82 神獣みかん
(おい、だいじょうぶか?)
スーは触手でみかんを突く。
つぶれた饅頭のような形になっていたみかんが、少しずつ元の形へと戻って行く。
みかんはティナに名付けられたように山吹色。濃い黄色をしていた。
それなのに、小さなスライムの色は変わっていた。
いや、本来の色になったのかもしれない。
ゴールデンスライムの名の通り、金色に輝いていたのだ。
(お前、迷惑な色になってるぞ)
「えっ、迷惑って何っ? うわっ、変な色になってる」
スーに言われ、みかんは己の色の変化に気づいていなかったのか、身体を見て驚いている。
「お前ら、何で変な色なんて言うんだよ。金色で綺麗ねーとか言えよ。まあ、ケバケバしくて、俺は近寄ってほしくないけど」
「ちょうちょは酷い。好きで光ってるんじゃない」
ペット達は騒いでいる。
「本来の色になったのだろう……。もしかして神獣の能力が宿ったのか?」
グリファスの言葉に “フン” と、みかんは鼻を鳴らす(鼻の位置は同じスライムのスーですら分からなかった)。
「だとしたら?」
みかんはグリファスを仰ぎ見る。
その表情からは、幼さが無くなってしまったかのようだ。
「神からの使命も思い出したのか?」
「さあね、グリフォンには関係無いよ」
グリファスは王家を守護している。人族よりの神獣だといえる。
みかんの態度から、みかんは人族に敵対しようとしているのだろうか?
グリファスに緊張が走る。
目の前のみかんは神獣とはいえ、まだ幼い。
今のグリファスならば、みかんを制圧することは他愛ないだろう。だが、神獣には神から与えられた使命がある。
それを阻止することは神に反逆するということだ。
神獣であるグリファスに、そんなことは出来ない。
「まあ、みかんちゃんどうしたの? 色が変わってしまっているわ」
ティナがみかんの変わりように気づいたらしく、みかんを抱え上げる。
両手で掬うように持ち上げられたみかんは、キョトンとティナを見ている。
「光っているのに、柔らかいのね」
ティナはみかんを優しく撫で、みかんも嬉しいのか身体をティナの手に押し付ける。
(くっそー。ご主人様が動く前にみかんを吹き飛ばしておくんだった)
スーが身を捩って悔しがっている。
今、触手でみかんを叩き落とすことは出来ない。
ご主人様に意地の悪いペットと思われたくない。あくまでスーは、天使のように無邪気な可愛いペットなのだから。
「懐いているのだな……」
人族に酷い目に合わされたと言っていたみかんだが、人族のティナには撫でられて嬉しそうにしている。
相手がティナだからなのか、グリファスには分からない。
「人族全てを嫌うほど、僕は狭量じゃないよ。それに、これから僕は人族を導いて行かなきゃならないしね」
「!? それが使命か」
「さてね。それよりも、そろそろ帰ってくれない? ティナが疲れているみたいだからね」
みかんは使命のことを言う気はなさそうだ。
グリファスも、これ以上みかんが答える気がないのは分かった。
シルベストとクライブに引き上げることを伝える。
シルベストには恐れ多いと口を開かないティナから、何とかクライブがティナの希望を聞き出した。
まさか王宮で生活するのが嫌だとは、王族の二人には思いもしないことだったが、ティナはこのまま寮で暮らすことが決まった。
「ティナ、済まなかったな。もし何か必要な物や、やりたいことがあったら、いつでも言ってくれ」
「また茶会で会おう」
シルベストとクライブは、ティナへと挨拶すると部屋から出ていった。
部屋から出たシルベストは考え込んでしまった。
この部屋に入る前と後とでは、余りにも状況が変わってしまった。早急に手を打たなければならない。
ザイバガイト王国の王族は、神獣の守護があるからこそ王族といえる。
クライブは第2王子だが、次代の国王になることが、ほぼ決まっているのは、神獣がクライブを守護しているからだ。
ならば、神獣を連れた少女は、王族と同じ地位にいると言っていい。
新たな神獣が現れたことは、自分達以外はハロルドしか知らない。ハロルドには口外しないように厳命している。
外部に知られるわけにはいかない。
もし知られたならば、神獣の力を求めた者達がティナへと群がり無事では済まないだろう。
一番恐ろしいことは、純朴な彼女が誰かに騙され、傀儡にされてしまうことだ。
ティナを保護しなければ。
できれば……。
ティナに王家に嫁いできてもらうのが一番いい。王家は大手を振ってティナを庇護下に入れることができる。
自分の息子と結婚してもらえれば、それに越したことはないのだが。
現在シルベストには三人の息子がおり、全員が未婚だ。
残念なことに第一王子のスタックは来年辺境伯の元に婿入りが決まっている。
クライブを立太子するために、スタックを王宮から出した方がいいだろうと、結婚を早めたのが悔やまれる。
式の日取りも決まっており、今さら取りやめることはできない。
第三王子のロキシィは12歳。ティナとは2歳差だが、まだまだ幼さが残っており、ティナが相手にはしないだろう。
そうなるとクライブに頑張ってもらうしかない。
クライブにはハクザイア公爵家の娘アネットという幼少期からの婚約者がいるが、結婚が決まっているわけではない。
国家の一大事だ、貴族家の娘など構っている暇は無い。
なんとかティナと結婚できるようにクライブには言い聞かせなければならない。
クライブは、ティナと茶会をしていると言っていた。このまま仲を深めていけばいい。
シルベストは、これからのことを考え続けるのだった。
シルベストの思惑などティナは知る由もない。
狭い部屋から三人が出て行って、ホッと息を吐く。
なぜ国王が会いに来たのか謎だったし、いきなり王宮に住めと言われたり土下座されたりと、最初から最後まで訳が分からないままだった。
できれば二度と会いたくない。いつ不敬で処せられるかと、ヒヤヒヤしっぱなしだった。
疲れた……。
頭にちょうちょを乗せたままのスーをギュッと抱きしめる。みかんは膝の上だ。
頭から短い触手を出したスーが触手をブンブンと振っている。まるでしっぽのようだ。
頭から追い出されそうになったちょうちょが、冷めた目で見ている。
今日はもう学園に行かなくてもいいよね。
朝からドッと疲れて、後ろ向きな気分のティナだった。




