朝早くから人の出入りが絶えない。
馬車が次々と横付けされ、荷を積んだ商人たちが慌ただしく行き交っている。
王都だけではなく、各地から集められた様々な商品を取り扱う、ベルフォード商会は、王都でも有数の商会である。
「お父様、こちらの数字ですけれど」
帳簿をのぞき込みながら、わたしが首を傾げると淡い栗色の髪が肩からサラリと落ちる。
「なんだ?エレノア」
「この商品の仕入れ値、先月より高くなっています」
「ほう。よく気づいたな」
向かいに座るお父様は、ベルフォード商会の代表を務めている。
わたしの帳簿を指す手元を見つめ、笑った。
わたしは今、お父様の商会でちょっとしたお勉強中である。
十歳になったプレゼントは何がよいか聞かれ、お父様のお仕事に一日ついて行かせてほしいとお願いしたのだ。
お父様にわたしがみても良い資料をお借りして、課題を与えられているところだ。
「仕入れ先が変わったかと思いますけれど、販売価格を変えていないのですよね。このままでは利益が減ってしまいます」
「さて、どうする?」
「仕入先とお話しいたします。向こうにも事情があるかもしれませんから……いきなり値下げ交渉はいたしません。お話をして、もし、仕入れ値を下げられないのならば、別の商品を一緒に仕入れることで全体の利益を調整できないか相談するのはどうでしょう?」
「うん、いい考えだ。商売は数字だけ見ていてもできない。相手の事情まで考えるのは、お前のいいところだよ」
「お父様が教えてくださったのでしょう?」
お父様に褒められてちょっと照れくさい。
ふふっと笑みがこぼれる。そんなわたしをお父様も温かく見ていた。
「そうだったな」
ベルフォード商会は父が一代で築き上げた商会だ。
何もないところから少しずつ、信用を積み上げ、今では名の知れた商会となった。
そんな豪商の一人娘として育ったわたしには、幼い頃から商売が身近にあった。
わたしは華やかな舞踏会よりも帳簿が気になるし、宝石を手に入れるよりも商品の仕入れ値が気になる娘である。
もちろん、令嬢としての礼儀作法・ダンス・音楽の心得もあるけれど、一番得意なのは数字。
そして、いろいろな人からお話を聞くのもとても好きだ。わたしの知らない世界が想像できるから。
書類を片付けていたお父様がわたしに尋ねた。
「エレノア、お前は商売が好きか?」
「ええ!とっても。いつかわたしもベルフォード商会のお役に立てるようになりたいです」
「そうか。期待しているよ」
穏やかに微笑んだお父様はわたしの頭をやさしく撫でた。
その日の夕方、わたしがお父様からの追加課題をこなしていると、一人の商人と少年が商会に入ってきた。
男の子も、お父様のお仕事の見学をお願いしたのかしら。
もし、そうならあまり見ては緊張させてしまうわ。
そう思って、手元の帳簿に目を戻した。
***
「……随分となつかしい夢を見たわ」
自室で目を覚ましたわたしは十八歳。八年前の夢をみていたようだ。
あの頃のわたしは知らなかったけれど、この国では、女性が事業を継ぐことはとても珍しい。
(あの時のお父様は、わたしの言葉をどう思っていたのかしら)
「ああ、いけない。今日はお父様から大切なお話があるとのことだったわ。はやく準備しましょう」
わたしは寝台から起き上がり、チリンとベルを鳴らし、侍女へ支度の合図をした




