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「…………」

「…………」

 沈黙が続いたが、不意にシズクがいつもの表情を見せた。

「やっと、笑った」

「笑っちゃった。笑わないって、決めてたのに」

「…………」

「…………」

 また沈黙してしまう。シズクは笑顔を払拭し、無表情になった。

「だって、たまにはいいじゃない」

 天井を見上げて囁いた。

「いつも笑ってばかりって、なんだか腹ただしいじゃない」

 ゆっくり彼女は寝台を下りた。

「それだけ?」

 僕の心配は杞憂だったのだろうか?

「それだけよ。心配してくれた? それじゃあ、もう俯いたりしないよ」

 左手で僕の髪に触れ、そっと渦をかくように撫でた。

「おいっ!」

 払い除けようとしたが、その手を掴まれた。僕は拳を握り、もう一度抵抗を試みた。だが、いつの間にか左手でも僕の手を握りしめ、微動だにさせなかった。

「シズク」

 彼女は僕が握った拳を解きはじめた。抵抗せずになすがままにした。掌が現れると、彼女はその手を両手でサンドした。

「大丈夫だから……惺は大丈夫だから。きっと、あたしが傍にいるから」

 手を放し、部屋を出て行った。その後ろ姿を呼び止めることは出来なかった。

 彼女が去ったあと、そこにいないシズクに向けて、僕は呟いた。

「なんだよ。どうしたんだよ、シズク……」

 やはりシズクは変だった。何かを伝えようとしていた。だけど、それを言おうとはしなかった。伝えたいことがあるけれど、その内容は曖昧で確かなものなんて何もないから伝えられない、というような雰囲気。

 ――シズクは何を伝えようとした? それとも、何も言おうとしなかった?

 考えてはみるが、まるで取り留めのないことばかり浮かぶ。埒があかない。

 些細な心残りとともに、眠ることにした。


 自分の過去を抱き留めたいと思った。そうすれば、シズクの伝えようとしたことが解る気がしたから。

「あなたは――」

 シズクの声――

「あなたは受けつけないだけなの。受け入れない。逃げたいだけ。解ってるくせに」

 シズクの声が段々掠れていく。おいっと声を出した瞬間、僕は目が覚めた。

「夢?」

 ――なんだったんだ? やけに現実味を帯びていた。

 失った記憶は、事故の後遺症として失ったわけではなく、拒絶から自分で捨てたのだろうか?

 ――僕の事故とシズクの怪我には、何か関係があるのだろうか?

 根拠もない考えが浮かんだ。

 ――まさか。そんな話は誰からも聞いてない。……いや、もしかしたら。

 仮にシズクが事故に巻き込まれたとする。

 どうやって?

 場所は高速道路。子供がそんなところに一人でいられるわけがない。ならば親と一緒にいたことになる。すくなくとも車には乗っていたはずだ。

『あたしは独りになってしまったから』

 事故に巻き込まれて、シズクの家族は死んでしまったのでは? そしてシズクだけが生き残った。僕みたいに。

 シズクは家族との最後のときを知らないと言った。それはどういうことなのだろうか? シズクの家族が亡くなったとき、シズクは傍にいなかったということか?

 最後のときを見ていないから、知らない。

 解らなくなる。

 なんでシズクは怪我を負っているんだ? しかも左半身だけ。それに、いつシズクは怪我を負ったんだ? シズクの家族が亡くなったのはいつなんだ?

 解らなくなる。シズクのことが。

 解らない。真実が。


 こん、ここん。

 朝食も終えてしばらくすると、誰かがドアをノックした。

「はい」

「惺、入るぞ」

 伯父が入ってきた。いつも通り体調と記憶のことを気に掛けてくれた。

「明日は退院だ。今日と同じぐらいに迎えに来るよ」

 伯父はそう言った。時刻を確認してみると九時を指していた。

 僕は礼を述べた。

 ――そうか。もう、退院なんだ……。

 伯父が去ったあと、寝台に横になって枕をわけもなく抱きしめた。それからぽかすか殴ってみた。

 辛いのをまぎらわしていた。

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