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孤独な姫君たちの蜜の駆け引き  作者: 和泉葉也
第三章 婚約レースの開幕

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待ち受ける夜の訪れ(2)

『ーーーランベルの病には、とても高価な薬が必要だ。エリヴァルイウス、お前はその代金を稼ぐためにヘリティギアから贈られてきた。王妃殿下も、国王も貧乏人の娘にはお会いにならない……どうすればいいか、わかるね?』


「……ごめん、なさい」


『レディとしての教育も受けていない、満足なマナーも学べない。これでは、人前になんて出せっこないに決まっている』


「………ごめん、なさい」



 何も出来ない"わたし"なんて、必要が無かった。

 誰もが求められる、ボクならば。きっと人から愛される王女になれるはずだった……。



「…最初から二人で湯に浸かって居たら、話が早かったかもしれないな」

「叔父上、その……」


 夜着姿のままバスタブに放り込まれた姪の髪を撫で、オーカスは謝罪の言葉を出そうとするエリヴァルを止めた。

 不安を抑える薬とは言え、何十錠も口にしては毒にしかならない。幸い効果が薄い物だったから済んだが、発見が遅れたらどうなっていたか分からなかった。


「でも、ボクはあの部屋に、普通に入れたんだ…。普通に案内をして、フレドリクスとの会話を楽しめた。だから、いつかはボクでは無くなって"わたし"だった頃のエリヴァルイウスも、戻って来るかもしれない…」

「お前の口調が変わったのは……。いや、そうだな。部屋の中に閉じこもっているエリヴァルも、いつかは救い出せるさ」


「そうだね…。今は、置かれた状況を楽しむ事にするよ。侍女たちに、レースの開幕だなんて言われていても、明日の公務が無くなる訳でもないし、何だかピンと来ないけどね。ただ…」

「どうした、何か欲しい物でも有ったのか?」


 すっかり濡れた夜着を外しながら、いつになく照れたエリヴァルは言葉を続ける。


「……ある意味では、今日は婚礼の初夜みたいなものなんだなって思ってね。お互いに身体を洗い流してから、花飾りに囲われたベットで眠りにつく。それが、伝統なんだっけ?」


「城下の風習か…。夫婦となった二人はお互いの身体を清め、花嫁は妖精に扮した村娘に招かれて花飾りのベットで夫となる男性を待ち侘びる」

「次の日の朝。目が覚めた時には花飾りが消えていて、妖精が残していった焼き菓子を二人で切り分ける…。そんな感じだったかな」


「何だ、憧れていたのなら、すぐにでも花飾りのベッドを用意させるが…。昼に行われた両国の歓迎式典で撒かれた花や飾りは、この部屋に入りきらない程の種類が揃っている」


 エリヴァルの返答も待たずに、オーカスはベルを鳴らして小間使いを呼びつけ、指示と手配を終えてしまった。

 恥ずかしそうに湯の中に顔を埋めるが、すぐに洗い係の娘たちがやって来て、驚く暇もなく肌に特別な色をした膏薬が塗られていく。


「ーーーそんな、叔父上。ちょっと急過ぎるよ…」

 当の本人は既にバスルームを後にしていた。夫役の衣装にでも、着替えているのだろうか。絵物語で見た光景を、再現しようとでも言うのか。


「わかった…。このまま余興に付き合うから、どこに出しても恥ずかしくないように、磨き上げてくれるかな……」

「はい、もちろんです王女殿下」


 洗い係の娘は嬉しそうに返事をして、首筋から胸元へと丹念に刷り込んでいく。そして花の蜜のような香水が持ち込まれ、エリヴァルの頸に耳の後ろ、背中へと振りかけられた。

 髪はすぐに乾かされ、管状に伸びた金色の飾りが取り付けられていく。


 足首に付けられた赤い枷は夫婦の絆を意味し、塗られていく爪の色は豊穣を讃えた薄紅色と大地の紋様が記される。

 夫が脱がせやすい軽く結えたローブドレスが身体を覆い隠し、唇には憂いを帯びた朱色が引かれていく。


 胸元を誘うように掛けられた首飾りが揺れ、シャンと心地よい音が響いた。手指を動かしてみると、何だか自分の物ではないような不思議な気分になって来る。

 今度は洗い係の娘たちにキャンディを手渡され、妖精に扮した侍女に手を引かれた。

 籠の中にキャンディを入れる事で花飾りのベッドまで運んでくれる決まりらしく、少し手間取りつつも何とか収めると、いつもより短くなったスカートの裾を掴んでお辞儀をしてきた。


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