消えていった影踏み(2)
臨月も近づいた頃に、第一王女ベリウスが姿を隠したとの伝達が届いた。
ずっと伏せっていて、歩けるはずもなければ、護衛や侍女が常に待機しているというのに、忽然と姿を消して居なくなってしまったらしい。
予定通りの分かっていた話ではあるが、こうして聞いてみると猫のような終わりを告げる姫君だ。
エリヴァルはニオブに大切にしまっていた蜜色の帽子箱を手渡し、これを棺に入れて国葬を執り行うように命じた。
彼女はもう、この国には戻らない。いつかお会いするその日まで、始祖神の身元に姿をお隠しになったのだから、どこを探した所で姉の影は見当たらない。
姉姫を愛した国民や城内の者達は、髪の束だけを納めた棺を悲しそうに見つめる。
もうすぐこの子が産まれたら、姉の話題も薄れて行くだろう。アリサ姫がここに来られる年齢になるまでは、もう少し時間がかかる。
7年後にルノの戴冠式を行い、二人を婚約させてこの城に住まわせ、それから退位したエリヴァルは姉との待ち合わせの場所に向かうのだ。
国葬の手続きを終わらせ、王の居室に戻って従僕の二人に医師の準備と産婦の用意をさせる。
少し早い出産になってしまいそうだが、もう充分にルノは育った。
初夏に産まれるのは、金色の髪をした男の子。
次代を引き継ぎ、イウス女王の後の治世を見守る最後の王。
「ーーそんなに心配しなくても、もうすぐルノルバに会えるだけだよ」
不安そうに腕を掴んでくる二人の頭を撫で、彼女達だけに7年先の話と、いつか再会する事になる姉上の話をする。
いつかの先がどのくらい遠いのかは、まだわからない。ただ、先の希望だけを持てるのだから、待ち続けるのも怖くはなかった。
手配した医師と助産婦。清潔な衣類を身に纏ったニオブが立ち合いにやって来た。
テーブルにはリリスからの手紙と不器用に縫われた産着。部屋の外では、オーカスやウィード、フレドリクス達が見守ってくれている。
子宮口が開いてきて、息が上がってきた。ニーナとレインも清潔な衣類に着替え、医師も驚くくらいの適切な看護をしていく。
汗が拭かれ、髪を撫でられ、水を飲まされた。
助産婦が時間を計り、ニオブが背中と腰をマッサージして痛みを和らげる。
ニーナとレインはエリヴァルの手を掴み、息みを上げるための準備をして呼吸を整えさせてくれる。
何度か喘いでシーツをかき乱し、痛みを堪えながら足を蹴った。膣周りを助産婦が清め、二人の身体を支えに身を浮かして捩った。
流れてきた汗と涙が拭かれ、二人が頬に口付けて安心させてくれる。
乳房が腫れるほど痛んできた、胸も熱くて呼吸は常に荒い。背中を戻して体制を変え、少し休んでから白湯を口にして、それから勢いよく力んだ。
少しずつ、ルノの姿が見え隠れし出す。
王となる子供だ、どれだけ痛みが激しくてもきっと耐えて産まれてきてくれる。
足をバタつかせ、腕を振り上げ、何度となく弱音を漏らしながらも呼吸を整え、長い時間をかけてリズムを刻んでいく。
お腹の緊張がようやく解け、安堵のため息が漏れた。もう一度身体を浮かせて力を込め、痛みの感覚が短くなった頃には、何かがストンと落ちたように抜けていった。
産声が耳に響き渡り、予定より少しだけ小さな王子が姿を見せた。
臍の緒を切られ、身体を湯で洗われると金色の髪をした男の子が目の前にやって来た。
そっと撫でて乳を吸わせ、訪れた男たちに微笑んだ。
7年間の統治の後、イウス女王は我が子に王位を譲る。ニーナとレインの従僕を従え、アリサ姫を妻として王宮を支える要となるウォーラム王。
その後の未来を、エリヴァルイウスが知る事はない。王を退いた後には、約束の場所でベリウスが戻ってくるのを待ち続けなくてはならない。
そう、それは永遠に。ベリウスの終末の時が訪れるまで。




