19 入学試験・一次試験②
「あっ、スーさん!?」
ティナの足元にいたスーは、ゲートへと向かう。
ゲートに結界が張られているのは分かっていた。スーには結界が見えていたから。
枠の上下左右四カ所に小さな魔法陣が刻まれており、そこに丸い小さな石を付けることで結界が張られている。あの小石は魔石なのだろう。
結界が破られる度に魔石を交換しているから、一回限りの使い捨てのようだ。
魔石とは永い時を経た植物の幹の中や、魔獣の体内にある、魔力の塊ともいえるものだ。
魔道具の動力源として使われるため、とても需要がある。冒険者の仕事の半数近くは、魔石を集める依頼と言ってもいい。
スライムは魔獣とはいえ、魔力がほぼ無いので体内に魔石を持ってはいない。
スーもスライムだがレベルアップし、能力が爆上がりしているから魔石が体内にあるかもしれない。だが自身には分からない。もしかしたらエネルギーの塊が身体の奥にあると感じているから、それが魔石なのかもしれない。
スーはティナが慌てて止める間もなくゲートに近づいて行くと、ピョンと跳ね上がって枠の最下部に乗り上げる。
本来だったら結界があり弾かれるはずなのに、そのままスーは枠の上に乗ってしまった。
ゲートを横から見れば、半分通り抜けた状態になっているのだ。
「え、スーさんはゲートを通れるの?」
ティナが驚きの声をあげる。
スーは結界が見える。
だから結界の隙間も見えている。
ゲートの枠は縦長の楕円形をしており、そこに四つの魔石を使って長方形の結界が張られている。だから上下に隙間ができているのだ。
隙間の大きさは、それほど大きくはない。せいぜい一番広い所で30センチぐらいのものだ。
だからスーは、少し潰れたような形になって、下側の隙間に挟まっている。
スーは身体をグググと伸ばす。
結界を下から持ち上げ、隙間を広げるために。
ティナは小柄な少女だ。スーが作った隙間を通れば、ゲートを通り抜けることができるだろう。
本当ならば結界を壊したい。
その方がよっぽど楽だ。
こんな弱弱しい結界なんて、少しの力を加えれば、すぐに壊れてしまうだろうし、それでなくても一カ所でも魔石を取ってしまえば結界は張れなくなる。
だが、人族は面倒くさい。
何か物を壊すと、すぐに弁償しろと騒ぎ出す。
今までも、魔獣を連れているというだけで因縁を付けてくるヤツがいた。
何かを壊された、何かを取られたと騒いで、ご主人様に弁償しろと詰め寄る。スーは何もしていないというのに。
ゲートを通ることができた受験者は結界を壊しており、その都度試験官が魔石を交換していた。弁償しろとは言われてはいない。だが魔獣を連れているご主人様は何を言われるか分かったものじゃない。
ご主人様を困らせるわけにはいかない。だから結界を壊さない。
スーはちゃんと分かっている。ご主人様は試験に通りたいと思っていることを。
試験に落ちたら悲しむだろう。
だから何としてもご主人様を試験に合格させなければならない。
ご主人様が悲しむことは全力を持って、その原因を排除しなければならないのだ。
それがご主人様に愛されるペットであるスーのやるべきことだ。
スーは隙間を広げたまま、ご主人様に向かって、小さな触手を出すと、クイクイと手招きする。
さあ、この隙間を通って下さいと言わんばかりに。
「結界は見えないけど……。まさか、そこに隙間があるの? ここを通れってこと?」
ティナの問いかけにスーは結界を押し上げたまま、それでも頷いてみせる。
さすが12年の付き合いだ。スーの言いたいことがティナにはすぐに伝わった。
ティナには結界は見えないけど、嫌という程に存在しているのを実感した。
押しても叩いても結界を壊すことも退かすことも出来なかった。通り抜けることが出来なかったのだ。
それなのにゲートにスーは乗っている。
スーだけだったら向こう側に行くことができるだろうに、結界を押し上げているのだろう、身体を一生懸命伸ばしている。
力の弱いスライムだから、命がけの行為なのかもしれない。
ティナのために……。
ティナは躊躇うことは無かった。
考える暇なんてなかったのだ。
二分なんて、あっという間だ。
試験に落ちるわけにはいかない。就職しなければ路頭に迷う。切羽詰まった状態なのだ。
すぐにティナは行動した。
スーが広げてくれた隙間に頭を突っ込んだ。
少し狭いのか、なかなか進んでいけない。
ジタバタともがきながらも何とか身体をねじ込んで行く。
スーも隙間をもっと広くはしたいのだが、あまり力を入れると結界が壊れそうだ。
ご主人様が通り抜けられずに困っている。頭、肩まではスムーズにいった。問題はお尻だ。
お尻の出っ張りが引っかかってしまっている。
しかたがない。
ご主人様に見えない場所から触手を出すと、そっとご主人様のお尻を押す。
痴漢と言われそうだが、必死のご主人様は、お尻の違和感には気づいていないようだった。
そして、何とか一人と一匹の努力は報われ、ティナはゲートを通り抜けることができたのだ。
「やった。やったわ。ゲートを通り抜けることができた!」
ティナは足元へと戻って来たスーを抱きしめる。
スーも嬉しいのか、身体を震わせて喜びを伝える。
「失格だ!」
「えっ!?」
試験官の言葉に、一人と一匹は驚きに試験官へと視線を向ける。
「どっ、どうしてですか? ちゃんとゲートを通り抜けることができました」
ティナはもちろん抗議する。
ゲートを通り抜ければ試験は合格だと聞いていた。
スーの手を借りたが、ちゃんとゲートを通り抜けることができたのに、どうして失格と言われなければならないのか。
「二分を超えている。ゲートに挟まったまま、何分かかったと思っているのだ。それにスライムを手伝わせるなんて、あり得ない」
「そんな……」
試験官はにべもない。
「で、でも、試験はゲートを……」
「煩い、失格した者が何を言っても、失格は失格だ」
ごねる受験生は多いのかもしれない。
試験官はすでにティナのことなど、もう相手にしていない。魔石を変えるためティナに背を向け、ゲートへと手を伸ばしている。
「スーさん、どうしよう……」
せっかく合格できたと思ったのに、ぬか喜びだった。
今日からどうやって生きていけばいいのか。
抱きしめたままのスーを、今度は悲しくて強く力を入れる。
抱きしめられたままスーは、ティナに見えないように触手を伸ばしていく。
試験官許すまじ。
試験官の頭を切り落としてやろう。
それともいっそのこと、ここにいる人族を全員始末してやろうか。
ご主人様を悲しませる原因を作った学園を壊してもいいな。時間はかかるかもしれないが、やれるだろう。
「ちょっと待て」
男性が現れると、試験官に声をかける。
男性と言っても、まだ若い。ティナよりも2~3歳上といったところか。
試験官とは違った制服を着ているので、もしかしたらこの学園の生徒なのかもしれない。
スーは舌打ちと共に(口も舌も無いが)触手を引っ込めるのだった。
※ 明日の投稿より、午後7時30分の予約投稿になります。
よろしくお願いします。




