97 答え合わせ①
「え、あなたは……」
雑多に積まれた荷物の物陰から、うっそりと誰かが出てきた。
薄暗い小屋の中、出てきた人物が、ティナには一瞬分からなかった。
「トリカさん……」
そこには寮母のトリカが立っていた。
トリカはポケットから何かを取り出すとカイへと投げる。
カイは受け取ると、小屋から出て行ってしまった。
「私も行かないと、スーさん達が馬車の中に閉じ込められたままなの」
ティナもカイの後を追おうとしたが、扉は閉められてしまい開かない。
「あら、心配はいらないわ、あの馬車は中からは壊せないのよ。あのスライム達は、もう馬車からは出てこられないの」
「出られないって?」
「馬車に魔法をかけてもらったのよ。なんだったからしら、従属のなんとかってやつ? だから馬車からはでられないのよ。おかげで魔法をかけるのに二日もかかったって言っていたわ」
トリカは楽しそだ。
なんだか口調が今までとは違う。
トリカの雰囲気が違っているし、今まで付き添って世話をしてくれていた時のトリカとはまるで違っている。
「もうねぇ、色んなことをやっても、ぜんぜん思い通りにいかなくて、嫌になっちゃったのよ」
大変だったんだから。と、トリカは笑う。
「あの、何を言われているのか……」
「まだ分からないの、お姉ちゃん」
「え、お姉ちゃん?」
ティナは面食らう。
トリカはどう見ても二十代半ばから後半に見える。
ティナは村を出る時は14歳だったが、途中で15歳になった。どう見てもトリカよりは年下だ。
それにトリカと姉妹ではない。
トリカは貴族令嬢なのだと、誰かに聞いたことがある。生粋の百姓の娘のティナと血がつながっているわけがない。生き別れの姉妹がいるとも聞いていない。
「やだ、本当に分かっていないの? ああそういえば、お姉ちゃんは転生だったものね。何も憶えていないのか」
トリカは一人で納得している。
「じゃあ天使に会ったことも憶えていないの?」
「天使? 教会にはこの頃は行けてなくて……」
ティナはそこまで信心深い方ではないが、村にある教会には親から連れられて行っていた。教会には牧師様はいなかったが、王都で牧師をしていて、定年で故郷に帰って来た元牧師様が、ボランティアで牧師をしてくれていた。
でも村を出てから、教会に行く暇がなかった。
「ぷはっ、違うわよ。あんな教会にあるような石像じゃないわ」
トリカは笑っているが、ティナは焦ってきた。
一刻も早く閉じ込められたペット達の元に行きたいのだ。
「あの、ここから出して下さい」
「せっかちねぇ。ぜーんぶ忘れているお姉ちゃんのために、私が一から教えてあげるわ。返してもらわなきゃならないものがあるんだから」
トリカはティナの言葉なんか聞いちゃいない。
今まで笑っていたのに、いきなり冷たい目をしてティナへと指を突きつける。
ティナは指で胸を押され、そのまま尻もちをついてしまった。
「返す?」
さっきからトリカが言っていることが、全く分からない。
トリカに何かを借りて、返していないものなど無いはずなのに。
「だいたい、あの天使が悪いのよ。能力が一人分しか無いなんて言って、私の望みをぜんっぜん叶えてくれないんだから」
まるでトリカは天使と会ったどころか、知り合いのようなことを言っている。
天使に会うことができるのは、教会にいる聖女様か教会長様ぐらいだと、親から聞いたことがあったのに。
「私とお姉ちゃんは、家でご飯を食べていたら次元の狭間に落っこちちゃったのよ。すごい偶然らしいけど、世界を管理している天使のミスだったの。その時二人共死んじゃったんだけど、違う世界でやり直せるって言われたのよ。そりゃあ天使の責任だから、当たり前よね」
「次元、狭間……死んじゃった?」
ティナは、ますます混乱する。
死んじゃったと言われたが、現にティナは生きている。
ティナは自分の手を握ったり開いたりして、思わず生きていることを確かめてしまった。
「向こうのミスなのよ。それなのに加護は半分こだとか、ふざけているわ。私は転生なんて嫌よ、自分が無くなるなんて絶対無理。違う世界に行ったって、自分は自分のままがいいの。ゼロからのスタートなんて、あり得ないわっ」
イライラと話すトリカは、話に熱中しだしたのか、もうティナの方を見ていない。
逃げようか……。ティナは扉に視線を移す。どうやれば扉を開くことができるだろうか。
「あの天使、自我を持ったままの転移だと、その世界の言葉を喋って、読み書きもできるようにしなきゃならないから、能力を大きく使ってしまうんだとか、煩いことばっかり言っていたわ。何も知らない、何も分からないままの転移なんて、そんなの誰がしたいって言うのよ。私は見ず知らずの場所に行って、苦労したいわけじゃないの。ちゃんと家があって保護者がいて、裕福な暮らしじゃないと駄目に決まっているじゃない」
ティナはそろりそろりと扉へとお尻を使って移動していく。
「お姫様とまでは言わなくても貴族令嬢ぐらいにはしてもらわないと、話にならないでしょう。そしてチートも貰わなくっちゃね。読んでいたラノベで転生した女の子が冒険者になって、ランクSSになるっていうのがあったのよ。無双って言うやつね。だからそれぐらいしてもいいじゃないって言ったのに、あの天使、聞きゃあしない。半分こって言い張るのよ」
今はいない天使にトリカは悪態をついている。
天使というからには、崇めるべき対象のはずなのに。
「ランクCよ。ランクCしか渡せないとか言うのよ、信じられないわ。ランクCなんて、そこら中にゴロゴロいるじゃない。チートなんかじゃないわ。こっちは被害者だっていうのに、バカにしてっ」
ティナにはランクCが、どれ程のものなのか分からない。でも天使がチートと言っているのだから、それなりのものだと思う。
ティナは少しずつ移動し、やっと扉に辿り着いた。
一気に立ち上がると、扉に手をかける。なんとか開けて、ここから出ないと。
バチィッ!
「きゃあっ」
扉を掴んでいた手に、静電気に触れたような衝撃が走った。
「やだ、お姉ちゃん、せっかく説明しているのに、どこに行こうとしているの、失礼ね」
トリカがこちらに向かって指をさしている。
もしかして魔法を使ったのだろうか? ティナは魔法が使えないが、トリカの指先が少し光っている。
「ウフフフ、こう見えても魔法が使えるのよ。雷属性の魔法よ。まあ、これぐらいしか出来ないんだけどね」
トリカは笑いながら近づいて来ると、ティナの腕を掴む。
「まったく面倒くさいんだから。あの時、さっさと始末しておけばよかった」
「あの時?」
「そうよ、一月前に買い物に付き合ってあげたでしょう。煩い畜生もいなかったから、一思いに殺ってしまおうかとも思ったけど、そうなれば誰かに殺られましたって言ったところで、犯人にはされなくても、職務怠慢で責任を取らされそうだったから止めたのよ。私は王宮の騎士に復帰しなきゃならないんだから、経歴に傷がつくのは避けたかったの」
ティナの腕を掴む手に力を入れられ、ティナは動くことすら出来ない。
鼻と鼻がぶつかりそうなほどにトリカは顔を近づけてくる。
トリカの息遣いが伝わって来る。
「お姉ちゃんに生きていてもらったら困るのよ。天使が半分こになんてするから、私の能力は低いまま。だからお姉ちゃんに死んでもらうしかないの。そうすれば、お姉ちゃんの分を私が受け取れるのよ」
ティナを掴む手が、ますます強くなる。
「観念してちようだいね」
トリカはニッコリと笑うのだった。




