番外編 ペット達からのプレゼント・その後
オーバーラップ様より、書籍化していただきました。
「やってらんねぇ」
ちょうちょは、やさぐれていた。
(見てみろ、俺の可愛らしさを!)
ちょうちょに反してスーはごきげんだ。
スーとちょうちょは、またも服を着せられていた。もちろんティナの手作りだ。スーは袋詰めスライムだし、ちょうちょは頭にリボンまで付けられている。
ティナはペットに服を着せない派だったのに……。ちょうちょは、うんざりとため息を吐く。
嫌がっているちょうちょだが、服を脱ぐことはしない。脱いだらスーが煩いのは分かっているが、それ以前に自分のためだと理解しているからだ。
今日はクライブとのお茶会だ。王宮に行くのをティナが嫌がるので、学園内の学食のVIPルームにお呼ばれしている。
しかし、衛生管理上、食堂に魔獣及び妖精は入ることができない。それを王子権限で無理やり入れてもらうので、せめてペット達に服を着せてくれとのことなのだ。
服を着たくない。元々妖精は可愛い系なのだ、こんなファンシーな格好なんかしなくていいじゃないか。ちょうちょは拒否したいが、王宮シェフのサンドイッチは食べたい。もの凄く食べたい。
「今だけだ……」
自分に言い聞かせる、ちょうちょなのだった。
ザイバガイト学園の学生食堂はさすが王立学園というだけあって、学食とは思えないほどの豪華な作りをしている。だが、その奥にあるVIPルームは学食を超越している。キラッキラだ。ものすっごくキラッキラなのだ。
ティナとペット達はクライブから呼ばれて何度かこのVIPルームでお茶会をしたことがあるが、余りの高級感にティナは慣れることはない。いつも固まってしまっている。
(おい、毎回毎回サンドイッチだけじゃ飽きたぞ。王子なんだから豪華な食い物を出してくれ)
「サンドイッチは大盛だ。バリエーションも多くしてくれ」
スーとちょうちょはお呼ばれしてもらっている側だが要望が多い。
「来た早々煩いな」
(出たなジジイ)
「わざわざ人型でお茶を飲むな」
グリファが青年の姿で優雅にティーカップを手にしている。お茶会に参加するようだ。
「今日はお茶だけではなく食事も用意した。楽しんでもらえると嬉しい」
スーの念話は人族には通じないが思いは伝わったのか、主催者であるクライブの言葉通り、テーブルには茶器やサンドイッチの他にも様々な料理が並べられた。
テーブル中央にはメイン料理なのだろう、クローシュと呼ばれる銀色の蓋がされた大きな皿が置かれた。
(お、なんだなんだ。肉か?)
「ステーキの挟まったサンドイッチじゃないか?」
メイン料理を見ようと、スーは袋から出ている部分を少し伸ばし、ちょうちょは直にテーブルに座っていたが立ち上がる。
ペット達は肉が好きだ。
王宮シェフは、そんなペット達のことを、よく分かってくれていて、いつも肉メインのサンドイッチを出してくれる。魚の時もあるが、それはティナやクライブのことを考えてのことで、そんな時は肉のサンドイッチも一緒に出てくる。
スーとちょうちょが期待の籠った目をメイン料理に向けると、給餌が恭しくクローシュを持ち上げる。
(なんだーっ!?)
「お前は……」
大皿の中には、ステーキもサンドイッチも盛りつけられてはいなかった。きのこが盛りつけられていたのだ。
(なんでお前がメインディッシュになってんだよー)
「ええぇ……。焼かれたの? 煮られたの?」
先日、スーに噛みついた走り茸が、スー達の方を向いて横たわっていた。自分の腕(?)で腕枕をし、上側の腕でスー達へヒラヒラと手を振ってみせる。セクシー……、なのか?
クローシュを持ち上げた給餌がギョッとした顔をしているから、走り茸がメインディッシュではないようだ。
よく見ると、走り茸の周りに食い散らかされたステーキの残骸がある。きのこのくせに肉食なのか?
「今日は、きのこのお料理なのね。あら、このきのこには泥が付いているわ。採ってきたばかりなのね。生で食べるのかしら?」
ティナが皿を見ながら不思議そうな顔をしている。
(ご主人様、こんなきのこを食べたらお腹を壊します!)
12年間一緒に暮らしてきたスーは知っている。ご主人様にはワイルドな一面があることを。きのこを生で食べることぐらい、どうってことないのだ。袋から出ている1/3で必死に止める。
ピョン!
横たわっていた走り茸は勢いよく立ち上がると、皿から飛び出す。
ティナは走り茸のことを食べられないと判断し、新たなサンドイッチを手に取っていたのだが、その手元へと走り茸が近づいて来た。
(あっ、こらっ、ご主人様に近づくな!)
