16 交友会
独特の匂いを感じて目を開ければ、思った通り私は保健室のベッドの上に寝ていた。しかし、いつもと違うのは兄の顔が間近にないことだ。
不思議に思って周囲を見渡すと、そこには予想もつかない人物が座っていた。
「テッセラ?」
「はい、ミデン様。起きますか?」
「うん。」
私は返事をして起き上がる。それをテッセラが背中に手を回して補助してくれた。別に病人ではないので、その必要はなかったがお礼を言う。
「お兄様は?」
「学園長に呼び出されました。なので、我がミデン様を教室まで送ります。」
「え、そこまでしなくてもいいよ。お兄様にも教室まで送ってもらうのは断っているし。」
「エクス様はエクス様・・・我は教室まで送ります。」
「・・・そんなに言うなら、よろしく。」
兄の場合は恥ずかしかったが、テッセラなら送ってもらったとしてもそう騒がれることはないだろうと思い、了承する。
体には異常がなく、いつもの魔法を使って眠っていただけの保健室を後にして、テッセラと2人静かな廊下を歩く。このあたりは人通りが少なく、めったに人とすれ違わないのだ。
「最近、こうして話すことも少なくなりましたね。」
「そうね。」
「本来ならこれが普通なのでしょうが、我は少しだけ寂しく感じます・・・」
心情を吐露するなど珍しく、まじまじとテッセラを見てしまった。そんな私の視線を受けて、テッセラは苦笑いを浮かべる。
「どうやら我は、少々・・・いえ、かなりミデン様に甘えていたようです。影失格ですね。」
「テッセラに甘えられた覚えはないけど、何度もテッセラには助けられたわ。ありがとう。テッセラはいつも一人の時、隣に来てくれたね。」
「・・・これからはそうもいきません。この学園を出れば、我は影で、ミデン様は護衛対象です。姿を見せるのは、あと何回でしょうね。」
「寂しくなるわ。」
あと数回。それが私とテッセラが顔を合わせる回数だ。
「わかっていたことです。我は、小さな頃の思い出を胸に、影ながらミデン様をお守りいたします。ですがミデン様・・・エン様はあなたの目の前にあり続けるお人です。」
「そうね。」
「ですから、どうか・・・我と同じ寂しい思いをさせないように、お願いいたします。」
「善処するわ。」
寂しい思いを、私はテッセラにさせていたのだろう。おそらく、エン様にも。でもそれは仕方がないことだ。だって、彼らはあと1年も生きないのだし、私の重りにしかならない。なるべく接触を断つのは普通のことだ。
アリスモスの恋では、大イベント呼ばれるものが3つある。最初に行われる「交友会」は、新しい環境でできた友達とパーティーを楽しんだり、新たな出会いを求めると言った感じの会だ。現実的なことを言えば、このパーティーを通して礼儀作法の実践を行ってもらいたいという目的もあるのだろう。
一部にはほとんどパーティーに出ていない者もいる。
私も、一週目と比べればパーティーに参加することが少なかった。馬車のトラウマのせいだ。
交友会では、自分のお転婆を気にして友達を作れなかったトゥリアが、エン様にハンカチを拾ったお礼として踊ってもらうイベントがある。エン様は気を利かせたのだろうが、そこである目立ちしてしまったトゥリアは、完全にミデンの標的となる。
ここで、選択肢が現れる。
周囲の居心地の悪い空気を感じ取ったトゥリアは、「バルコニーに出る」か「壁の花になる」かを選ぶ。そこで、「壁の花になる」を選んだ場合、ミデンに悪態をつかれ、そこをデュオが救うイベントが起きるのだが、私はそんなことをしている暇はないし、デュオはいないのでそんなイベントは起こりようがない。
しかし、「バルコニーに出る」イベントは、私とは全く関係ないので起こることは1週目でも確認している。
なので、私はアイモアを連れて「バルコニーに出る」。
「付き合わせてしまってごめんなさいね、アイモア。」
「いいえミデン様。私もちょうど外の空気を吸いたいと思っていましたから。」
バルコニーに出ると、私はそれ以上声をかけずに外の景色を眺めている風に装う。アイモアも同じように黙って、外を眺めている。
思惑通り。アイモアを連れてきたのは、彼女が余計なことを話さないからだ。黙っていなければ、このイベントに気づくことはできない。
静かにしているおかげで、ぼそぼそと話声が聞こえてきた。
「ミデン様、何か声が聞こえませんか?」
「そうね。それも物騒な単語が聞こえるわ。」
2人してその話声に耳を澄ませる。そして、その内容を聞き取った私たちは、目を見合わせた。
「どうしましょう、ペンプトン様を誘拐だなんて・・・冗談ですよね?」
「冗談だとしても、聞いたからには報告しないと・・・私はエン様の影に伝えて来るので、アイモアはエアンヌたちとエン様に伝えてください。」
「わかりました。」
私たちは会場内に戻って、それぞれ目的の人物の方へと向かう。エン様の影、テッセラはすぐに見つかった。
「テッセラ、少し話があるの。」
「これはミデン様・・・どうやら、ただお話しに来たというご様子ではないですね。どうぞこちらへ。」
少しだけ悲しそうな顔をして、テッセラは私を人気のない柱の陰に連れて行った。
そこで私はエン様誘拐を計画している話を聞いたと正直に話す。
悲しそうな表情は消えて、テッセラは無表情になった。
「理解しました。では、ミデン様はそのままパーティー会場に戻ってください。くれぐれも、一人になることがないように。」
「わかったわ・・・行くの?」
「はい。」
「そう・・・」
「大丈夫ですよ。いつもやっていることです。」
無表情を解いて、私を安心させるように笑うテッセラを見て、私の胸が少しだけ傷んだ。でも、こんな痛みは嘘だろう。
私は、まだいい人のふりがしたいらしい。
「・・・ミデン様、一つだけ約束してくださいますか?」
「約束って、何を?」
「最後の思い出に・・・薔薇を一緒に見ていただけませんか?」
「・・・そんな約束できないわ。最後なんて・・・」
ここで言葉を止める。すると、テッセラは勝手に私の言葉を解釈したのか、嬉しそうに笑って私のことを優しいと褒めた。
あぁ、誤解させてしまった。
薔薇を一緒に見るのが最後になる約束なんてできないと、私が言いたいのだと思ったのだろう。でもそれは違う。
もう、ここで最後なのだから、約束はできないと言ったのだ。
そんなことも知らず、テッセラはいつの間にか姿を消していた。最後に見たのは、嬉しくて仕方がないという笑顔だった。




