69 井戸
取り調べが終わり、ティナは騎士団から解放されたが、今度はクライブとのお茶会がある。
そのまま王子宮へと行くことになったのだが、問題が有る。
「そのまま王宮へと上がるのは、やはり……」
「まあ、そうだな」
ティナを見ながらトリカとハロルドは考える。
ティナは制服姿だ。王宮に上がるのに、ギリギリ許される最低ラインの服装だろう。学生服は礼服になるから。だが、その他が駄目だ。
髪の毛は梳って、後ろに一つ束にしているだけで、まとまってすらいないし、顔も朝洗っただけだ。手入れなどしていない。
身だしなみという点では、王宮には上がれない。
「よし、私がどうにかしよう。ティナ、一緒に来てくれ」
「え、えええ」
ハロルドがティナの手を引いて、どこかに連れて行く。
(ご主人様、待ってぇ)
「俺達も行くぞ」
スーとちょうちょは付いて行く気まんまんだ。
「畜生ども、レディの身だしなみに付いて行くのはご法度だ。そこいらで遊んでいろ」
トリカから冷たくあしらわれてしまった。
ご主人様からの命令以外、スーとちょうちょは聞き入れることはない。トリカの言うことなんて聞く耳を持たない。
だが、いつもティナに言われているのだ。トイレと着替えの時は離れていてねと。
いつも一緒にいたいのに、ご主人様のいいつけには従わざるを得ない。それが愛されペットの宿命だ。
スーとちょうちょはティナの支度ができるまで、しょうがないので、そこいらをプラプラすることにした。
だがプラプラの前にすることがある。
スーは触手を両脇から出すと、袋のちょうちょ結びを解く。
ゆっくりと袋から出ると、丁寧に袋をたたむ。
「おいスー、このリボンを取ってくれないか」
服を脱いだちょうちょが、頭のリボンが取れないらしくスーに頼む。
(付けたままの方がいいんじゃないか)
「いや、取った方が動きやすいから」
(そうか)
スーはちょうちょのリボンを取ってやると、自分の袋の上に大事に置く。
ご主人様から贈ってもらった、大切な服だから汚したくない。
ちょうちょの服と一緒に、大きな木の根元にそっと隠すように置く。
不思議なことに、ご主人様の作ってくれた服やリボンは、身に付けていると防御力がアップするという謎現象がある。
何度か服を着せられているうちに気が付いた。
もの凄くアップするわけじゃないが、地味にありがたい。
魔素の塊の妖精に、服を着せることができるご主人様だから、そういうこともあるのかもしれないな。で、済ませている。
だから、ちょうちょがリボンや服を脱ぐのを止めたのは、そういう意味でだ。
今からプラプラするのに、防御力は大事だから。
準備が整うと、プラプラの開始だ。
詰め所の裏へと入って行く。
(今日は天気が良くて、散歩日和だなぁ(棒))
「ここは緑も多くて、気持ちのいい場所だなぁ(棒)」
わざとらしく世間話をしているが、念話は人族には聞こえない。ただの気分だ。
気配を辿って奥へと進んで行くと、だんだんと気配は濃厚になってくる。
(ああ、分かった)
「スー、何か聞こえたのか?」
(ちょうちょには聞こえなかったのか?)
小さな小さな念話だが、スーには届いた『助けて』という声が。
目の前には古い井戸。
もう井戸としては使われていないのか、つるべは取り払われている。
そして井戸をグルリと取り囲むように魔法陣が敷かれ、四隅に魔石が置かれている。
井戸の中身が出てこないように蓋の役割をしているようだ。
「この魔法陣は厄介だな」
(ああ、どうしたものか)
スーとちょうちょは考え込んでしまった。
魔法陣は構造上、入る分には支障はないようだ。
魔石により強化されているが、こちら側からなら簡単に壊すことができる。
魔石を外せばいいだけだ。魔石が無ければ魔法陣は威力を保てないのだから。
だが、何かが出てくるのを防ぐための魔法陣だから簡単に壊していいものではない。
スーとちょうちょには、井戸の中に何がいるのか、まだ分かっていない。
一旦井戸の中に入ることも考えたが、この魔法陣はやっかいな作りになっているから、入ることは躊躇われた。
魔石をそのままにして中に入ると、出てくるのが難しい。なぜなら、この魔法陣は逆止弁のような作りになっているからだ。
入る時は入る物の重みで蓋が開き簡単に入ることが出来るが、逆からは魔法陣が作動し、蓋が閉じたまま動かなくなり、出られなくなるように設計されている。
スーだけが中に入ることも考えた。
出る時に、ちょうちょに合図を送り、魔石を動かしてもらうのだ。だが、魔素の塊のちょうちょが魔石に触れると、どんな反応が起こるから分からない。魔石に魔素を奪われるかもしれない。ちょうちょにとっては命の危険だ。余りにもリスクが大き過ぎる。
だが、スーは諦めきれない。どうにかしたかった。
助けを求める声が聞こえたのだ。
ご主人様ファーストで、それ以外どうでもいいスーにしたら珍しいことだ。
なぜなら、聞こえてきた声は、スライムのものだったから。
ちょうちょに聞こえず、スーにだけ聞こえたのは、そのためだったのかもしれない。
(どうするべきか……)
「おい、スー」
悩んでいるスーに、ちょうちょが声をかける。
(ああ、来たな。ちょうちょ、ステルスを使ってくれ)
「分かった。腹が減るが、王宮シェフ作のサンドイッチが待っているからな」
ちょうちょは、気配ごと消えてなくなる。
「スライムだけか。妖精はどこに行ったんだ?」
ブツブツと独り言をいいながら近づいて来たのはナッカ。騎士団の隊長だった。
妖精のちょうちょは希少種だ。捕まえれば利用価値は高いし、売れば金にもなる。
女の子の遊び相手にしておくのはもったいないと探しに来たようだ。
「ん、袋は脱いだのか? まあ、魔獣が大人しく袋に入っているわけがないか。嫌がって脱いじまったんだな。あの女の子も、スライムとはいえ、魔獣をままごと相手にしているのには笑えるな。少し頭が弱いのかもしれない」
ナッカの言葉に、スーのこめかみに怒りマークが浮かぶ(米神の位置は、ちょうちょにだけは分かった)。
「あーあ、スーを怒らせやがった」
ちょうちょは呆れた声を出す。
「スライムじゃあ、経験値の足しにもならないな。まあ、いないよりはましか。それにしても、このスライムはデカイな。よっと」
大人しくこちらを見上げていたスーを、ナッカは片手で持ちあげる。
スイカほどの大きさがあるスーだが、流石は騎士団の隊長をしているだけあって軽々だ。
「さあ、俺の可愛い従魔の栄養になってくれよ」
ナッカはそう言うと、スーを井戸の中へと投げ入れたのだった。




