27 入学試験・二次試験⑥
「そこに誰かいるのかっ」
草をかき分けながら、数人の男性が現れた。
探索者を連れたハロルドとニックだ。
森の中には何十人かの受験生と何人もの係員がいた。
魔獣が森に入り込んでいることが分かると、魔道具により係員全員に受験生達を保護するよう連絡が入った。係員達はすぐに受験生達を保護し、森から学園へと移動させていった。
ただティナとスーは迷いの森への入り口から、入ってすぐの場所で休憩していたため、森の奥にいた係員達や森の奥へと急いでいたハロルド達に気づかれず、保護が後回しになってしまっていた。
他の受験生たちが全員保護され、数が足りないと、その時になってやっと発覚した。
慌ててハロルドとニックはサーチャーを伴ってティナを探していたのだ。
レベルの高いサーチャーは、二体の魔獣の気配を察知した。まさか入り口のほんの近くだとは思いもしていなかった。
駆け付けてみると、ティナがスライムを抱いて泣いていた。
「魔獣の気配が一体になっています」
サーチャーの言葉に辺りを見回す。ティナの従魔以外の魔獣は見当たらない。
どこに行った? 自分達が近づいて来るのを察知して逃げたのだろうか?
「どこかに逃げたのか?」
「いえ、近くに魔獣の気配はありません。ほんの今まで魔獣は二体いたのに!」
サーチャーは不思議そうに気配を探っている。
「ティナ、大丈夫か? 従魔は怪我しているのか?」
「スーさん大丈夫? しっかりしてっ」
ティナはハロルド達のことに気づく余裕もないのか、ただ従魔のことを心配している。
見ただけではスライムに怪我はなさそうだ。
ティナの腕の中で身を捩るように震えているが、ハロルドには、それが苦しんでいるのかどうかは分からない。
テイマーと従魔は精神で繋がっているから、従魔が苦しんでいるのが伝わるのだろう。
「魔獣からやられたのか?」
魔獣にスライムが襲われたのか? もしかして主を護ろうとして庇ったのか? それとも主から立ち向かうようにと指示されたのか?
いや、攻撃方法が何一つないスライムが、魔獣と戦えるわけはない。
それに一次試験では知能が高いと思えたスライムだが、実際がどうなのかは、まだ分からない。主からの命令に本当に従うことができたのか?
それよりも魔獣はどこに行ったんだ?
ティナは襲われていないようだし、スライムは生きている。
あり得ないことだがスライムが戦って勝ったのだとしても、魔獣の死骸が見当たらない。近くに魔獣の気配も無いとサーチャーは言っている。
魔獣はどこに消えてしまったんだ?
「おい」
考え込んでいるハロルドをニックが肘で突く。
「どうした?」
「お前にも見えるだろう。妖精だ、妖精がいる。それも何体も。こんなに妖精が集まっているのを始めて見た」
ニックは信じられないと驚いている。
「デブスライム大丈夫?」
「どっか怪我したの?」
「デブスライム、頑張れ」
ティナの周りを妖精達が心配そうに飛び回っている。
魔力や能力が無ければ見ることすら出来ない妖精達だが、非力なため人族が近寄ると逃げてしまう。妖精が持つ特性のために人族が乱獲した過去もあるから尚更だ。
それなのに今の妖精達は逃げるどころか、ティナの周りから離れようとはしない。
ハロルド達は皆魔力が高い。妖精達の姿が見えるし、言葉は分からないが、心配しているのは伝わってくる。
(俺はデブじゃねーっ。デカイだけだっ)
痛みが治まってきたスーが怒鳴る。とは言っても念話だが。
(ご主人様、心配かけてゴメン。もう大丈夫だ)
スーは少し伸びるとティナにスリと身体を擦り付ける。
「もう大丈夫なの? 痛い所は無いの?」
スーとティナは従魔と主人という関係ではないが、付き合いが長い分、スーの変化がティナには分かる。
スーの苦しみが治まったのが伝わったようだ。
「良かった……」
(グヘヘヘ)
ティナが安心してスーへと頬ずりし、スーは脂下がっている。
「デブスライムがニヤニヤしてる。きしょーい!」
「良かったね、デブスライム」
「デブスライムってばデレデレしてる」
(だから俺はデブじゃねーって言っているだろうがっ。羽をもぎ取って喰うぞ!)
スーの体調が戻ってきたことを知って、妖精達が喜んでいる。
「ティナ、一体どうなっているんだ? 魔獣がいたのか? それにこの妖精達はどうしたんだ?」
「魔獣? ……っ、そうだわっ、蛇がいたのに、気が付いたらいなくなっていて。もう大丈夫なの?」
ハロルドの言葉に蛇の存在を思い出したティナは辺りを見回すが、もちろん蛇を見つけることはできない。
「蛇がいたのか?」
「はい、大きな蛇が近寄って来て、キラキラさんを食べてしまって……。え、あなたは試験監督さん?」
ティナはやっとハロルドから話しかけられていることに気づいた。
それも一次試験の時に、自分を助けてくれた人だった。
ティナはハロルドに促され、迷いの森に入った時からのことを話した。
森に入ってから、すぐに休憩したこと。
キラキラが寄って来て、嬉しくて一緒にいたら、蛇が近づいて来たこと。
蛇がキラキラを食べてしまったこと。
他のキラキラが蛇に食べられないように叫んでいたら、蛇が近づいて来たこと。
気が付いたら蛇がいなくなって、スーさんが苦しんでいたこと。
一生懸命ティナは話をするのだが、蛇がどうなったのか、一番肝心の部分が要領を得ない。
ティナが言っている蛇とは結局魔獣だったのだろか?
その蛇は何処にいってしまったのか? どうなってしまったのか?
ハロルドとニックは顔を見合わせる。全てが分からないままだ。
ティナという少女はスライムとはいえテイマーだし、妖精が見えている。きっと魔力が高いのだろう。
それに妖精の方からティナに寄って来ている。もしかして魅了魔法の常時発動能力持ちかもしれない。
だが、その能力は妖精だけに発動しているようだ。
自分達は、ティナの能力を知りたいと興味はあるが、ティナに好意を寄せているわけではない。それに、もし魔獣にも効果があるのなら、もう少しましな魔獣をテイムしているだろうから。
「ハロルド様、本部から連絡です。学園の方へ至急戻るようにとのことです」
サーチャーにインカムで連絡が入ったらしく、学園へ戻るようにと告げてくる。
最後の受験生であるティナがどうなったのか、本部も心配しているのだろう。
それに二次試験をどうするか、受験生全員を集めて検討する必要がある。
「ああ、分かった。ティナ、学園へ行こう」
ハロルドに促され、ティナはスーを抱いたまま、学園へと向かうことになった。