3・悪役令嬢の腐女子活動
あれっここは…。
目の前にはジェーン侯爵令嬢、平和な室内。
「マチルダ様は、貴重な聖魔法の使い手だから、国王陛下も
丁重に取り図るようにおっしゃってましたし、殿下は
そのお言葉に忠実に従っているだけだと思いますわ」
そして聞き覚えのあるセリフ。
もしやと思い、2回言ったことのあるセリフをもう1度口にしてみる。
「そ、それにしたって…、あの、こう毎日というのは、図々しくは
ないですかしら? 少しは遠慮してもよくはございません?」
「でしたら、わたくしがマチルダ様に『少しは遠慮なさい』と
忠告してまいりましょうか」
やっぱり! 同じ会話だ! また時間が巻き戻ったんだ!
2回目だもんね、すぐに適応できちゃうわよ、ほほほ。
「それはいけませんわ、断罪ですから」
「?」
ちょっとはしょりすぎたけどまあいいや。
「あっいえ、お気持ちは嬉しいですけれど、ジェーン様の
お手を煩わすことではありませんわ」と言って優雅に微笑んでみせた。
でも頭の中はフル回転。
私が原因で2回国が滅んだ。でもこうして時間が巻き戻って、
3回目の人生を歩んでるってことは、もしかすると、
国を滅ぼさない展開になるまで、巻き戻しが続くってこと?
さすがに3回目なんだから慎重にいこう。要点を整理する。
私はとにかく、親しげなアラン様とマチルダ様を見るのがつらい。
この気持ちをどうにかしたい。
そう思っての行動が、破滅につながっていた。
つまり、アラン様のことばっかり考えてるからいけないのよね。
なんか他に熱中できることを探すのが一番な気がする。
おいしいものの食べ歩きは…太りそうだし…
やっぱ趣味とか…
趣味、乙女ゲームだったからなあ。あとはマンガを読むくらいで…
どっちもこの世界にはないからどうしようかな…。
「そういえば、ちょっと見ていただいてもいいかしら?」
無言で考え事をしていた私に、ジェーンが羊皮紙を差し出した。
そこには男性の絵姿が描かれており…
「これは…エドガー様!?」
エドガー様は侯爵家の嫡男であり、ジェーンの婚約者だ。
アラン様とも親しい。
「うふふ、実は、しばらく彼とお会いする機会がなかったので、
寂しくなって面影を絵にしてみたんですの。そしたらけっこう上手に
描けた気がしたので、クラウディア様にも見ていただきたく
なってしまって…」と、ぽっと顔を赤らめた。
「けっこう上手、とかのレベルじゃないですわ…」
私は、姿絵のイケメンっぷりに悶絶していた。
ジェーンは、神絵師だった。
SNSにあげたら、すぐに数万いいねがつく、たぶん!
エドガーは、もともと見目麗しい方だけれど、これだけ単純化
された線で、光り輝くようなイケメンを描くなんて、まさに神業!
「ジェ、ジェーン様…あの、あの、もしよろしかったら、
アラン様を描いてみてはいただけませんか…?」
「え? アラン様? わたくしのつたない絵でよければ…」
大急ぎで侍女に筆記用具を取りにいかせ、「お願いします」と
ジェーンに渡す。
「あっ、できればナナメ右の、ちょい下向きの顔がいいです!」
「ナナメ右のちょい下向き…」
ジェーンはあごに指をあてて少し考えたあと、さらさらと
アラン様を描いてくださった。
「え! こんなに速く!?」と驚いた私は、絵を見てさらに
驚愕した。
尊い…!
美しすぎる…!
畏れ多くて目がつぶれそうな神絵…!
そしてさっきの、ナナメ左上向きのエドガー様の絵姿を
テーブルに並べてみると、まるで見つめあってるように…!!
尊死…!
妄想が、妄想がふくらむ! アラン様とエドガー様、おふたりの
危険な関係…!! きゃーっ! いかがわしいわ! 素敵!
あまりのお宝絵に、何も言えず口を半開きにして震える私。
「あ、あの…お気に召しませんでした?」ジェーンが不安そうに聞く。
「めっそうもないことでございます!」
私は、がばちょと音が聞こえるほどの勢いで振り向き、ジェーンの手を
握りしめ、お礼を言った。
「神の手!この手は神の手です!こんな絵を見せていただけたら、
わたくしの人生に一片の悔いなしですわ!」
「そ、そんなに喜んでいただけて、こ、光栄ですわ…」
ジェーンはドン引きしてる様子。
なぜだ。この麗しい2人の絵を見て、なぜ妄想を爆発させないのだ。
私は、こう、不謹慎でハレンチな妄想を語り合いたいのに…!
なんとか、仲間になってくれないだろうか…。
「ジェーン様…」
「はい、なんでしょう?」
「このおふたりが、手を握り合っている姿を想像してみてください」
「手? え? 握手ってことですか?」
普通そう思うよね。でも、思い切って踏み込んでみる。
「違います。恋人同士がするような手つなぎです」
「え??」
「ジェーン様。わたくしは、いけない妄想をしてしまうのです。
もしも、この見目麗しいおふたりが、実は好きあっていたら、と」
「えええ? 男性同士ですわよ?」
「だからこそです! 身分違いの悲恋はよくあることですが、
性別による禁断の恋をしていたら! ほらほらこの2人の絵姿を
見てください。お互い想いあっているのに言えない、そんな
雰囲気を感じませんか!?」
「そ、そんな、ありえません、エドガー様は…」
「そうですありえません。だからこその妄想。もしもの世界です!
