第20話 フラグ案件
王城裏手の広場では、騎士たちの模擬戦が行われており、その中心には大剣を背負ったロルフが立っていた。
「寝ているヤツは命が惜しくないんだな」
そう言って剣を振るうと竜巻が起き、兵たちは吹き飛ばされた。
「倒れるのは死んだ時と、惚れた女の隣で眠る時だけだ!力が及ばねぇなら頭を
使え!足も頭も止まったヤツは悪い事は言わねぇ。除隊しろ」
快調に暴れまわっていたロルフだったが、とり囲んでいた兵が急に道を開け、
吐き気がするような威圧感が近づいてきた。
「だったら俺が寝かしつけてやろうか?」
兵士の向こうからやってきたのは、不機嫌オーラを垂れ流すヴィルヘルムだった。
「魔術師は魔法障壁の中で暴れろよ。グラウンドが使えなくなっちまう」
「ほぉ、監督不行き届きが問題を棚上げにするか…」
ロルフは面倒そうに頭を掻きながら
「…また兵士がなんかやらかしたのか?」
「やらかしたのは、貴様の弟のレオン・ヴェッティンだ」
言われた途端に手がピタリと止まった。
「……ウソだろう…もう遭遇したのか?」
「貴様、なぜレオンが在学中だと言わなかった!」
ロルフは質問には答えず、副官の方を見た。
「おい、ベン。悪いが席を外す。後は頼んだ」
「お話でしたら魔術棟の方でお願いします。年中補修の騎士棟は修繕費用が足りておりませんので」
筆頭宮廷魔術師が魔力暴走を繰り返し、障壁の中で仕事をしているのはコチラでも有名だ。
しかも魔女に魅了魔法をかけられたという面白おかしいウワサまで囁かれている。
ニタニタ笑うベンヤミンに見送られながら、一番安全性の高いヴィルヘルムの執務室を目指したのだが、しびれを切らして話しかけてきた。
「レオンにソフィの入学を伝えたのか?」
「言う訳ないだろ、近寄るなと言ったら逆に興味を持って見に行くようなヤツだ」
ふたりとも競歩のような早歩きで進むため、行き合った者は次々と道を開ける。
「なぜ在籍を教えなかった」
「お前が面倒を起こすのが分かってたからだよ!
だがアイツは必修科目以外は全部騎士科を選択していたはずだ。だとしたら必修科目で会っちまったのか?運命じゃね?」
「貴様!」
ロルフは襟首を掴もうとしたヴィルヘルムの手首を左手で掴み足払いをすると、
空いた右手で顔を鷲掴みにして思い切り壁に叩きつけた。
城壁に鉄球をぶつけたような重い音がしたが
壁とヴィルヘルムの間には魔法障壁が形成され、壊れたのは壁の方だった。
そしてロルフの指の間から顔を掴まれたヴィルヘルムのギラついた目が光る。
「ほら、壊さない。修繕費が足りなくなったら国境の鉱山に派遣するよ。君らなら三年もあれば制圧出来るんじゃないか?」
フリードリヒに穏やかに言われ、ロルフは乱暴にヴィルヘルムを突き飛ばした。
「随分早くに戻ってきたねぇ、ヴィルヘルム。
良かったよ。もう少しで君を鎮圧するための部隊をアカデミーに派遣しなければならなかった。あそこは智の宝庫。そして居るのは頭でっかちとヒヨコちゃんだけだ。君も可愛い婚約者の前で捕縛されたくないだろう?」
「立ち寄った程度ですが…それで、よく捕捉できましたね」
「君の作った立体マップのおかげだよぉ。これで城内での密談は筒抜けだ。
でも一部の人間しか知らないから口外しないでくれよ」王太子の笑顔が不気味だ。
「さぁ、仕置き部屋に行こう。友人の惚気話を聞いてやろうじゃないか」
楽しそうな王太子を他所に、護衛が一番ゲッソリしていた。
「まるで鳥籠だな…」
アカデミーの立体マップを見たロルフは哀れなものを見るように目を細めた。
「昼前からレオンはソフィの側に居続けた。そしてあまつさえソフィの手料理
を食べ、彼女に触れた」
「ほぼほぼ飯食わせてもらってただけじゃねぇか!」
「いつもロルフの後ろを追いかけていたレオンだろ?嬉しそうにお菓子を食べてるイメージしかしないよ」
「おおよそ、そのままデカくなり、今は殿下と変わらない身長です」
「騎士団長もデカいもんねー」
「どうせ肉でも焼いてる所に居合わせたんだろ」
「その割には随分と好戦的な目を俺に向けてきたぞ。おかげで最初はレオンだと
気づかなかった」
「考えすぎだと思うぞ。だってアイツ、一年くらい前から…」
そこまで言ってロルフが止まる。
「なぁ…ソフィア嬢が月猫亭で働いていたのはいつ頃だ?」
「去年の冬までだ」
「………大丈夫だ。惚れているのは恐らくシチューだ」
「どういう事?それ」フリードリヒが不思議そうな顔をする。
「贔屓の店のシチューが食いたいと言われて何度か連れて行ったんですが、味が
変わったらしくて、行くたびに以前いた調理スタッフを探していたんです」
「そんなに美味い店ならお忍びで私も行ってみたいな」
「娼館ですよ」ヴィルヘルムが不機嫌そうに呟く。
「!…それはレオンには早いだろぉ」
「アイツは飯食って帰るだけですよ。揶揄った事はありますが…」
「ほら、やっぱり考えすぎだ。
ヴィルが大事に思うのも解るけど、ソフィア嬢とはまだ口約束だろ?婚約前に嫌われたら元も子もないじゃないか」
「……………」
照れるなら解るがヴィルヘルムの顔色は悪くなっているように見えた。
「………婚約するんだよな?ダールベルク公爵からはそう聞いてるよ。気持ちを
伝えて承諾をもらったんだよな?」
「………」
「おい、まさか…」
「嫌われてはいない……筈です…」
告ってすらいなかった…
「話すにしても何から伝えるべきなのか…彼女は戦場で俺が何をしたのかも知らない」
「話した所で経験者にしか解らないよ」
「だからこそ、ヴィルヘルム・ダールベルクの名は悪意に満ちている」
強大すぎる魔力を持った魔術師は畏怖の象徴となり、戦場を駆け巡った。
そして敵ばかりか味方にも強烈な印象を残し、もはや別人になって本人を苦しめている。
だがヴィルを知らぬ者には、そんな事は些事に過ぎないのだ。
「何を怯える事がある。英雄の名ではないか。
君はひとりで抱え込み過ぎなんだ。
我慢強いのは悪い事じゃないが、それで潰れても誰も褒めてはくれない。
むしろソフィア嬢は悲しむんじゃないかな」
悪魔の如く噂される男の本性が、告白も出来ないヘタレだと知る者の方が少ない。
でもソフィア嬢は少数派のような気がする。
「……まずはヴィルの気持ちを伝えたらどうかな?君は君だよ」
静かにフリードリヒが語るのを聞きながら、ロルフは背中に冷たい汗をかいていた。
酒を飲んだ勢いで、娼館でメシばかり食ってるレオンを揶揄った事があった。
その時アイツはなんて言っていた…?
『身請けをしたいと言ったら買ってくれるのか?』
俺は笑い飛ばしたが、その時ばかりは、一端の顔をしていた事を思い出した。




