戴冠式の夜に
ウォーラム王の頭上に新たな金細工の冠を被せ、前の女王となったエリヴァルイウスは、戴冠式を順調に済ませる我が子の姿を隅から見つめる。
初めて会うベリウスの忘れ形見、アリサ姫は思っていた以上に気丈な姫君のようだった。赤い、深い色をした瞳が吸い込まれるようで、何かを全て悟ったかのような顔をして初めての謁見を済ませた。
せっかくなので思い切り激しい口付けの祝福を与えてあげたら、どうやらキスも初めてだったようで顔を真っ赤にしていた。
その辺りは年相応に恥ずかしむようで、照れた所が姉上に一番よく似ていた。
連れ添ったアキニムの話によれば剣の才能が有るらしく、既に兵士との実戦まで経験済みと、王妃以前に将来の将軍職でさえ辿り着きそうだ。
ルノとは、会ってすぐに喧嘩友達のような関係になったらしい。
アリサ姫の方が気が強そうだから、言い負かされて将来は一人での即位とならない事を元老院の圧力に期待したい。
ニオブがフィンネルと結ばれて子を産んだのは聞いていたが、いつの間にかフレドリクスは侍従のタリアと婚約したらしく、摂政陣営が有能過ぎて叔父上の出番があるのかさえ不安になってきた。
ウィードは結局独り身のまま爵位を継ぎ、宮廷鍛冶師として鍛えているらしい。まだリリスに未練があるらしいから、新しい御子が生まれてくれる事を秘かに祈ろうかと思う。
「--女王陛下が、こんなに隅で戴冠式を拝見してていいの?」
「もう、イウス女王じゃないよ。ルノに譲ったから、これからは彼がこの国のウォーラム王だ」
古びた薄紫色の帽子箱を手に、懐かしい顔が姿を見せる。
手紙のやり取りだけで姿を見せないので、てっきりアキニムと結ばれたかと思っていたが、子宝には恵まれず元の義兄妹関係に戻ったらしい。
「……久しぶりだね、リリスティン」
「そうよ、随分薄情な女王陛下だこと。何度、こちらに訪問するように伝えても、アレもダメだこれも無理だと断るばかりで、結局私がこちらにアリサ姫をお連れする事になったじゃない」
温暖な気候の辺境伯領で肌の調子も良くなったらしく、前よりも若々しい顔をしていた。念願の姉姫の娘の乳母となったわけだが、このままだとウィードやアキニム以外の男たちが決して独り身にはしないだろう。
もっとも、アリサ姫に必要なのは乳母ではなく剣の稽古相手のようだから、乳母職を続けられるのもあと僅かな気もする。
「これを私に持ってこさせたという事は、エリヴァルは姉姫の元に旅立たれるの……?」
「うん、その中の髪を姉上の時と同じように棺に入れて、ボクの代わりに埋葬して欲しいんだ。ルノや叔父上たちも、何とか分かってくれたよ。
姉上が贈って下さった蜜色の箱には、ボクたち二人にしか読めない言葉でメッセージが書かれていたんだ。お互いに作った文字を散りばめた言葉に従い、二人しか知らない場所で再会するんだ……。
別に、ボクは死にに行くわけじゃないよ。ただ、ルノが大人になって退位しても、この国が別の誰かが治めるようになっても、もう、オーファルゴートには戻ってこないだけさ」
リリスの涙を拭い、数年越しとなった再会の口づけを交わす。
滑稽な話に聞こえるかもしれない、おとぎ話のように感じられるかもしれない。でも、私とベリウスは永遠のような遠い場所で巡り合って、いつかはお互いに笑い合ったり、昔話をしたり、髪を撫で合ったり、肌を感じ合ったり出来るようになるのだから、悲しい事は何もない……。
「弱り切った姉姫とは、最後の言葉も交わせなかったけれど……。私もあの方が、ずっと生きておられると思っていたの。もちろん、エリヴァルが姿を隠しても、私はずっと、ずっと生きていると信じ続ける」
「先の事なんて、誰にもわからないからね。リリスやルノ、アリサ姫にだってもう一度会える時間が訪れるかもしれない……。ただ、願うなら一つだけ。
リリスは、この先も別の誰かのお世話したりされたりする日々が待っているかもしれないけど、ボクの。エリヴァルイウスの侍女は、君だけだと思って、いいかな?」
「……当り前じゃない。私は、わたしはずっと、エリヴァルの帰りを待ち続けているから。お祖母ちゃんになっても、その体と魂が母なる始祖神の元に還り、別の人生を送る事になったとしても、リリスティンは貴方だけの侍女として永遠に供に付き添うわ」
「ありがとう。最後に会えて、……嬉しかった。ボクには姉上が居たけれど、リリスはもう一人の姉さまみたいに思っていたよ。本当はね……、ちょっとだけ、まだ怖いんだ。何年、何百年待ち続けたとしても、ベリウスはエリヴァルの所に戻ってはこないかもしれないって、不安なんだ。だけど、ボクは退屈を嫌うクイーンだから。待ち切れなくなったら、自分から追いかけてやる気持ちで、少しだけ目を閉じて待ってみる事にするよ」
それから何度か談笑をして、叔父上に別れのキスをして、城の者たちに丁寧なお辞儀をして、厩舎場で休んでいた愛馬のたてがみを撫でてから北の地を向かう。
訪れるだけなら、そう遠くもない。
周りを氷河と深い山々に覆われた、堅牢な大地の国。
馬で登れる範囲まで進めてから、彼が自力で戻れる場所でメイレーンと別れた。
賢い馬だから、補給地の場所まで辿り着いてくれるはずだ。ランプに火を灯し、浅黄色のコートを羽織って谷の奥へと歩みを進めていく。
エリヴァルイウスと、ベリウスニシウムの二人の姉妹だけが知っている、遠乗りの先で見つけた深い闇の底。
この先は、大地が生んだ氷の結晶へと通じていて、一度降りたものは誰も戻ってはこないとされている。寒さに足が竦んだ。額には汗が流れ、指先が震えて力が出ない。
--会えなかったよとでも笑って、城に戻ってしまいたい。
やっぱり約束なんて嘘だよと怒って、待つのを止めにしてしまいたい。
でも、エリヴァルイウスはベリウスを愛していると気が付いてしまったから、彼女の全てが欲しいと誓ってしまったから、どんな形でもいい、彼女の姿が微かに感じられるだけでもいい。
あの人に、ベリウスに会いたいから、私は闇の底で深い眠りにつく。
コートと靴を脱ぎ捨て、谷底から吹く風を身に受ける。
叔父上のくれた銀の王冠を頭上に飾り、髪を整えて紅を引き、氷のベットで眠るための支度を整える。
ここから先は闇の中、落ちていった後に待ち受けるものは冷たい死か、永遠に続く眠りの日々。
息を大きく吸い込み、もう一度だけ城の有った方角を見て心を定め、それからドレスの裾を掴んでお辞儀をし、エリヴァルイウスは谷の深い更に底へと落ちていった。
完
ご愛読ありがとうございました。エピローグは、アルファポリス限定で掲載しております。
冊子版制作時には、Rシーンを大幅に加筆予定です。
□アルファポリス版
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