81 ティナ泣く
国王達が、いきなり部屋へと入って来て、ペット達と向き合っていた。
ペット達は言葉など喋れないのに、まるで話し合いをしているような雰囲気だ。
時々、国王やクライブが『まさか……』とか『そんなことが……』と、呟いて顔を青くしていると思ったら、いきなりみかんに対して頭を下げて謝りだしたのだ。
何が起こっているのかティナは驚く。
小さなスライムに対して、一国の王様が取る態度じゃない。
そして、かなりの時間が過ぎた後に、国王はティナへと顔を向けた。
「ティナ、今日から王宮で生活してもらいたい」
「えっ……」
国王から思いもしない言葉をかけられ、ティナは言葉が出ない。
国としては、何とか神獣を王宮に囲い込みたい、それも早急にだ。
しかしみかんだけを王宮に呼んだところで来てはくれないだろう。
みかんは自分を救ってくれたスーを慕っている。
ではスーとみかんをと言ったところで、ご主人様至上主義のスーがご主人様と離れることがないのは分かり切っている。
だったら、ティナごと王宮へ連れて行くのが一番だ。
ティナは年頃の女の子だから、美しい王宮に住み、綺麗なドレスを着て、美味しいお菓子に囲まれて過ごすことを喜ぶだろう。
そうシルベストは思った。思ってしまったのだ。
ティナは驚きに固まってしまっている。
国王陛下から、やんわりとした言葉使いだが、命令された。
生活しろと言われたから、寮から出て王宮に住めということだ。
どうして王宮に行かなければならないのかと、質問することは許されない。身分が違いすぎる。ティナは百姓の娘でしかないのだから。
国王の言葉に逆らうことなど出来ない。ただ従うしかないのだ。
ティナが最初に思ったことは、嫌だということ。
昨日、王子宮にお茶会のために呼ばれた。ほんの数時間のことだったがティナはこりごりしたのだ。
ドレスは苦しくて動きにくい。ハイヒールは痛い。化粧をされ、髪も結い上げられたから、顔が突っ張ったみたいで、表情を動かすのにも違和感があった。
そして何より、使用人が大勢いて、まるで監視されているみたいだった。一挙一動に注目され、気が休まる暇がなかった。
昨日着たドレスは、そのままティナの物になった。固辞したが、こちらの都合にティナを付き合わせたのだから、業務上の支給品と思ってくれとハロルドに言われた。
部屋のドレッサーにかかっているが、もう二度と着る機会はない。というか、着たくなかった。それに、もう王宮に行くことはないと思っていたのだ。
それなのに、そんな場所で生活しろと命令されてしまった。
ティナは学園の食堂で下働きをするために村を出た。
村を出る時は、本当に辿り着くことができるのか不安が大きかった。
王都までは、とても遠くて、何カ月もかかったし、その間には、怖いことも辛いことも、色々なことがあった。それでも頑張って何とか王都に着くことができた。
なぜか学園の生徒になってしまったけど、それでも念願の住む場所が出来た。
食事も摂ることができるし、ペット達と安心して眠るベッドもある。
やっと幸せに暮らしていけると思ったのに。
それなのに……。
自分には嫌だということすら許されない。
俯いたまま、ギュッと両手を握りしめる。
ポタリ。
ティナの手の甲に涙が落ちる。
(ご主人様?)
大人しくご主人様の隣にいたスーが、ご主人様の様子がおかしいことに気づき、慌ててティナを覗き込む。
そして、ティナが泣いていることを知る。
(てんめぇー、ご主人様に何をしたぁぁぁぁぁ!!)
スーの憤りが怒髪天を衝いた。
今までティナは、どんな辛いことがあっても、ポジティブに過ごしてきた。
凹むことはもちろんあったし、悔しがることもあった。
それでも笑っていたのだ。
そんなご主人様を泣かせたのだ。許せることではない。
スーの全身から威圧が放たれる。
自分自身ですらコントロールのできない強い感情が溢れ出す。
窓がカタカタと揺れだし、部屋全体の明るさが増したようにすら感じられる。
たぶん寮からも威圧は溢れ出し、近くに繋がれている従魔達を怯えさせているだろう。
「キャフッ」
スーの横にいたみかんが威圧に当てられ、なんとか耐えようとして身を低くする。
いくら神獣とはいえ、みかんは生まれたばかりだ。
「スー落ち着け」
グリファスが止めようとするが、スーには届かない。
シルベストとクライブは神獣グリファスの加護を受けている。
だから何とかスーの威圧に耐えることができているが、それでもピリピリとした波動を感じる。
シルベストは目の前にいるスライムのことを軽んじていた。
色々と話は聞いていたし、つい今しがたスーが神獣を助けたということも聞いた。
だが、それは全てが耳で聞く話でしかなかった。理解はしていたが、実感していなかったのだ。
それに従魔ではなくペットだと言われたが、違いなど分かっていなかった。どちらにせよ、主人からの命令に従うことしか出来ないのだと高を括っていたのだ。
目の前にいるスーのことを、他よりは大きいが、スライムでしかないと思ってしまっていたのだ。
(ご主人様を苦しめる奴は生かしてはおかない。今すぐ殺してやる!)
