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朝が来て、僕は出歩くことを許された。今までずっとベッドの上に寝そべっていたせいで、立ち上がると少しふらついた。足は大分弱っていた。
「歩いて運動するといいわ」
看護士のお姉さんに言われ、でも言われるまでもなく病院内を歩き回ることにした。歩いていればシズクに会えるかもしれない。
病院内を歩きながら、シズクの名前を探した。
呆気なくシズクの名前は見付かった。隣の隣の隣ぐらいにその病室はあった。
『ウタズミシズク』
ネームプレートにはそう記されていた。
ウタズミ――どんな感じを当て嵌めるのだろうか?
見付けたとはいえ、それは『シズク』という名前を持つ人の部屋を見付けたというだけであって、あのシズクであるとは限らない。ひとまずその場を後にして、他の『シズク』を探すことにした。
シズクの名前も姿も見えないまま、僕は病院の中庭に迷い込んだ。正方形に区切られた緑のスペースの中心に巨大な樹が立っていた。
何かしらの感銘を受けたあと、僕は建物の中へ戻った。『ウタズミシズク』を訪ねることにした。
『ウタズミシズク』の部屋の近くまで来ると、その部屋のドアが丁度ゆっくり開きはじめた。少し離れた場所で立ち止まり、それを眺めた。ドアが半分開いたとき、中からシズクが顔を出した。僕の病室の方を眺めたあと、急いで部屋の中へ戻ってしまった。僕には気付かなかったようだ。
ドアに近付き、二回ノックした。返答はなかった。されど居留守であることは解っているので、入ることを告げてからドアを開いた。
シズクは窓から外へ出ようとしていた。僕がドアを開けたことで、シズクはその行動を一時中断した。
「何してるの?」
そう聞いたのはシズクの方だった。僕は少々当惑し、その問いに答えられなかった。暫く答えを待っていたシズクも、僕が無言でいると溜息を漏らして窓から離れた。一足に僕の傍まで来て腕を取った。僕は寝台の端に座らされた。シズクは寝台の上で女の子座りをして、僕の顔を覗き込んだ。なぜか安堵の笑みを浮かべていた。
「出歩いて良くなったんだ」
「うん」
短く答え、視線をシズクから逸らした。
「それで、嬉しくて散歩していたの?」
「それだけじゃない、かな……」
言い淀み頭を垂れた。
「だけじゃない? じゃあ、何?」
どうしたものか。さっきは答えなかったのだから、今回はちゃんと答えるべきなのに、上手く答える言葉を持ち合わせていなかった。
沈黙のあいだに寝台が若干揺れた。顔を上げてシズクの方を向くと、彼女は僕の真横にいた。驚きはしたが反応は見せなかった。
「あたしを探してた?」
「…………」
またしても沈黙してしまう。それを図星と捉え、シズクは笑いほころんだ。笑い声が消えると、シズクの両腕が首に捲きついてきた。これには心底驚き、驚嘆の目で彼女を見た。振り解こうとしたが、彼女は僕の右肩に頭を預けたため暴れることが出来なくなった。淡く甘い匂いが満ちていた。
「何してるの?」
「何って、いわゆる首っ玉に噛りつくっていうやつよ」
「…………」
暫くそのままでいた。シズクはそれをやめようとしないし、僕もだからどうした、と投げやりな気持ちになっていた。
急に肩が重くなった。怪訝に思ってシズクの顔を見た。二、三秒観察してから、僕は呆れ戸惑うこととなる。
シズクは目を閉じていた。耳を澄ますと、微かな呼吸が聞こえる。安息の呼吸だ。
――人にもたれながら寝てる。
呆れ戸惑いはしたけど、そんなシズクがほほえましかった。だが、このままでいるわけにもいかないため、どうするべきか一考した。結局、ゆっくり彼女を横たえることにした。毛布を掛けるべきかどうか迷ったが、わざわざシズクの下に敷かれているそれを取るのも面倒なのでやめておいた。
開け放たれたままの窓を閉めてから、静かに部屋を出た。




