17 試験会場へ
「えっとぉ。おばさんが言っていた看板ってこれよね」
ティナは抱っこしているスーを抱え直すと、独り言をつぶやく。
スーはティナの言葉に同意しているのか、嬉しそうに身体を震わせている。
ティナは同じ年頃の少女達と比べて少し小柄だ。
そのティナが通常サイズよりも随分と大きいスーを抱えているのだから重くてしかたがない。すぐにでも降ろしたいのだが、降ろすわけにはいかない。
王都には人が溢れている。人と人との間をすり抜けるようにして歩いているから、そんな中でスーを降ろせば、ティナの膝下の高さにも届かないスーと、すぐに離れ離れになってしまうだろう。
それに最弱とはいえ魔獣のスライムを見れば、何をされるか分かったものじゃない。蹴り飛ばされてしまったり踏みつぶされてしまうかもしれない。
だから、ずっと抱っこしたまま歩いていたのだ。
真っ直ぐ進んで来たが、十字路に辿り着いた。
大きな看板が立っている。ここを右に進めばいいのだろ。
看板には『王立ザイバガイト学園、入学試験会場、入り口はこちら →』と、大きな文字でハッキリと分かりやすく書かれている。
誰がどう見ても、この先が入学試験の会場だと分かる。入学試験だ、就職試験じゃない。だがティナには看板の文字が見えているが、理解してはいなかった。だって文字が読めないから。
「右に行けばいいんだよね。→もこっちだし」
看板の意味は分からないが記号は分かる。スーも記号は分かるのか、ティナの独り言に少し伸びて頭(?)を上下して頷いている。
少し進むと広い場所に出た。
おばさんの言う通り、大勢の人がいた。だが、なぜなのか皆並んでいる。行列ができているのだ。
列は数えてみると十列もあった。その列全てに百人以上は並んでいそうだ。
なぜ並んでいるの?
まさか、こんなに多くの人達が就職するために試験を受けに来たの?
ティナは目の前が暗くなる。
こんなに多くの人が試験を受けるのなら、自分が合格できるとは思えない。倍率が高すぎる。
でも、ちょっと待って。ティナは気づいた。
列に並んでいる人達は、色んな人がいる。男性も女性も、子どもも大人も。お年寄りもいる。
全員が食堂の下働きの仕事に就こうとしているとは思えない。
そうだ! きっと学園の色々な仕事に就くために並んでいるんだ。下女の仕事以外にも、たくさん仕事はあるだろう。
ティナと同じ年頃の女の子も並んでいるけど、全員が下女希望かどうかは分からないし、下女も一人じゃなくて、数人雇ってくれるのかもしれない。
ティナはお腹に仕舞っている紹介状を服の上からそっと押さえる。
村長は紹介状を渡してくれた時、ちゃんと雇ってもらえるからと言ってくれた。
どんな試験があるのかは分からないけど、下女になるために来ましたと言えば、その試験を受けさせてもらえるはず。
きっと大丈夫。真面目に一生懸命試験を受ければいいだけだ。
スーを降ろすと、そのまま一番手前の列の最後尾へと並ぶ。
「あのぅ、試験を受けたいんですけど、ここに並べばいいんですか?」
「おうよ。お嬢ちゃんも試験を受けにきたんだろう」
前に並ぶおじさんに聞いてみた。
「ちょっと遅くなっちまったな。これじゃあ自分の番になるのに何時間かかることやら。まあ試験は年に1度だけだから、大人数になるのはしかたがないか」
「えっ、今日だけなんですか?」
ティナは驚く。なんと就職試験は年に1度だけだなんて。
良かった。
何も知らなかったとはいえ、今日学園に来ることができて良かった。明日だったら1年待つことになっていた
「嬢ちゃんは初めての試験かい? 遠くから来たみたいだな」
「はい。ソノイ村から来ました」
「そうか、ソノイ村がどこにあるのかは知らねぇけど、はるばる来たんだな。試験に受かるといいな。俺は毎年受けているけど、なかなか難しいぜ」
「そうなんですか……」
目の前のおじさんは体格もいいし快活だ。
仕事もテキパキしそうだが、そんなおじさんですら毎年試験に落ちているだなんて。そんなに就職試験は難しいのだろうか?
「なんせ学園が求めているのは素質があるかどうかだからな。素質がありさえすれば、学園に入ることができる。そうすれば、もうエリートだ。少しの可能性にだって俺は賭けるぜ」
「素質……ですか?」
学園で仕事をするために必要な素質とは何だろう?
今のティナは素質というのが、特性と能力だということを知らない。特性とは持って生まれたもの。能力とは努力して習得したものだ。
自分にその素質があるのだろうか? 試験の時に聞かれても、素質自体を理解していないティナには答えようがない。
「嬢ちゃんも自分に素質があると思ったから試験を受けに来たんだろう? まあ、俺なんかは自分に素質があるかなんて分からないけど毎年受けているんだ。なんせ素質はいつ発現するか分からないからな。過去には60歳を過ぎてから発現して偉くなった人もいたらしいぜ」
「そうなんですか」
おじさんはおしゃべり好きなのか、並んでいることが退屈なのか、色々と話してくれる。何も知らないティナは、ただ聞くことしかできない。
「学園も、素質のある者は一人でも多く欲しいってことで、試験を受ける条件は、なーんにも無いんだ。性別も歳も関係無い。家柄も必要ないから俺みたいな平民の親父でも受けることができるってぇことだ」
「良かった」
田舎の農村の娘でも試験を受けることはできると分かって、ティナはホッとする。
「うおっ、スライムがいる。てっ、スライムだよな。なんかデカイくないか。まさか嬢ちゃんの従魔か? 嬢ちゃんはテイマーだったのか」
ティナの足元に大人しくしていたスーにやっとおじさんは気づいたようだった。
「テイマーってなんですか?」
初めて聞く言葉にティナは首をかしげる。
「知らないのか? テイマーっていうのは「注目してください! 只今より試験を開始しますっ!!」」
おじさんの話は、列の前方にいる制服を着た男性の声で遮られた。
試験官なのだろうか?
こんな遠くまで声が届くことに驚く。口に当てた筒のような物が声を大きくしているようだ。
ティナが不思議がっていると、あれは魔道具だとおじさんが教えてくれた。
魔道具! 噂には聞いたことがあったけど、高級品だということで村には無かった。やっぱり王都は凄い。
王立ザイバガイト学園の入学試験が開始されたのだった。