走り茸の走るスピードは速い、幻のきのこと言われる所以だ。スーが止めるよりも先にティナの袖口を引っ張っていた。
「まあ、元気なきのこさんね。あら、このきのこさん、スーさん達がプレゼントしてくれたきのこさんに似ているわね」
ティナの言葉に走り茸は頷く。まるで人族の言葉を理解しているようだ。そのままティナの袖口をグイグイと引っ張り続ける。
「まあ、何かあるのかしら?」
いくら鈍……ゲホンゲホン。大らかなティナでも、走り茸が何かを訴えているのが分かった。
「そのきのこは、ティナに一緒に来てもらいたいらしい」
きのこは魔獣ではないし獣ですらない。念話はできないはずだ。だが神獣グリファスには走り茸の言いたいことが伝わったようだ。
「まあ、一緒に行きたいの?」
走り茸は大きく頷く(傘が上下に動いた)と、テーブルから飛び降り、今度はティナのスカートの裾を引っ張る。
(ご主人様をどこに連れて行くつもりだ?)
グイグイ。
スーの言葉を走り茸は聞いちゃいない。一生懸命ティナのスカートを引っ張っている。
「まあまあ、そんなに引っ張らないで」
小さなきのこ(きのこにすればとても大きい)の必死の訴えに、ティナは椅子から立ち上がると、食べかけのサンドイッチを手に持ち、きのこに導かれるままに付いて行こうとしている。
(ご主人様っ、そんな植物の言うことを聞いちゃ駄目だ!)
スーは叫ぶが念話はティナに届かない。因みに走り茸は植物ではない。ただ、きのこは菌類だが、走り回っている走り茸が菌類なのかは不明である。
「どこに行くのかしら?」
ティナは引っ張られるままに進んで行く。走り茸が一生懸命にミトンのような小さな手でスカートの裾を引っ張っているのを無下に振り払うことができないのだ。
スーとちょうちょは慌てて服を脱ぐとティナの後を追う。服を着たままだと動きにくいしスーは触手が出せない。
走り茸は当たり前のように『迷いの森』への扉を開く。人が出入りするために作られた扉は大きい上に侵入者防止用の魔法がかけられているというのに。
「ふむ。走り茸は魔法が使えるのか? 知能も高いようだし興味深いな」
(ジジイ、考察するぐらいなら、きのこを捕まえてじっくり観察しろよ)
「王子も付いて来るのかよ」
ティナの後を皆でゾロゾロと付いて行く。クライブも一緒だ。
スーにすれば大切なご主人様のスカートを掴む走り茸を全力で弾き飛ばしたいのだが、可愛いペットはご主人様の前で荒っぽいことをしない。グリファスに捕まえろと訴えているが、グリファスは顎の下に手を当て、走り茸を見ているだけだ。成り行きを面白がっているのだろう、ちょうちょが呆れた視線をグリファスに送っている。
『迷いの森』を進んで行く。妖精の里とは反対方向だ。森の中は道を整備してあるわけではないため、ティナは悪戦苦闘している。
今回はクライブがティナの手を取り手助けをし、隣でスーが頬を膨らませている。(身体全体が膨れている)
「まあ」
目の前に現れたのは大きな蜘蛛の巣だった。人族であるティナの背丈ぐらいの大きさがある。
よく見ると、下のほうに走り茸が引っかかっていた。
(お前の仲間なのか……)
ティナのスカートを掴んでいた手を離すと、走り茸は仲間へと走り寄る。
引っかかっていた走り茸は蜘蛛の糸に絡まったまま、じっとしていたが、仲間が助けに来たのが分かったのだろう、何とか巣から離れようともがきだした。
木の影になっていたから気づかなかったが、大きな蜘蛛がいた。
『迷いの森』にはスライム以外の魔獣はいないし獣もいない。そのせいなのか植物や虫がちょっと違うようだ。なぜかきのこは走っているし、少し生態系がおかしいのかもしれない。
体が男性の拳ほどの大きさのある蜘蛛が巣の振動により餌が巣にかかったことを知ったのだろう、スルスルと降りて来た。
走り茸は巣に引っかかった時、蜘蛛が近づいて来たが、じっと耐えて動かなかった。蜘蛛は視力が弱い。それに走り茸は蜘蛛の好きな虫の匂いがしない。蜘蛛にすれば木の葉や小枝が枝に引っかかったと思ったのだろう。走り茸に襲い掛かることはなかった。
何とか生き延びていた走り茸は、仲間が来てくれた嬉しさから動いてしまった。また動くのを止め、蜘蛛が去っていくのを待つとしても、走り茸の体力が持たないだろう。どれくらいこのままの状態なのかは分からないが、走り茸は走らなければ体力が落ちて死んでしまう。
蜘蛛は糸に絡まったままの走り茸へと近づいて行く。
走り茸は素早く走ることができるし、スライムに噛みつくほどに気性が荒い。だが仲間を蜘蛛の巣から解き放つことも、蜘蛛を倒すこともできないのだ。
走り茸は仲間を助けてくれと、身振り手振りでスー達に助けを求める。
「スー、助けてやれよ」
(えー、でもきのこ、俺に噛みついたんだぞ)
ちょうちょの言葉にスーは渋っているが、スーが両脇から触手を出しているのにちょうちょは気づいていた。
「やだ、もしかして蜘蛛の巣に絡まっているのは、きのこさんのお友達なの? どうにかして助けてあげられないかしら」
念話すらできない走り茸だが、必死のジェスチャーがティナに通じたのかもしれない。
ティナは虫を忌避はしていないが、これほど大きな蜘蛛は嫌いというか怖い。どうすればいいのか困ってしまった。
(かしこまりーっ。ご主人様、お任せくださいっ)
スーにとっては、ご主人様が一番だ。ご主人様が困ることは愛されペットが解決する。それが務めというものだ。
「いい言い訳ができたな」
(そんなんじゃねーし)
茶化すちょうちょに、あくまでも可愛らしい触手を出したスーは言い返す。
走り茸は蜘蛛の巣の一番下に引っかかっている。ピョンとご主人様の前に出ると、自分の身体を盾にして先端を鋭い刃物にした触手を見せないようにする。そのまま走り茸の周りの蜘蛛の巣を切り裂いていく。
シュパッ!
