53 ワークス侯爵家
ワークス侯爵家は学園からそれほど離れてはいなかった。
仔どもの突飛な行動を危惧したスーは、カーバンクルの顔以外を飲み込んで移動していた。
一度食料(仮)にされていたカーバンクルは、慣れたものなので、顔をキョロキョロと動かしながら道案内をしている。
「さて、どこから入ろうか」
屋敷から少し離れた場所で一旦止まると、カーバンクルを吐き出す。
ワークス侯爵家は流石に高位貴族というだけあって、屋敷は大きいし、周りを騎士達が警備している。
(カーバンクル、どうする?)
「ここにいる奴ら全部嫌いだ。全員ぶち殺してやる!」
スーの問いに、カーバンクルの鼻息は荒い。
(それはいいが、まずはエリオットを確実に仕留めるべきだ。手前で騒いでいたら、その間に逃げられるぞ)
いくらカーバンクルがランクの高い魔獣だとしても、まだ幼い。
魔法特化型の魔獣だが、親離れを無理やりされられているから、魔法の使い方を親から習ってはいないようだ。
もう少し成長したら、おのずと魔法の使い方も分かってくるだろうが、まだ使うことはできない。今多くの人族に向かってこられたら、捕まってしまう。
それでもカーバンクルが自分で行動しなければならない。スーも手助けはするが、あくまで手助けだ。
ここが王都ではなかったら、魔獣除けの香や魔法陣が施されていたかもしれない。
だが、王都の中に魔獣が侵入してくることはないと、高を括っているのだろう。何も無い。
スーとカーバンクルは闇に紛れて屋敷に簡単に入り込む。
いくら騎士達が警戒をしているといっても、屋敷を網羅するなんてことは出来ない。
スーはやろうと思えば細長くなれるし、カーバンクルは頭さえ入る隙間があれば、そこから入ることができる。
カーバンクルの話では、屋敷の離れに獣舎があり、そこに閉じ込められていたから、エリオットの部屋は分からないとのことだった。
屋敷は広い。
エリオットの部屋を探すには、屋敷の中に入って探した方が早いだろうが、それだと人族に見つかりやすい。
外壁を伝って窓の中を覗き込むようにして探っていく。
警備をしている騎士達は、外から来るであろう敵に気を集中しているので、壁にへばりついている小さな影には気づかない。
今は帳が降り、部屋の中の方が明るい。外から覗き込むと部屋の中を見ることができる。だが部屋は広く奥の方までは見えない。
それでも次々と部屋を移りながら探せているのは、カーバンクルが嫌でも憶えているエリオットの臭いだ。
それを頼りに探っていく。
部屋数は多いが、真っ暗な部屋は飛ばしていくから、案外早くエリオットの部屋を見つけることができた。
4階建ての屋敷の3階中央よりの部屋。
そこがエリオットの部屋だった。
換気のために開けられていたのだろう、少し開いた窓から二匹はスルリと入って行く。
そのままカーバンクルが部屋の奥へと進んで行こうとするのをスーが止める。
部屋の中にはエリオットだけではなく、何人かの人族の気配がしていた。
見つからないように注意しながら奥へと進んで行く。
「馬鹿者がっ。従魔がいなくなっただと、どういうことだ」
「わ、私が救護室に行っている間に、従属の首輪が壊れて、従魔が逃げてしまったのです」
「そんなことがあるわけがないだろう。従魔が逃げ出すなど、聞いたことがないわっ」
「あなた、エリオットは体調が悪いのですわ。もう少し気遣ってあげて」
部屋の中には、ベッドに上半身を起こしたエリオットと、ベッド脇に男と女がいる。
男は大声で怒鳴り、女はエリオットの手をにぎっている。
「私のせいじゃない。従属の首輪がインチキだったんだ。せっかくテイマーとして学園に入学できたと思ったのに」
「そうよあなた、エリオットの入学はどうなりましたの? まさか不合格ではありませんわよね。ワークス侯爵家の者を落とすなどありえませんわ」
「テイマーで試験を受けていたのに、従魔がいなくなったんだ。失格に決まっているだろう」
「そんなっ。私のせいじゃない。首輪が壊れていたんだっ」
「なんてことなの、可哀そうに。大丈夫よ、お父様が何とかしてくださるわ。もちろんお母様もよ、安心していなさい」
女がエリオットの肩を抱く。
どうやらこの二人はエリオットの父親と母親のようだ。
「まったく高い金を払ったというのに、闇ギルドの奴らは、どう責任を取るつもりだ」
父親であるワークス侯爵はイラついている。
エリオットは貴族の息子として生まれてきたが、極端に魔力が少なかった。このままだとザイバガイト学園に入学することはできない。
学園に入学できないと、貴族としては失格の烙印を押されることになる。
エリオットの将来もそうだが、息子が落ちこぼれだとワークス侯爵家の外聞も悪くなる。
どの貴族家でもそうだが、代々続く貴族家では、魔力の少ない子どもが生まれることは稀にある。
そういう時には裏技を使う。それがテイマーになることだ。
闇ギルドに依頼し、従属された魔獣を買いとる。
魔力を取り込まなければ生きていけない従魔は、魔力の無い者が主になると、魔力の供給を受けることができなくて、弱って死んでしまう。
だが、学園に入学しさえすればいい。従魔が死んだとしても、退学になる前に外国にでも留学すればいいだけだ。
ワークス侯爵も闇ギルドから従魔を買った。決して安い金額ではなかったが、息子のためを思って払ったのだ。
それなのに、従属の首輪が壊れるなどあり得ないことが起こった。
闇ギルドに責任を取らせてやる。これが貴族の間に伝われば、信用問題に関わる。一番困るのは闇ギルドだ。貴族からの依頼は多いのだから。
「学園からは逃げ出した従魔を探し出せと言ってきた。従魔が何か問題を起こせば、それはテイマーの責任だからだと。だいたい魔獣を取り逃がしたのは学園ではないか。責任を押し付けやがって」
父親はいらいらが治まらないのか、声が大きくなるばかりだ。
「あいつらが連れてきた魔獣は不良品だった。だいたい仔どもの魔獣なんかを連れて来て、ちっとも言うことを聞かないし役に立たなかったじゃないか」
エリオットはテイマーになりさえすれば、従魔は自分のいいなりになると思い込んでいた。それなのに魔法特化型と聞いていた従魔は魔法を使わないし、自分に反抗的だった。
「まったくだ。仔どもの魔獣を連れてきた時に、突き返しておくべきだったな。親の魔獣を連れて来いと言ったら、殺してしまったとかほざいていた。死骸でも持って帰ってくれば、少しは金になっただろうに」
(あっ、カーバンクル!)
