64 ちょうちょのレベルアップ⑥
(ちょうちょ、駄目だっ!)
とっさにスーは触手を出すとちょうちょに巻き付ける。
「ぐわぁ、ががががっ」
ちょうちょの目は焦点が合っていない。
族長を喰らおうと、何度も口を開け噛みつこうとし、それが叶わずに触手から逃れようと暴れている。
族長は慌てて退く。
(ちょうちょっ、正気に戻れっ。妖精喰いなんかにならないって言ったじゃないか!)
「ちょうちょよっ、妖精を喰らえば、もう元へは戻れない。耐えろっ、耐えるんだっ」
「里から出れば元に戻れるはずだ。魔素のない場所に行くのだっ」
スー、族長、長老がちょうちょを正気に戻そうと、必死で声をかける。
そんな中、グリファスだけは、ちょうちょが元に戻ることはないだろうと思ってしまった。
身体はまだ妖精のままだが、このまま妖精を喰らうことがなくても、既に自我は無くなっている。
族長達が一匹目の妖精喰いを説得できたのは、何匹かの妖精を喰らい、ある程度食欲が満たされていたからなのではないか?
「まあ、ちょうちょさんどうしたの?」
今までスー達の言葉が分からないティナは、大人しく木陰に座っていた。
キラキラさん達が自分の作った服を着てくれて、ちょこんと枝に座っている様は、とても可愛らしい。喜んで見ていたのだ。
ちょうちょがいきなり暴れ出し、ビックリして思わずちょうちょの所へと駆け寄る。
(ご主人様、近寄ったら駄目だっ)
「ティナ、そいつは食欲に憑りつかれている。近寄ると危険だっ」
スーの悲鳴はティナに届かなかったが、人型になっているグリファスの言葉はティナに届いた。
「まあ、ちょうちょさんはお腹が減っているのね」
ティナはそう言うと、脇に置いていたリュックの中から包みを取り出した。
「ウフフフ、今日はキラキラさん達の里にお邪魔するからって、お弁当を持ってきたのよ」
ティナのリュックは妖精達の服が入っているだけにしては、やけに大きかったが、お弁当も入れていたようだ。
「お昼ご飯にはちょっと早いけど、そんなにお腹が空いているなら、食べてもいいわよ」
「ぐがあっ、があぁ、むぐっ!」
正気を失い、暴れていたちょうちょは、口を大きく開け、族長を喰らおうとしていた。その口の中へ、ティナはサンドイッチを千切ると突っ込んだのだ。
「うまい……」
「でしょう。絶対ちょうちょさんは気に入ると思ったのよ。実はね、クライブ様にお願いして、特別に王家のシェフからサンドイッチを作って貰ったのよ」
ニコニコと笑顔のティナ。
何時の間にクライブと仲良くなったんだよ! と、問い詰めたいが、今はそんな場合じゃない。ちょうちょがティナに危害を加えないか、スーは気が気じゃない。
触手で動けないちょうちょは、口をもぐもぐとしていたが、今度はティナに向けてアーンと口を開く。先ほどまでの族長を喰らおうとしていた時とは違い、焦点の合っていなかった目には、意志が宿っている。
「あら、甘えん坊さんね。はい、もう一口」
ティナはちょうちょの口へと、またサンドイッチを入れてやる。
「うん、肉の旨味が詰まっているし、野菜も新鮮だ。少し酸味もあって美味い」
「ちょうちょさんはグルメだものね。あら、スーさんも食べる?」
いきなりサンドイッチを評価しだしたちょうちょに、周りの皆は驚いて、声を出すことすらできないでいる。
(ちょ、ちょうちょ、正気に戻ったのか?)
「え、俺が何かしたのか?」
(お前、気づいてないのかよ、妖精喰いになろうとしていたぞ)
「ええっ、まさかっ! でも、何かを食べたくて食べたくて、食べること以外何も考えられなくなっていた」
ちょうちょは自分の変化に戸惑っている。
「もう儂らを食べようとは思わないのか?」
長老が問いかける。
食べられそうになっていた族長は、ちょうちょから随分と離れた場所にいる。
「今も押さえられない程の食欲があります」
ちょうちょは触手から手だけを出させてもらい、ティナから持たされたサンドイッチを頬張る。
小さい身体のどこに入るのかと思えるほどに食べ続けている。
「でも、その……、食欲はあるのですが、やっぱり美味しいものが食べたいのです」
「?」
ちょうちょは、ちょっとバツが悪そうだ。
「あの時は、自分では正気を失っていたとは気づいていなかったけど、ただ何か食べたくて、でも食べる物が無いって焦っていたんだ。何でもいい、すぐに口に入れたいって。だから隣にいた族長を襲ったんだと思う。でも自分では族長を襲ったなんて、ぜんぜん分かってなかった。族長だって思ってなくて、食べ物だと思ってた。ただただ食べたいそれだけだったんだ。でもティナがサンドイッチをくれたら、それが美味しくて、気持ちが治まっていった」
(はあ!? 真面目に長老の話を聞いていたのに違うじゃないか。魔素が食べたいんじゃないのかよ! 妖精喰いは、妖精に戻りたくて魔素の塊を食べたいんだって、言ってたじゃないか。俺のシリアスを返せ!)
スーが叫ぶ。
「え、俺は妖精だぜ、妖精に戻るってなんだよ?」
体調が悪く、話半分でしか聞いていなかったちょうちょは不思議そうだ。
(じゃあ、妖精喰いになりそうな奴には、何か食べ物を与えとけばいいってことなのか?)
スーがぐったりしている。
「妖精喰いになった者は、いきなりの食欲に我を忘れてしまい、一番近くにいた妖精を食べてしまったというだけなのか? 最初に妖精を食べてしまったから、その味を求めるようになるというのか?」
グリファスは納得がいかないようだ。
「ウフフフ、ちょうちょさん、もっと食べる? お腹が空いている時に食べるのが一番美味しく感じるものね。このサンドイッチは、ちょうちょさんの一番の好物になるでしょうね」
ティナがまたサンドイッチを千切って、ちょうちょに渡す。
ティナには周りの者達の話は聞こえていない。それなのにグリファスの疑問にちゃんと答えている。
(ちょうちょ、族長達を食べたいと思わないのか?)
「え、族長と長老をか? そもそも妖精を食べようなんて思わない。妖精は食べ物じゃないし、美味しそうに見えない。王宮のシェフが作ったサンドイッチの方を食べたい」
(そうか)
スーはホッとしてちょうちょから触手を外す。
「何というか、儂らは妖精喰いを恐れるあまり、妖精喰いの本質を知ろうとはしていなかった」
「もっと早くに気づいていれば、二匹目の妖精喰いを止めてやることが出来たかもしれなかった」
「それは仕方のないことだ、余りにも症例が少ないし、自分達の命の危険もあったからな」
悔やむ長老達をグリファスが慰めている。
(おい、ちょうちょ、腹が減っているからって食べすぎだぞ。自分の身体の大きさを考えろ)
食べ続けているちょうちょへスーが心配して声をかける。
「腹が減ってしょうがないんだよ。お前みたいにデブらないから大丈夫」
(何が大丈夫だ、人をディスってんじゃねーよ)
豪快にサンドイッチにかぶりつくちょうちょを見ながら、スーはホッと安心した。
だが、この食べっぷりでは羽が無くなって蛇にならなくても、太って飛べなくなるんじゃないかと思ってしまうのだった。
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