いくら大きな蜘蛛の張った蜘蛛の巣とは言っても、しょせん虫は虫でしかない。スーの触手により、簡単に走り茸は蜘蛛の巣から解放された。
スーは反対の触手で走り茸を掴むと、クライブに蜘蛛の巣が巻き付いたままの走り茸を投げつける。
「うわっ」
いきなり走り茸が飛んで来て、とっさにクライブは走り茸を掴んでしまう。
神獣の加護のあるクライブは、ちょっとやそっとでは傷つくことはないが、糸に絡まったままのベタベタの走り茸を掴んでしまい、表情筋が仕事をしていない顔を少し曇らせる。
「走り茸の蜘蛛の巣を取ってやれ」
グリファスがスーの言いたいことを吹き出しそうになりながら代弁してくれた。
スーの触手がいくら自由自在に動くと言っても、巻き付いた蜘蛛の巣を取ってやるという繊細なことはできない。そのためにクライブに頼んだのだが、スーの本心はベタベタしている蜘蛛の巣を触り続けたくないだけだ。グリファスにはそのことが分かっているのだろう。
(終わりました! ご主人様、さあ帰りましょう)
仕事が終わったとばかりにスーはティナへと笑顔(?)を向ける。
「おい、蜘蛛をどうするんだ。このままでいいのか?」
(へ、このままって何だ? 何かする必要があるのか?)
ちょうちょの問いかけにスーは不思議そうな顔をする。
「いや、やっつけないのか?」
(何でだ? 俺らが勝手にやって来て、いきなり奴の巣を壊したんだぞ。その上、餌まで奪ったんだから、蜘蛛が怒るのは分かるが、俺らがやっつけるのはお門違いだろう)
スーは、当たり前じゃないかと言わんばかりだ。
蜘蛛は大きいが走り茸とは違って知能は低いようで、自分の巣が壊されてしまったことに気づいているのかいないのか、巣の上で次の餌がかかるのを待っているようだ。
(悪いな)
スーは蜘蛛に謝る。走り茸のために一部とはいえ巣を壊してしまったが、直してやることはできない。
「蜘蛛さん、巣を壊してしまってごめんなさいね」
大きな蜘蛛の巣は何本もの木の枝を使って貼られており、壊されたと言っても最下部の一カ所だ。支障はそれ程でないだろうが、ティナは枝の上の蜘蛛の巣にそっとサンドイッチを乗せる。
ティナは走り茸からいきなり引っ張られた時、手にサンドイッチを持ったままだった。慌ててハンカチに包んでポケットに入れていたのだ。
蜘蛛は巣が動いたことに気が付くと、サンドイッチへと近づいて行く。美味しそうな匂いがしたのだろう、新たな糸を出してサンドイッチをグルグル巻きにしだした。ティナはホッと笑顔を見せる。
蜘蛛の巣を取ってもらった走り茸は元気になったようで、スー達を呼びにきた走り茸と共に、小さなミトンの手を一生懸命振りながら森へと帰って行った。
スー達もやっと学園へと戻ることができたが、時間が経ちすぎて、お茶会はお開きとなってしまった。
次の日、脱ぎ捨てたスー達の服と共に、王宮シェフのサンドイッチが大きなバスケットに入れられティナの寮へと届けられた。クライブが手配してくれたようだ。
(結局メイン料理が食べられなかったな)
「まあ、王宮シェフのサンドイッチが届いたから、よしとするか」
バスケットを受け取ったティナが、期待にワクワクと目を輝かせる二匹の前でバスケットの蓋を開ける。
ピョコリ。
(なんでお前が出てくるんだよー)
「増えてるし……」
バスケットから顔(?)を出したのは走り茸。それも二体(?)だった。
二体揃って、こちらに小さな手を振っている。
(まさか……。あーっ、テメェ、サンドイッチを喰いやがったな!)
「俺のサンドイッチ!!」
バスケットの中には、食い散らかされたサンドイッチの残骸が……。
「まあ、きのこさん達、元気そうね」
ティナだけが、走り茸へと笑顔を向けるのだった。




