15 王都到着②
「ぎゃあっ」
老婦人がいきなり悲鳴を上げると、ティナを掴んでいた腕を放した。
「どうしたんだっ!?」
「スライムよっ。このスライムが何かしたのよっ」
老人の問いに老婦人は答えるが、本人も何が起こったのか、よく分かっていないようだった。
ただ、スライムが動いたと思ったら、ティナを掴んでいた腕に強い痛みが走ったのだ。
スーは大人しくティナの足元に居た。
動き回らないし鳴かないスーの存在を、周りの者達は忘れることが多い。
スーがそう仕向けているから。
今まで魔獣である自分が一緒にいることで、ティナにはさんざん迷惑をかけてきた。だからこそ極力目立たないように自分の存在を消しているのだ。ティナから引き離されることがスーには一番恐ろしいことだから。
だが今は、そんなことを言っていられない。
こいつらはご主人様に何をしようとした?
ご主人様を売ると言った。売り飛ばすために王都に連れてきたのだと言ったのだ。
スーの半透明の青い身体は怒りにフルフルと震えている。
ご主人様に仇なす奴は許さない。悲しませるなんて万死に値する。
「スライムが何をしたっていうんだ? 噛みついたとでも言うのか」
「そうじゃないけど……」
老婦人は腕をさすっている。
「ふんっ、スライムなんぞ踏み殺せばいいだけじゃないか」
老人がスーへ向けて足を大きく振り上げる。
「やめてっ!」
ティナが慌ててスーを抱きしめ自分の身体で庇う。
老人の振り上げた足は、そのままティナへと降ろされた。
「ぐわぁっ」
ティナは蹴られると身体を固くしたのだが、痛みが走ることはなかった。代わりに老人の短い悲鳴が聞こえてきた。
「え……?」
何が起こったの?
老人へと視線を向けようとして、動けないことに気づいた。
身体が動かせないのだ。スーを抱きしめたままの状態で固まってしまっている。
全身が何かに包まれたような圧迫感がある。押しつぶされるような強さではないが、指一本動かせない。
スーに顔を押し付けた状態だったが、そこで固定されてしまい、顔どころか視線すら動かせない。スーの青い身体が見えるだけだ。ただ鼻や口は塞がれていないので息はできる。
そして音も聞こえなくなっている。老人の短い悲鳴が聞こえて以来、何の音も聞こえない。
一体何が起こったのか。
ティナは一生懸命身体を動かそうとしたが、ビクともしない。
ポンポン。
異常事態にティナはパニックになる。
泣きそうになった時、何かがティナの頭を軽く叩いた。
頭も何かに圧迫されているのに、その感覚があった。まるで安心させようとしているようだ。
少し落ち着いた。
動けないが、何か温かいものに包まれているのだと分かったから。
その温かさが安心感を与えてくれた。
「フフフ。まるでスーさんに包まれているみたいね」
どんなにしたって動けないのだから、身をゆだねるしかない。
小さなスーが自分を包み込むことなんてないのに、そんなことを思い、身体の力を抜いたのだった。
「ぐわあっ。いてぇっ。足がっ、足がっ!」
「やだっ。人を飲み込んだわよっ。に、逃げなきゃ。人食いスライムだわっ」
老夫婦は目の前で起こったことに驚愕する。
娘がスライムを庇って覆いかぶさったが、老人にすれば、そんなことを気にかけたりなんかしない。
娘を蹴って退かしてから、スライムを踏みつぶせばいいだけのことだ。
それなのに、足が娘に届くよりも先に痛みが走った。それも激痛だった。
スライムが何をしたのか老人には分からなかった。ただ足を抱えてのたうち回る。
スイカの大きさしかなかったスライムが、いきなり膨張しだすと、あっという間に娘を飲み込んだ。
スライムは物を食べるだけの魔獣だ。娘はスライムに食べられてしまった。その場に居た者達全員がそう思った。
最弱といわれるスライムが、人を襲うなんて信じられない。それに人を覆いつくすほど大きなスライムの存在も信じられない。
だが目の前に人を飲み込んで食べてしまったスライムがいるのだ!
いくら王都から出て運び屋をしている老夫婦だとしても、魔獣に慣れているわけではない。魔獣に対抗なんて出来るわけがないのだ。
いつこちらを襲ってくるか分からない。
「まっ、まてっ、置いて行かないでくれっ」
一人で逃げようとする老婦人へ、老人が引き止めるように手を伸ばす。
「待って、扉を閉めないでっ」
老人のことなど目にも入らないのか、老婦人は中年男が自分だけ建物の中に入ろうとしているのに気づくと、慌ててそちらに向かおうとする。
扉を閉められてしまったら逃げられない。
「ちょっと、離しなっ」
老人が老婦人の足に縋り付き、老婦人は動くことができない。老人の腕を振り払おうと何度も足で蹴る。
「ぐわっ」
中年男は扉の中へと入ろうとしていた。
その背中に袈裟切りされたかのような傷が付くと、辺りへと血が飛び散る。
扉に手をかけたまま、中年男はズルズルと倒れこんで行く。
「ぎゃあっ。足がっ、私の足があっ!!」
老人を振り切った老婦人は中年男へと向かって走っていたが、その場に倒れこむ。
そして、自分の足がひざ下から両方無くなっているのに気づいた。
驚きのためか、激痛のためか、そのまま気を失ったのか、動かなくなってしまった。
「ど、どういうことだ。何がどうなったんだっ」
老人が叫ぶっ。
何が二人に起こったのか分からない。
混乱してしまっているが逃げなければならない。目の前に人食いスライムがいるのだから。
老人は動かない足を、なんとか引きずりながら逃げ場を探す。
辺りには二人が流した血の匂いが充満している。スライムは匂いにつられて、そちらに行くはずだ、そのうちに逃げよう。
スライムがどちらに動くのかを見ようと目をむける。
そして老人は息を呑む。人を飲み込んだままのスライムの両脇から細長い鞭のようなものが出ているのに気づいたのだ。
ヒュンヒュンと動く鞭の先には血がこびり付いている。
まさか、この鞭が自分の足を傷付け、二人を倒したのか? スライムにそんなことができるのか?
だが、老人の疑問が解消されることはなかった。
目の前にいる異形のスライムから伸びる鞭が、老人へと襲い掛かってきたのだから。




