12
「…………」
「…………」
沈黙が続いたが、不意にシズクがいつもの表情を見せた。
「やっと、笑った」
「笑っちゃった。笑わないって、決めてたのに」
「…………」
「…………」
また沈黙してしまう。シズクは笑顔を払拭し、無表情になった。
「だって、たまにはいいじゃない」
天井を見上げて囁いた。
「いつも笑ってばかりって、なんだか腹ただしいじゃない」
ゆっくり彼女は寝台を下りた。
「それだけ?」
僕の心配は杞憂だったのだろうか?
「それだけよ。心配してくれた? それじゃあ、もう俯いたりしないよ」
左手で僕の髪に触れ、そっと渦をかくように撫でた。
「おいっ!」
払い除けようとしたが、その手を掴まれた。僕は拳を握り、もう一度抵抗を試みた。だが、いつの間にか左手でも僕の手を握りしめ、微動だにさせなかった。
「シズク」
彼女は僕が握った拳を解きはじめた。抵抗せずになすがままにした。掌が現れると、彼女はその手を両手でサンドした。
「大丈夫だから……惺は大丈夫だから。きっと、あたしが傍にいるから」
手を放し、部屋を出て行った。その後ろ姿を呼び止めることは出来なかった。
彼女が去ったあと、そこにいないシズクに向けて、僕は呟いた。
「なんだよ。どうしたんだよ、シズク……」
やはりシズクは変だった。何かを伝えようとしていた。だけど、それを言おうとはしなかった。伝えたいことがあるけれど、その内容は曖昧で確かなものなんて何もないから伝えられない、というような雰囲気。
――シズクは何を伝えようとした? それとも、何も言おうとしなかった?
考えてはみるが、まるで取り留めのないことばかり浮かぶ。埒があかない。
些細な心残りとともに、眠ることにした。
自分の過去を抱き留めたいと思った。そうすれば、シズクの伝えようとしたことが解る気がしたから。
「あなたは――」
シズクの声――
「あなたは受けつけないだけなの。受け入れない。逃げたいだけ。解ってるくせに」
シズクの声が段々掠れていく。おいっと声を出した瞬間、僕は目が覚めた。
「夢?」
――なんだったんだ? やけに現実味を帯びていた。
失った記憶は、事故の後遺症として失ったわけではなく、拒絶から自分で捨てたのだろうか?
――僕の事故とシズクの怪我には、何か関係があるのだろうか?
根拠もない考えが浮かんだ。
――まさか。そんな話は誰からも聞いてない。……いや、もしかしたら。
仮にシズクが事故に巻き込まれたとする。
どうやって?
場所は高速道路。子供がそんなところに一人でいられるわけがない。ならば親と一緒にいたことになる。すくなくとも車には乗っていたはずだ。
『あたしは独りになってしまったから』
事故に巻き込まれて、シズクの家族は死んでしまったのでは? そしてシズクだけが生き残った。僕みたいに。
シズクは家族との最後のときを知らないと言った。それはどういうことなのだろうか? シズクの家族が亡くなったとき、シズクは傍にいなかったということか?
最後のときを見ていないから、知らない。
解らなくなる。
なんでシズクは怪我を負っているんだ? しかも左半身だけ。それに、いつシズクは怪我を負ったんだ? シズクの家族が亡くなったのはいつなんだ?
解らなくなる。シズクのことが。
解らない。真実が。
こん、ここん。
朝食も終えてしばらくすると、誰かがドアをノックした。
「はい」
「惺、入るぞ」
伯父が入ってきた。いつも通り体調と記憶のことを気に掛けてくれた。
「明日は退院だ。今日と同じぐらいに迎えに来るよ」
伯父はそう言った。時刻を確認してみると九時を指していた。
僕は礼を述べた。
――そうか。もう、退院なんだ……。
伯父が去ったあと、寝台に横になって枕をわけもなく抱きしめた。それからぽかすか殴ってみた。
辛いのをまぎらわしていた。