スーはシルベストへと今にも飛びかかりそうな勢いだ。
今までのスーはご主人様の前では愛らしいペットでいたし、そうあろうと努力していた。
だからご主人様の前で、荒々しいことを絶対にしなかった。
だが、ご主人様を泣かせたヤツを許してはおけない。
初めてスーはご主人様の前で、人族に攻撃をしようとしていた。
「大丈夫だスー。瞬殺して、詰め所の井戸に放り込めばバレはしないさ」
スーの頭の上から、ちょうちょが物騒な提案をしてくる。
ちょうちょもティナが泣かされたことに激怒しているのだ。柳眉を逆立てている。
(ジジイ、邪魔をするならテメェから殺るぞ!)
「殺ったれ、殺ったれ。思う存分加護を授けてやるぜ。レベル30の妖精なめんな!」
ちょうちょの身体から魔素が溢れ出す。
「どういうことだ……」
グリファスは二匹から向けられる敵意に驚きを隠せない。
この強さは何だ?
模擬試験の時とはまるで違うではないか、けた違いに強い。
まさか模擬試験の時は本気ではなかったというのか?
グリファスはスーとちょうちょがレベルアップしたことを知らない。
スーはレベル6になり、ちょうちょは一気にレベル30になっているのだ。
いくら二匹がレベルアップしようとも、神獣のグリファスに勝つことはできない。
だが、今のグリファスは人型だ。元の姿に戻るには、寮の部屋は狭すぎる。
それに身動きもままならない場所で、二人の人族を護らなければならない。
ティナを背中に隠すようにスーは前に進み出る。
ちょうちょの加護がスーの攻撃力をみるみる爆上げしていく。
いつもは可愛らしい黒い瞳は、強い光を湛え、身体の両側から触手が出てきた。
どうする、このまま戦闘するのはまずい。
グリファスは焦る。
「すまなかったぁっ! どうか許してくれっ!!」
いきなりシルベストがティナへと向かい土下座する。
クライブも正座して頭を下げる。
俯いていたティナは、大きな声に驚いて顔を上げ、目の前の国王を見て、腰を抜かしそうになってしまった。
「ど、ど、どうしたんですかっ。頭を上げてください」
「ティナのことを考えず、こちらの都合を押し付けてしまい、申し訳なかった。許してくれ」
「そんな、許すだなんて、恐れ多いです」
「ティナの嫌なことはしない! 思ったことを言ってくれ。ティナの望み通りにすると約束するっ!」
国王は必死だ。
生まれて初めて神獣が焦っているのを感じた。至上の存在の神獣が、取るに足らないスライムと妖精に対して、本気で困っているのだ。
国王は自分が重大な失態を犯してしまったことに気が付いたのだ。
シルベストは国王であり、国の頂点に立つ立場にある。だが今はそんなことに拘っている場合ではない。相手が平民の少女だろうと、頭を下げる。速攻で土下座だ。
頭ぐらい何度でも下げる。下げ続ける。
そんな国王を前に、ティナはどうしたらいいのか、オロオロと狼狽えている。
(ふん。ジジイ、命拾いしたな)
「まったくだ。これに懲りたらティナにちょっかいかけるんじゃねーぞ」
ペット達の戦闘態勢は一旦は収まったようだ。
だが、警戒心は残っているようで、国王へ向ける視線は厳しい。
「キュウ……」
(ん?)
隣から小さな鳴き声が聞こえて来て、スーはそちらへと視線を向ける。
「うわぁ、みかんがスーの威圧にやられちまってるぞ!」
スーの横にいたみかんは、スーが出した威圧をもろに受けてしまっていた。
つぶれた饅頭のような形になっている。
(おい、だいじょうぶか?)
スーは触手でみかんを突く。
「え?」
(は?)
「こんなことが……」
ゆっくりと元の形へと戻っていったみかんを見て、周りにいた者達全てが驚きに声を上げた。
スーの威圧を受けたからなのか、みかんは変わってしまっていたのだった。




