91 デート
放課後、クライブの側近であるハリオルがティナの教室まで迎えに来た。
上級生の、それも高位貴族がティナを迎えに来たことに、教室がざわついた。
ティナとハリオルの接点が分からないのだろう。
ティナにすら分かってはいない。ハリオルとは、ほぼ初対面だから。
そのまま馬車に乗せられて、城下町までやって来た。
まあ、馬車に乗るのに、すったもんだはあったのだが。
「殿下、従魔とはいえ、魔獣を馬車に乗せるなど、ありえません」
「従魔はテイマーと一緒にいるものだ。なんら問題はないだろう」
ティナにはスーとちょうちょ、みかんという従魔(?)がいる。
従魔達は、当たり前の顔をして馬車に乗り込もうとしており、それをハリオルに止められたのだ。
(大丈夫、威圧は出していないから、馬は怯えないぞ)
「俺らが乗っても、そんなに重くないから、ケチケチすんな」
「初めての、お出かけー」
ハリオルにペット達の言葉は通じていない。
「あの、やっぱり一緒に行くのは、ご遠慮しましょうか」
ここぞとばかりに、行くのを取りやめようとティナは言う。
申し訳なさそうにしているが、嬉しそうなのが隠しきれていない。
「ティナは心配いらない。ハリオルが従魔と一緒が気に入らないのなら、同行しなくてもいいぞ」
「そんな、殿下! 差し出がましいことを言って、申し訳ありませんでした」
クライブから切り捨てられそうになり、慌ててハリオルが頭を下げる。
ハリオルにすれば、クライブの側近になれたのは僥倖といえる。家族の期待も大きい。簡単に首になるわけにはいかない。
馬車は出発したのだが、余りの豪華さに、汚してしまったらどうしようと、ティナは乗り心地を堪能する前に、肝が冷えた。
ペット達は楽しそうだから、それだけが救いだ。
そして、目的地についたのだが、その後が苦難の連続だった。
なぜクライブは分かってくれないのだろう。
ティナは途方にくれる。
ティナはちゃんとクライブに言っていたはずだ。
石鹸を買いたいし、タオルも買いたいのだと。その他にも、生活雑貨が色々と買いたいのだ。そのための買い物だと、ちゃんと言った。
それなのにクライブの耳には蓋があったのか、それともティナの話なんか最初から聞いていなかったのか、ティナの行きたい場所には行ってくれない。
やれ、マダム=ローレラのプティックでドレスを買おうだとか、ハーダル宝飾店で宝石を見ようだとか、ティナの目的とは大きく外れている。
ブティックでタオルは扱っていないだろうし、宝石店に石鹸は置いていないだろう。あったとしても、ティナが買える値段じゃないのは分かっている。
ティナの所持金は銀貨5枚。それ以外、逆さにしたって何も出てこない。
そのこともクライブには正直に言った。
その回答が『私がティナにプレゼントしたいのだ』だった。
思わず『絶対ヤメテ』という、ティナではあり得ないような、強い拒否の言葉が口から飛び出しそうになってしまった。
口から出ていたら、ハリオルから無礼打ちされていたかもしれない。
ティナは両親から、誰かにプレゼントを貰ったら、必ず “お返し” をしなければ、礼儀がなっていないと躾けられて育った。
それに、ちょっとした物ならまだしも、高価な物は、たとえ誕生日だろうと貰ったことはなかった。だいたい誕生日にプレゼントを貰う習慣など、村にはない。
王子宮に上がる時に着せられたドレスを貰うように言われた時も、ティナは頑なに拒んだ。だが、ハロルドから必要経費だから返礼不要と押し付けられた。
あの時とは違う。もしクライブから何かプレゼントを貰ってしまったら、ティナは身の破滅だ。銀貨5枚では確実に足りないのは目に見えている。
高価そうな店には絶対に入らないし、近づきもしない。
入りそうになったら逃走する。ティナは心に決めた。
だいたい場所が悪い。
こんなキラキラした高級そうなお店ばかりが建ち並ぶ通りでは、安価な生活雑貨を売っている店がありそうにない。
トリカが買い物に連れて行ってくれた時は『大通り』という場所だった。
店も建ち並んでいたが、屋台や露店も多く、人もごった返すほど大勢いた。
あの時は、スー達を連れて行かなくて良かったと思ったのだ。もし一緒だったら、膝下の高さしかないスーは、通行人に踏まれたり蹴られたりしていただろう。
今いる『中央通り』は、高級店が並んでいるからなのか、人が少ない。
今回はみかんもいるから心配していたが、大丈夫だった。
(おい、少し離れた場所に騎士どもが大勢いるな。何かあったのか?)
