14 王都到着①
「スーさん、やっと着いたわね」
ティナは腕の中にいるスライムのスーに話しかける。
関所を通る時、ティナの心臓は張り裂けそうになった。
老夫婦の孫娘として19歳になる必要があったのだ。
何を聞かれるだろうか、疑われたらどうしよう。様々なことを考えたが、思った以上に簡単に関所を通過することができた。
なんせ関所の兵士のやる気はゼロだったから。
身分証の木片をチラリと見ただけで、裏返すことすらしなかった。老婦人と並ぶティナのことを見もしなかったのだ。
こんなことでいいの? 王都の安全を担っているのよね。ティナは心配になってしまった。
それでも関所を通り抜けた時、ティナは安堵のために座り込みそうになったのだった。
「ありがとうございます。無事に王都に入れました」
ティナは頭を下げる。
これで就職先に行くことができる。
ソノイ村を出て一月近くが経っていた。
キャラバン隊に置いて行かれた時は、どうなることかと思ったが、老夫婦に出会えて本当に良かった。
「お礼なんていいのよ。それじゃあこのままティナの就職先に送って行くわ」
「え、そこまでしていただかなくても……」
「あら、王都に入ることが出来たと言っても王都は広いわよ。今日中に就職先に着けないかもしれないわ。それに就職先の場所は分かっているの?」
「いいえ……」
老夫人から言われたことは、その通りだったからティナは何も言えなくなってしまった。
村長から貰った紹介状には就職先の名称は書かれているが、住所は書かれていない。ましてや地図なんて入ってはいない。就職先が、どこにあるのかティナには分からない。
この場所から、どれぐらい歩けばいいのかなんて分かってはいないのだ。
「遠慮なんて必要ないわ。さあさあ馬車に乗って」
「早く乗らないか」
関所を通るために一旦降りた馬車へと、また乗るようにと老婦人から促される。
御者台に登った老人からは、ぶっきらぼうな声が掛けられたが、それが優しい気遣いなのだと、ティナはもう知っている。
「ありがとうございます」
ティナは頭を下げると老夫婦の申し出を受け入れ、馬車へと乗り込んだ。
こんなに良くしてもらっているのに、何一つ持っていないティナは、お返しも、お礼をすることも出来ない。それが歯痒い。
働き出して給料をもらったら、何かプレゼントできればいいのだけど。
「あら、スーさんのたん瘤が治っているわ。良かったわね」
馬車に揺られながら、手持ち無沙汰で無意識にスーの頭を撫でていたティナは、スーの頭にあった、たん瘤が無くなっていることに気が付いた。
頭から出していた触手をシルバーモンキーから食い千切られ、引っ込めることが出来なくなって出来ていたたん瘤だ。
薬を付けたり治療もしていなかったが、自然治癒したようで、もう痛みも無い。
スーはティナに撫でられご満悦で、ティナの手にグイグイと自分の身体押し付けて、もっと撫でろと催促している。
「本当に不思議だわ。スライムにしては大きいし、人に懐くだなんて」
老婦人はティナとスーを見て、同じことを何度も繰り返している。なぜなら魔獣が人に懐くことなんてないはずなのだから。
馬車は大通りを走る。
道の両脇には屋台や出店が所狭しと並んでいるし、人も多く賑わっている。
村で一番人でにぎわう祭りの時ですら、こんなに多くの人を見ることは無かった。目を丸くするティナに、これが日常なのだと老婦人が笑って教えてくれる。
馬車が進み続けると、街並みが変わっていった。
住宅街というわけではない。先ほどのように店が並んでおり看板も掲げられている。文字の読めないティナには何が書かれているのかは分からない。
全ての看板が色とりどりなのだが配色が派手でケバケバしい。それに女性の絵が描かれている看板も多くあるのだが、その女性の格好があられもない。ティナは目のやり場に困ってしまう。
この通りの雰囲気が好きではない。
そして全ての店が閉まっているようで、人気もまばらになっている。
ひと際大きな看板を掲げた店の脇道へと馬車は進んで行った。
脇道に入った瞬間から饐えた臭いが漂っており、辺りにはゴミが散乱している。
華やかな王都の中に、こんな場所があるなんて。こんな場所に自分の就職場所があるのだろうか?
