第34話 封印の魔法陣
「こ、こんなはずでは!」
大沼京平は社内にあるマネージャルームでひとり頭を抱えていた。
ここ一週間で京平の立場は一転した。
それまでは次期役員候補のような扱いを受けていたのに、今では厄介者扱いだ。
全て、関東エリアでの出来事が発端だ。
京平が関東エリアを金竜会の支配下に置こうとしたが、一週間ほど前から現地の探索者たちから激しい反抗にあっていた。
京平たちが押さえていたダンジョンはどうやったのかはわからないが、どんどん攻略されている。
低ランク探索者へのDランク武器販売についても、何処かから大量にDランクの武器が販売されたらしく、誰も買いにこなくなってしまった。
おそらく、最後に残っていた生産職探索者のミヤビがやったのだろう。
さらに、生産職は金竜会所属となったことで今までのお得意さんが離れていってしまったらしく、契約の破棄と損害の請求がきているらしい。
損失の総額は軽く億を超えてしまうだろう。
間違いなく赤字だ。
――コンコン
「? 誰だ?」
「会長秘書の美島です」
「び、美島さん! 今開けます」
扉を開けると、そこには会長の秘書をしている美島さんが立っていた。
相変わらずすごい威圧感だ。
この人は現会長である辰宮誠一郎の秘書兼護衛役で、確か、Bランクダンジョンにも潜れる探索者だったはずだ。
権力的にも戦力的にも京平では手も足も出ない。
「会長がお呼びです」
「か、会長が!」
京平は顔から血の気が引いていくのがわかった。
会長なんて雲の上の人が京平に用事があるなんて今回の失敗の件以外あり得ない。
(まだいい対策も思いついていないのに!)
降格か、最悪クビだってありえる。
京平は腐っても上級探索者だ。
Dランクダンジョンならソロでもなんとかなるが、今以上に稼ぐことはできないだろう。
出世していくためには無理をしてCランクダンジョンに潜り、レベルを上げて起死回生を狙う以外の方法がなくなってしまう。
だが、Cランクダンジョンは魔境だ。
京平のパーティメンバーの一人がCランクダンジョンであっさり命を落としてしまったことで、京平の心は折れてしまった。
他のパーティメンバーだってそうだ。
中にはほとんど引きこもり状態になってしまったものだっている。
もう二度とあんなところには行きたくない。
なんとしても時間を貰ってその間に解決策を考えないと!
「ついてきてください」
「はい」
京平は美島の後ろをついていった。
***
「美島です。大沼京平を連れて参りました」
ビルの最上階はワンフロア丸々会長室となっていた。
エレベータを降りると、目の前には扉があり、美島はインターホンを鳴らすとすぐに反応が返ってきた。
「……入れ」
インターホンから声が聞こえてきた直後、観音開きの扉がゆっくりと開いていく。
まるでRPGに出てくる魔王の部屋の扉のようだ。
「失礼致します」
「し、失礼します」
扉が開き切ると、美島は一礼をして部屋に入っていく。
京平も美島に倣うようにして一礼して部屋へと入る。
ワンフロアぶち抜きとなっているその部屋には何もなかった。
柱も、家具も、調度品も何一つなく、だだっ広い部屋が京平の前に広がっていた。
「よくきたな。大沼京平くん。とりあえず座りたまえ」
いや、何もなくはなかった。
一番奥にはデスクが一つあった。
そこには金竜会の現会長、辰宮誠一郎が座っていた。
わずか40歳で金竜会のトップに立った才人だ。
京平では足元にも及ばない。
そして、そこに向かい合うように一脚の椅子が置かれている。
誠一郎は京平にその椅子に座るように言っているようだ。
「はい」
京平に拒否権はない。
京平は誠一郎の言う通りに椅子へと腰を下ろす。
美島は入り口の脇に無言で立っている。
それはおそらく、京平の逃亡を止めるためだろう。
「さぁ。大沼くん。言い訳を聞こうか」
「!!」
京平の背中に嫌な汗が流れる。
ここで発言を間違えれば、京平には重い処分が下される。
「……ぁ」
だが、いざ口を開いてみても、適切な言葉が出てこない。
緊張すると声が出なくなると聞いたことがあるがどうやら本当だったみたいだ。
「ダンマリかい? それとも声が出ないのかな? まあいいよ。いまさら君が何を言ったところで結果は変わらないだろうけどね。僕は現在の状況を君以上に熟知しているから」
「!!」
それはそうだ。
誠一郎には京平よりずっと優秀な耳がある。
京平がやっていたことも、やろうとしていたことも、相手の動きだって全部知っているのだろう。
「失敗したね。僕的にはやり方は悪くなかったと思うんだけどね。五十年前に土牛会がやったことと同じだろ?」
「……はい」
京平は絞り出すようにそう口にだす。
京平がやったことは完全なる京平のオリジナルではなかった。
実は、五十年前に土牛会が同じようなことをやって東北地方を支配下に置いていた。
土牛会は東北地方で回復系の探索者を全員土牛会の支配下に置くことで東北地方を完全に影響下に置いたのだ。
当時はかなり荒れたらしいが、結局回復職を手にした土牛会が東北地方を支配下に置くことになった。
現在もその支配は続いているのだから、大成功だったのだろう。
「でも、時代が良くなかったね」
「……はい」
だが、五十年前と違い、今はスマホやインターネットがある。
京平たちのような組織でなくても連絡が容易ということだ。
東北地方での反抗は散発的なものにすぎなかったが、京平たちは組織的な反抗に遭ってしまった。
「そして、当時の土牛会のリーダーほど君は優秀じゃなかった」
「!!」
「猛氏ならこの状況になっても何かしらの突破口を見つけていただろう」
「……はい」
当時の東北エリアの土牛会のリーダーだった牛窪猛は現在、土牛会の会長をしている。
土牛会の創業家の人間ではなかったのに婿養子に入って会長にまで上り詰めたのだ。
京平の目標でもあった。
そんな人と比べられれば、自分が劣っていると認めざるを得ない。
「うんうん。素直なのはいいことだ。言い訳もないようだし、君への処分を言い渡すよ。大沼京平は今回の責任を取り、東京からエリア変更をしてもらう。海外支部になると思うが、行き先は未定だ。とりあえず、一旦アフリカの方に行ってもらうよ」
「!! ……はい」
行き先が未定ということは肩書きはエリアマネージャなのに、エリアを与えられないということだ。
肩書きが変わらないから、給料は減らないだろうが、権限は全くなくなるといっていい。
「それから、君の覚醒者としての力は封じさせてもらうよ」
「な!」
京平の座っていた椅子を中心に魔法陣が浮かび上がる。
そこにきて、京平は自分の体が全く動かないことに気づいた。
「何か事件を起こされたら厄介だからね。金竜会はこれ以上厄介ごとを起こされたら困るんだよ。覚醒者の力を使わなければ大したことはできないだろうし」
「!!」
声すら出なくなっている。
だが、これはなんとしても逃れないと。
Cランクダンジョンに潜ることすらできなくなってしまえば、京平には復帰の目が完全になくなってしまう。
だが、京平は何もすることができなかった。