「いや、何かあったというよりは、警備している感じだな」
「うわー、あそこに噴水があるよ。初めて見たっ。凄いねぇ」
スーとちょうちょが周りを見回してみると、目立たないように何人もの騎士がいる。
騎士とは分からないように平服を着ているが、立ち姿や腰に剣を下げているので丸分かりだ。
みかんだけは、初めての街にはしゃいでいる。
「クライブ様、この通りではなく、違う通りがいいです。前回トリカさんが連れて行ってくれたのは、中央通りではなく、東側の大通りでした。私はそこに行きたいです」
「そうなのか、では東側に行ってみるか。でもせっかく中央通りにいるのだから、お茶でも一杯飲んで行こう。あそこの店は、ケーキが美味しいそうだ」
クライブが指さすのは、いかにも女性が好きそうな、可愛らしい外見の店だ。
きっと人気店なのだろう。
「お茶ですか?」
ティナは、ちょっと驚く。
まだ街に着いて、あまり時間は経っていない。買い物は一つもしていない。
クライブは、もう疲れたのだろうか?
(もうお茶か、王子様は体力がないな)
「そりゃあいい。何か食わせろ」
「僕を愛でたいんじゃないの? 撫でられそうになったら逃げるよ」
今日はグリファスが来ていない。だからペット達の言葉は人族には通じない。
ティナは、さっさと必要な品物を購入して帰りたかったのだが、王子様の言うことには逆らいづらい。高級店での買い物は断っているが、断り続けるのも気が引ける。
お茶には付き合うことにする。
値段を気にして、ドキドキしながら入店すると、思った以上に可愛らしい店内に、思わず歓声を上げてしまった。
「可愛い。椅子もテーブルもお揃いのカバーが掛かっているわ。あ、カーテンともお揃いなのね」
「気に入ってくれて良かった」
クライブの活動しない表情筋が、少し動いたように思えた。もしかして笑顔を作ろうとしているのかもしれない。
(なあ、こんな甘ったるい店なのに、お客がゴツイ男ばっかりだな)
「ああ、それも街にウロウロしている騎士どもの仲間じゃないか?」
「うわぁ、お店に初めて入ったぁ」
スーとちょうちょは店の違和感に気づいているが、みかんは浮かれている。
店内には六割ほどの客が入っているが、全てが男性。それもゴツイ。
可愛いテーブルに厳つい男達が座って、お茶を飲んでいる。違和感が半端ない。
席に着くと、すぐに店の店主がやって来た。
何だか仰々しい挨拶を述べていたが、クライブから追い払われていた。
「私が休憩したいのにティナは付き合ってくれているのだから、支払いは気にしないで、好きな物を注文してくれ。もちろんペット達の分も遠慮しないでくれ」
クライブはティナがお金の心配をしているのを察したのか、気を利かせてくれる。
(そうだな、王子がここのケーキを勧めていたから、俺もそれにするか)
「サンドイッチはあるのか?」
「僕はクッキーがいい」
ペット達は、お呼ばれされる気マンマンだ。
「ティナは何がいい? よければ私と同じ物を注文してもいいかな?」
メニューを見て固まっているティナに、クライブが助け舟を出す。
メニューはあるが、ティナには読めない。
いや、読めないのではない。この頃のティナは、勉強の成果で少しは文字の読み書きが出来るようになってきた。
ただ、ここのメニューは文法がおかしい。
メニューには『朝露のきらめきを集めた紅茶』や『虹の欠片を詰め込んだクッキー』などなど、教科書ではあり得ないような文章が並んでいるのだ。読めなくてもしかたがないじゃないか。
ティナはクライブの提案に首を縦に振る。
すぐに商品がテーブルに並べられる。
ケーキにクッキー、マカロン。もちろんサンドイッチもある。
まるでペット達の念話が通じたかのようなラインナップだ。
クライブはマカロンを手に取ると、テーブルの上に乗っているみかんへと近づける。
もしかして『アーン』をしてもらいたいのだろうか。
クライブの顔は真剣だ。
(おいおい、スマイルスマイル。せっかくだから食べてやれよ。コンパニオン頼むぞ)
「『アーン』ぐらい、してやれよ。この肉のサンドイッチも旨いが、次はフルーツサンドを頼んでくれ」
みかんは迷っているようだが、スーとちょうちょが、みかんを利用しようとしている。
実はみかんはマカロンを食べてみたいと思っていたのだ。
それもクライブの手に持たれているピンクのマカロンを。
でも触手のないみかんは、スーに頼むかティナに頼むか、どうしようかと思っていたのだ。皿に突っ込んでいくのは神獣としての矜持が許さない。
それが目の前に差し出されている。
あむっ。
アーンなんかしない。みかんはクライブの手から、ひったくるようにして一気に身体に取り込む。
クライブは、みかんが手から食べてくれたので、感動しているようだ。
「お待たせしました。当店自慢の『咲き誇る花々の馥郁たる香りの紅茶』でございます」
店長がうやうやしく二人の前にティーカップを置く。
一番人気の紅茶らしい。
辺りには、花のような柔らかな香りが漂ってきた。
「うわぁ、いい香り」
ティナはうっとりとしている。
ティナ達は。たっぷりとお茶とお菓子を堪能した。
店を出ると、希望通りの『大通り』へと向かった。
そして、ティナはいなくなったのだった。