扉の影から話を聞いていた二匹だったが、ワークス侯爵の言葉に、激昂したカーバンクルはスーが止めるよりも先に飛び出していった。
「お前らがっ! お前らのせいで母さんは殺されたんだっ!!」
カーバンクルは叫びながら一番手前にいた母親に飛び付く。
「キャーッ、いやぁっ」
母親は何が起こったか分からないまま、痛みに悲鳴を上げる。
「魔獣だっ、魔獣が入って来たぞっ。騎士どもはどうしたっ!」
「うわぁ、こっちに来るなぁ」
ワークス侯爵とエリオットは襲われている女を助けるよりも先に逃げようと慌てて動き出した。
ドンドンドンッ!
「旦那様っ、どうされましたかっ」
「一体何がっ、開けてくださいっ」
「旦那様っ、ここを開けてください」
悲鳴を聞きつけた騎士や使用人達が扉の前に集まってきているようだ。
(立派な屋敷は扉も頑丈でいいねぇ)
扉が開かないように触手で押さえながら、スーは呑気に感想を述べている。
目の前では逃げ惑うワークス侯爵を追いつめて、カーバンクルが鋭い爪を突き立てている。
「ぐわぁぁっ」
いくら可愛らしい外見をしているとはいえ、カーバンクルは魔獣だ。
辺りにワークス侯爵の血が飛び散る。
「く、来るなぁっ。命令だっ、こっちに来るなぁ!!」
今まで命令を出し、散々カーバンクルを従えさせていたエリオットは、命令を出し続ける。
だが、従属の首輪が無いカーバンクルが従うはずはない。
ワークス侯爵が動かなくなり、ゆっくりとカーバンクルはエリオットへと向き直る。
小さな両の前足は、血でしとどに濡れている。
「ぎやぁぁぁ」
(案外、あっさりしているな。俺だったら、簡単には死なせないでネチネチいっちゃうね。まぁ、早く帰れるからいいか)
エリオットの悲鳴が響き渡る中、スーは扉を押さえながら、見守っていた。
エリオットの絶叫は一度きりだった。
目の前で母親を殺され、自分は奴隷にされた。その割にはカーバンクルの攻撃は鋭く、エリオットはすぐに絶命したようだ。
(おーい、そろそろ帰ろうか? それともまだ殺りたいヤツが残っているか?)
血塗れの部屋の中で、まだ興奮が治まらない様子のカーバンクルへと声をかける。
「いや、もういい……」
(そうか。じゃあ窓の所に行け)
スーは扉を押さえながら、自分も窓まで移動すると、触手を放す。
「旦那様っ、どうされましたかっ」
「何があったんだっ」
「きゃあああ、奥様ぁ!」
何人もの人族が部屋へとなだれ込んでくる。
目の前の部屋の惨状に驚き、次に倒れている者達が血塗れで、既に事切れていることに気づく。
窓際にはカーバンクル。
その全身には血をまとっている。
魔獣が何をしたのかは、余りにも明白だ。
「あれは、坊ちゃんの従魔だっ!」
「なんてことだ、従魔が主を襲うなんて!」
「従魔がなぜこんなことを、信じられない……」
皆、従魔が主を襲ったことを知った。
エリオットの従魔への扱いが酷いものだったのは、屋敷の者達は知っていた。だが、従魔は主には絶対服従だと思っていた。まさか報復をするなんて。
カーバンクルは、そんな者達を馬鹿にしたように一瞥すると、窓から飛び降りた。
そこにスーはいない。
一足先に部屋から出ていたのだ。
皆に襲った魔獣は一匹だったと思わせるために。
従魔が何をしても、それはテイマーの責任となる。
だからカーバンクルが主を殺そうと、その家にどれ程の損害を与えようと、それはテイマーが負うべきものだ。
もし、スーが少しでも関わっていることがバレれば、ティナが責任を負わされることになる。それだけは避けなければならない。
スーは、決して姿を見られるわけにはいかなかったのだ。
闇に紛れたまま、スーとカーバンクルは学園の寮へと帰って行ったのだった。