「あらあら心配しないで。王都と言っても色々な場所があるわ。ティナもすぐに馴染むことができるわよ」
ティナの表情から、不安に思っているのが分かったのか、老婦人がティナの両手を握ってくれる。
ガタン。
小さな振動と共に馬車が止まった。
大きな建物の前だ。裏側なのだろう、小さな扉がある。それほどまで古くはない建物なのに荒んだ雰囲気がある。
ここが自分の就職先なのだろうか? 嫌な予感がする。
老人が御者台から降り扉をノックすると、すぐに体格の良い中年の男が出てきた。
着崩した服、伸びた髭、清潔感など欠片も無い。どう見ても堅気には見えない。
「おいおい、なんて時間に来るんだ。やっと店を閉めて、今から眠ろうとしていたところだぜ」
「ヘヘヘ、申し訳ないです。ですが少しでも早く商品を買ってもらおうと思いましてね」
今まで寡黙でぶっきらぼうだった老人が、中年男には媚びるように話しかけ、愛想笑いまでしている。
ティナは老人の変わりように驚いてしまった。
「ほう、おまえが運び屋の仕事じゃなくて、自分から商品を売りに来るとは珍しいな」
「そうなんですよ。運び屋の仕事で王都から出ていたら、帰り道で向こうから飛び込んで来たんですよ」
「そりゃあラッキーじゃねえか。だがよく関所が通れたな。やる気がなさそうにしていても兵士らはプロで良く見ているからな」
「そこに抜かりはねぇですぜ。自分の孫娘ってことにしましたからね」
「ワハハハッ、そりゃあいい。お前に孫娘がいるなんて初めて聞いたぜ」
「ちょうど家族用の身分証を持っていましたんでね」
「さすが運び屋だ。いったい何枚の身分証を持っているんだ?」
「こういう商売ですからね。備えは欠かしませんぜ」
男二人は笑い合っている。
男達の声は大きい。話の内容がティナにも聞こえてくる。
話の内容は理解できないが、老人は運び屋だと言っている。それが仕事なのだろうか? 国境に嫁いだ孫娘に会いに行ったと言っていたのに……。
不安が押し寄せてくる。
「ああ、やっと着いた。もう本当に子どものご機嫌取りなんてうんざりだわ。ほら、降りるんだよ。さっさとしなっ」
老婦人の雰囲気もガラリと変わってしまった。
いきなり怒鳴られ、ティナは慌てて馬車から降りる。
「まだまだガキだな。いくつだ?」
「14って言ってましたよ」
近づいて来た中年男の問いに、ティナではなく老婦人が答える。
「いいねぇ。10年は使えるな。それに生娘みたいだから、初物好きが高い金を出すぞ」
「そうでしょう、そうでしょう。その分は上乗せしてくださいよ」
中年男に老人は揉み手をしながらニヤニヤと笑っている。
「あっ、あのここは何処ですか? 私の就職先ではないですよね」
ティナの就職先は村長が伝手を駆使して探してくれた、ちゃんとした所だ。こんな荒んだ雰囲気の場所ではない。
「まぁだそんなことを言っているのかい。どれだけおめでたい頭なんだよ。まあだからこそ見ず知らずの他人の馬車にホイホイ乗っちまうんだろうけどさ。小さい頃に親から教えてもらわなかったのかい。知らない人に付いて行っちゃ駄目だってね。アハハハ」
ティナの問いに老婦人が声を上げて笑う。
「今日からお前はここで働くんだ。どうせ働くために王都に来たんだから、丁度いいじゃないか。場所がちょっと変わっただけだ」
「そうだぜ。おまんまもちゃんと食えるし、客が付けば綺麗なドレスだって着られるようになる。そんなに悪い場所じゃねぇぜ。それにしっかり働けば、誰かが身請けしてくれるかもしれねぇしな」
「身請け?」
中年男の言う言葉の意味が分からない。
近づいて来る中年男が恐ろしくて後退ろうとするが、老婦人に腕を掴まれて動けない。
「嫌ぁだ、まだ分かってないのかい。お前は売られたんだよ、私達にね。お前のおかげで、私達の懐があったかくなるってことだよ。ありがとうね」
老婦人は嘲るような笑顔をティナへと向けると、ティナを掴む力を強くする。
ここは娼館?
私は売られたの? 騙されたんだ。
ティナは絶望する。
優しく話しかけてくれたのも、気遣ってくれたのも、自分を売り飛ばそうと思っての演技だったのだ。
そう思うと悲しみが押し寄せ、ティナは大粒の涙を流すのだった。




