96 カイの思い
「さあ、こっちだ」
カイはティナの手を離さない。
グイグイと引っ張って、どこかに連れて行こうとする。
「待って、待ってちょうだい。スーさんとちょうちょさんが馬車に乗ったままなのっ。手を放してっ」
いくらティナが叫んでも、カイは聞いてはくれない。
ティナはカイから逃れようとするのだが、どんなに力を入れても、小柄なティナはカイに力では押し負けてしまう。
そのまま引きずられるようにして、どんどん馬車から遠ざかってし行く。
スーとちょうちょが馬車の中に乗り込んだ瞬間、カイは扉を閉じてしまい、二匹は閉じ込められてしまった。
スーにおててはあるが、短いから馬車の大きな扉を開けることは不可能だ。ちょうちょは小さすぎて、もちろん無理だ。
ティナが扉を開けてやらないと、ずっと馬車に閉じ込められたままになってしまう。
「お願いだから馬車の所に戻して」
必死のティナの願いはカイには届かない。
馬車との距離が、どんどんと広がって行く。
「どうしてこんなことをするの? 私、何か嫌なことをした?」
ティナは困惑している。いつものカイとは違う。
カイとは習熟組や授業が同じで、一番関りが多いクラスメートといえる。
年も近いから親しみやすく、仲がいいとティナは思っていた。でも違うのだろうか?
先日は、授業に出ないティナを心配して、寮まで訪ねて来てくれた。
それなのに……。
「ぐっ」
カイはティナの言葉に何かに耐えるように顔をしかめる。
「主、どうしたの? どうしたの?」
トムが困惑したようにカイとティナを交互に見ている。
不穏な空気を感じているのか、尻尾は股の間だ。
馬車の中にスライム達が閉じ込められたことは分かるのだが、主に指示されないと、動くことはできない。
今は、ただカイに戸惑いながらも付いて行くしかない。
「ここに入って」
随分と大通りから離れた場所まで来ると、ティナは小屋に押し込められた。
小屋はティナの寮の部屋ぐらいの大きさで狭い。
部屋の中は汚れており、縄やげんのう、木槌などが所狭しと置いてある。外仕事の人達の道具置き場なのかもしれない。
ティナが押し込められると同時に扉は閉められてしまった。窓はあるが小さく閉じられたままだ。小屋の中は隙間から差し込む光だけで薄暗い。
「ここはどこなの? なんでこんな所に連れてきたの」
小屋の中を見回しても、ティナにはここに連れて来られた意味が分からない。
カイに問いかけるが、カイはティナの方を見てはくれない。
わざと視線を外しているようだ。
「ティナごめんな……」
視線を外したままカイが口を開く。その声は小さい。
「ティナがどんな目にあわされるか分からないのに、こんな所に連れて来て、謝ったって許されることじゃないのは分かっている。それなのに俺は、俺は……」
顔を背けたままのカイの声は震えている。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
「カイ、一体何があったの?」
ティナは何が起こっているのか分からないが、カイが泣いているのなら、泣き止んで欲しいと思う。
カイへと近づき、背けた顔へと手を伸ばす。
「くっ……」
「え、カイ、どうしたの!」
ティナの手がカイの顔に触れる前に、カイの身体が小刻みに震え出す。
苦しいのか、耐えるように自分で自分の身体を抱きしめる。
徐々に立っているのも辛いのか、カイはその場に跪いてしまう。
「カイ、しっかりして!」
「クーン、クーン」
ティナは慌ててカイを助け起こそうと肩に手を回す。
主であるカイが苦しんでいるからなのか、トムも苦しそうだ。
この小屋を出て、カイを治療してくれる場所に連れて行かないと。ティナは回した手に力を入れる。
「ティナを連れてきた。これでいいんだろうっ」
カイは顔を上げると叫ぶ。
カイの身体の震えは酷くなっていっているし、叫ぶ声もかすれている。
カタリ。
小さな音が雑多に積まれた荷物から聞こえた。
物陰から、うっそりと誰かが出てきた。
「え、あなたは……」
意外な人物の登場に、ティナは驚く。
「なあ、ちゃんと言うことを聞いただろう。従魔達を馬車に閉じ込めたし、ティナを連れてきた。早くドリンクをくれよっ」
カイは最後の力を振り絞るように声を出す。
「従魔達は付いて来ていないようだな。いいだろう、約束のドリンクだ」
出てきた人物は、ポケットから細長い瓶を取り出し、カイへと向かって投げる。
「お前は出て行け」
人物からの言葉に、カイは瓶を大事そうに両手で持つと、ティナの視線から逃れるように、顔を背けたまま、小屋を出て行った。
カイは、小屋から出ると、そのままズルズルと座り込む。
瓶の蓋を取ると、中身を一気に飲み干す。
「くそう、くそう、くそう……」
カイは瓶を放り投げると、拳を地面に叩きつける。
分かっているのだ、自分が薬の中毒になっていることは。
最初は気づかなかった。
栄養ドリンクだと渡されて、ありがたいと思って飲んでいた。
それが栄養ドリンクを飲まないと調子が悪くなるようになり、その症状は段々と酷くなっていった。
気が付いた時には、栄養ドリンクのこと以外、考えられなくなっていた。
栄養ドリンクが欲しくて、飲みたくてたまらない。
そのためには何でもする。
栄養ドリンクを貰うために、何を言われても従うしかなかった。
栄養ドリンクを飲んだ後、少しの間だけ、理性が戻って来る。
自分がおかしくなっていることを理解できる。
自分はもう駄目だ。
ティナに酷いことをしてしまった。
自分はティナのことを友達だと思っていた。
友達を裏切り、酷い目に合わされるだろうと分かっているのに連れて行った。ティナは嫌がっていたのに。
許されることではない。
「トム、ごめんな……」
自分の隣で心配そうにこちらを伺っている従魔の頭を撫でる。
トムは嬉しそうに耳を倒し、尻尾を振っている。
テイマーの自分がこのまま死んでしまったら、トムも死ぬ。
自分から薬物中毒だと告げて治療を受けることができたとしても、トムとは引き離されるだろう。
薬物中毒はなかなか治らない。治ったとしても、いつ中毒症状がぶり返すか分からない。
完治まで、どれほどの長い時間がかかるかことか。
そんなに長い間テイマーと従魔が引き離されたなら、従魔は魔力枯渇で死んでしまう。
「トム……」
カイはトムを抱きしめたまま、涙を流す。
「トム、最後の命令だ」
カイはグイと涙を拭くと、トムから手を離したのだった。




