2・悪役令嬢のボディビルディング
「クラウディア様? どうかなさいました?」
え?
おかしいわ、私はたった今、ドラゴンに嚙みつかれて死んだはず…なのに生きてる? というか、なにこの平和な風景?
ここは…王立学園のサロン?
そして目の前にはお友達のジェーン侯爵令嬢。
「あ、あの…ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてしまいました、何のお話でしたかしら?」
「あらあら、わたくしの声も小さかったのかもしれませんわね。クラウディア様は、心配性だとお伝えしたんですわ」
「心配性…」
「マチルダ様は、貴重な聖魔法の使い手だから、国王陛下も丁重に取り図るようにおっしゃってましたし、殿下はそのお言葉に忠実に従っているだけだと思いますわ」
このセリフにも聞き覚えが…。
「そ、それにしたって…、あの、こう毎日というのは、図々しくはないですかしら? 少しは遠慮してもよくはございません?」
前に言った気がするセリフを言ってみる。
「でしたら、わたくしがマチルダ様に『少しは遠慮なさい』と忠告してまいりましょうか」
わあ、やっぱりだ。この会話、一緒だ。
「い、いえ、それはいけないわ。そんなことしたら断罪になるわ」
「? クラウディア様のお話は、たまに理解が追い付かないことがございますわね…」
ちょっとはしょったせいか、セリフもちょっと変わったけど、だいたい一緒だし…。
これは…時間が…巻き戻ってる!?
よっしゃあ! やり直せる!
そういうことなら、ここから軌道修正するわよ!
まずは、今の状況を整理。
私は公爵家のクラウディア、王太子のアラン様と婚約している。
しかし聖女として転入してきたマチルダ男爵令嬢と、アラン様がいつも一緒なので、やきもきしている状態である。
そして私は、日本で生まれ育ち、この世界に転生してきた者であり、この世界のことは「日本で遊んだゲーム」の知識として持っているので、マチルダ聖女にはとても嫉妬してるけど、感情のまま文句を言ってはいけないことがわかってる、文句を言ったら「神聖なる聖女をいじめた」と断罪されて、追放されてしまうのだ。
だから、私の数少ないお友達であるジェーンに、毎日愚痴るだけにとどめておいたのに、なんやかんやで国を滅ぼしてしまった。
つまり、愚痴を言うことが滅国の原因なので、やめなきゃいけない。
でも聖女のマチルダ様と王太子のアラン様が仲良しなのはやっぱりむかつく。
アラン様は私の婚約者なのに!
この気持ちの行き場をどうしたらいいの…
……
やっぱり、運動よね!
体を動かして発散させるしかないわ! 中学生男子のように!
へろへろになるまで体を動かせば、よけいな感情を抱く余裕もなくなるはず!
脳みそを筋肉にするのよ!
「ジェーン様…わたくし、体を思いっきり動かしたい気分なのですの。ダンスの練習につきあってくださらない?」
「え? ええ、かまいませんけれど…」
男性側の踊りのほうも覚えていてよかった。クラウディアは何も考えずひたすら踊った。
「ちょ…も…むり…休ませて…くださいまし…」
「ああ、ごめんなさいね、つい夢中になって…つきあってくださってありがとうございます」
ジェーンと別れたあとも、体力がありあまっていた。
「こんなんじゃ全然足りない! もっと、もっと! 脳に筋肉を!」
クラウディアは、部屋に帰って腹筋をした。腕立て伏せもした。
スクワットもした。夜は疲れ果てて泥のように眠った。
それを毎日繰り返すと、腹筋が割れた。
「おなかが固くなった!!なにこれ、たのしーい!」
筋肉がつき始めると、楽しくてしょうがなかった。
運動すればするだけ筋肉がつく。筋肉は裏切らない!
あまりに嬉しかったので、学園の令嬢や令息にもすすめた。
悩み多き思春期の男女である、次々と筋肉に夢中になった。
「筋肉すごい!」
「気持ちが明るくなる!」
「嫌なこと忘れる!」
やがてその流れは平民にも伝わり、国中でボディビルの波が広がった。
「筋肉には鶏むね肉と卵とブロッコリーよ!」
クラウディアは、もとは日本に生まれた転生者なので、ハンパに知識があった。
効率よく筋肉をつけられることがわかった国民は、ブロッコリーの生産と養鶏に力を入れた。
とくに鶏は、いくら育てても足りなくなるので、大規模の養鶏場を次々に建て、大量生産した。
社交界はボディビルダーたちの披露の場になった。
「キレてるよー!」
「仕上がってるよー!」
「腹筋板チョコー!」
クラウディアも、みっちみちの上腕二頭筋を見せびらかすようなドレスを着て、壇上のマッチョたちに、掛け声をあげて楽しんだ。
「ああなんか、王太子のこととかどうでもよくなってきたわ…ここにいるマッチョのほうがかっこいいし…この筋肉さえあれば、追放されても、どこかの土地を自分で開墾して生きていけそう…」
◇◇◇
そのころ、鶏は神に祈っていた。
「神様、今日も同胞が肉にされました。生きるための食料ならまだしも、筋肉のためなのです。牛や豚や羊には目もくれず、自分たちだけを大量に…! しかも生まれたての卵まで…! これはもはや、イジメではないでしょうか! どうか人間に復讐させてください!」
◇◇◇
その純粋な祈りは神に届いた。
飛べない鶏に飛べる力を。
人間を噛みちぎることができるような能力を。
養鶏所の鶏が次々に大きなドラゴンに変わり、人々を襲い始めた。
逃げ惑う人々。筋肉はあったが、大量のドラゴンの前にはなすすべもなく、国は滅びてしまったのであった。