非現実的だからこそ、フィクションとして楽しめるんですよ。
どうですか、この2人が、秘めた愛を持っていること想像したら!
ドキドキしませんか?!」
私は2人の姿絵を両手に持ち、ジェーンの目の前に広げた。
そして少しずつ紙を重ねあわせる。
「わ、わ、まるで今にも口づけをしそうですわ!」
「その調子です! さあもっとよく見て、ドキドキしませんか?!」
「し、します! どきんどきんしますううう!!!」
同志ゲットできた。
いけると思ったんだ。
中世ヨーロッパなら、こんな思想は処刑されそうだけど、ここは
乙女ゲームの世界だもんね。BL要素も必須なはずだもんね。
この妄想は素晴らしい。私にとってのアラン様は、さっきまで
「つれない婚約者」だった。でも今は「尊い推し」である。
自分が愛されなくてもいい、ただ物陰から応援したい。
聖女マチルダと一緒にいても、嫉妬する必要がない。
嫉妬するとしたらエドガーにだけど、応援してるからそれもない。
「ねえジェーン様、わたくしがお話を作るから、挿絵を描いて
いただけません? 2人で、イケナイ絵本を作りましょうよ」
「イケナイ絵本…! それは、ワクワクしますね…!」
「ですわよね! さっそくわたくし、お話を書いてきますわ!」
めっちゃ楽しくなってきた! お話を書いたことはないけど、
好きだったBLマンガのあらすじを書くだけなので楽ちんだ。
転生してるんだから、パクリがばれることはないよね。
とにかくイケメンがたくさん出てきて、優しめの、切なさ満載、
手を触れあえたことがなにより幸せで涙するような、清らかな恋。
全年齢対象だとこんなもんよね。
そして、ジェーンにすんばらしい挿絵(王太子とか、個人が
特定されると困るけど、妄想はしたいので微妙に似せたもの)を
描いてもらって、「ソフトBL絵本」が完成した。
「できましたわーーーー!」「やりましたわーー!」
2人で手を取り合って完成を喜び合い、2人で一緒に読んで
キャッキャした。楽しい。楽しすぎる。
「このドキドキは、ぜひ他の皆様とも共有したいですわ」
ジェーンが恐ろしいことを言い出した。
「大量に制作して、市場に出しましょう。きっと世の乙女たちに
喜んでいただけますわ!」
私もそれは考えた。みんなでキャッキャしたほうが楽しいに決まってる。
でも…、この世界の紙は羊皮紙なのだ。
羊の皮でできているのだ。大量に作るとなると、大量の羊の皮が
必要になってしまうということだ。
そうすると、その後の展開が予想できてしまうのだ。
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羊は神に祈った。
神様、今日も同胞が殺されました。
食料にするためならまだしも、腐れた本を作るためにです!
自分たちの命を何だと思っているのでしょう!
どうか人間に復讐する力をください!
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ってなるに決まってる! そして神は、人間以外の祈りには、
けっこう応えてくれるのだ。3回目だから知ってる。
だから、絶対、羊の復讐で国が滅ぶ。
そう思うと大量生産には踏み切れない。
あれ? だいたい、大量生産するような印刷技術もないよね?
この時代って、書き写すことしかできないんじゃなかったっけ?
「でも、大量に書き写すのは大変でしょう?」
よし、こっち方向で、大量生産はやんわり反対しよう。
「あら嫌ですわ、複製スキルがあるじゃありませんか」
複製スキル??
ジェーンは絵本と同じくらいの重さの羊皮紙をテーブルに置いて
「なんじゃらもんじゃらげ~」と唱えた。すると…
羊皮紙の束が絵本に変わり、絵本が2冊に増えた!!
こんなことできたんだ…。さすがだ魔法のある世界。
やだどうしよう。紙さえあればできちゃうじゃん。
「あの、でも、紙を作るために、羊が処分されるのがその、
かわいそうというか…」
なんとか羊の復讐は避けたいから、もごもごと抵抗する。
「羊が? 処分? どうして?」
「いや、どうしてって…これ、羊皮紙ですわよね?」
「もう、いやですわクラウディア様ったら、どうなさったの?
羊皮紙が羊から作られてるわけじゃないことくらい、子供でも
知っておりますわよ」
えっ! そうなの?
「羊皮紙を模してるから羊皮紙と呼んでますけど、これは廃材を錬成
したものですわ。わたくしには錬成スキルはないので、自分で
作ることはできませんけど…」
え!!!
「そ、それじゃあ、大量生産しても、羊は犠牲にはならない?」
「もちろんです」
やったああああ! ビバ! ご都合主義!
それなら大量生産しても大丈夫だよね??
みんなで腐沼にハマってキャッキャできるってことだよね!?
「作りましょう! いっぱい作って腐教しましょう!」
「ええ!」
私とジェーンは固く握手をして、大量生産と販売を決めた。
その絵本は大評判となり、国中の女子が買い求めた。
しかし、BLに免疫のない女子が、いきなり神絵の絵本を
見たせいか、大量の鼻血を噴く者が続出した。
それは聖女マチルダも例外ではなく、盛大に鼻血を噴いた。
聖女の血は魔物を引き寄せる。
そして血の匂いで集まってきた大量の魔物に襲われ、
この国は滅ばされてしまったのであった。




