第11話 少女たちの成長と恋のはじまり
◆絹のゆめ、恋のいと◆
【少女たちの成長と恋のはじまり】
■1 春の訪れ、胸のざわめき
「ミナさーん、ちょっと糸見てください!」
「また切れたの? ソフィア、落ち着いて」
ある春の日、製糸ファクトリーにもやわらかな風が吹き始めた。糸車の音が、ぽこぽこと明るいリズムで鳴り響く中、少女たちは相変わらず元気に働いていた。
そんななか──
「ねえ、ウイリアム殿下って最近また来てるって本当?」
「ほんとよ! 工場の新設備を視察に来てるんですって!」
「うわああ! 見られたらどうしよう、私、作業着だし!」
休憩室がざわつく。公爵家ファクトリーには、ときどき“王都からの視察者”が来る。そのなかでも特に人気なのが、あの“麗しき王子様”ことウイリアム殿下。
■2 ミナの“気づき”
「……別に、王子様なんてどうでもいいし」
と、言いつつも。鏡の前で帽子の角度を調整してしまうミナ。自分が“元”侯爵令嬢だったことを誇りにしていたが、今は立場もなく、ただの職工のひとり。
そんな彼女に、ある日声がかかる。
「君の糸、他より細くて丈夫だね。どうやってるの?」
それは、王都から来た若き技師見習い──ハルトという青年だった。彼は機械の改良を任され、現場の観察に来ていた。
「えっ、あの、えっと……別に特別なことは」
「手つきが綺麗だったから、ずっと見てた」
「……え?」
ほのかに赤くなるミナ。その日以来、彼はよく話しかけてくるようになった。
「もし良ければ……一緒に、糸の試験データをとってくれない?」
彼のまっすぐなまなざしに、ミナの胸が、少しだけざわめいた。
■3 ソフィアの“初めての手紙”
一方、ソフィアにも変化が。
「ほら、これ。郵便!」
「ええっ!? 誰から!?」
それは、となり村に住む兵学校生、幼なじみのレオンからの手紙だった。
『ソフィアへ。君が絹工場で働いてると聞いて驚いた。村のアイドルだった君が、立派に働いてるって母さんが話してたよ。会いたいな。今度、休みの日に会えない?』
「きゃーーーーーー!!!」
休憩室が爆発した。
「なにこの青春!? どこの乙女ゲーム!?」
「う、うるさいなあ! そんなんじゃないもん!」
だがその週末、本当にソフィアはこっそり村へ戻った。
工場仲間は皆、「がんばれー!」「変な男だったら投石ね!」と見送った。
■4 カティアの“やわらかさ”
「最近のカティアさん、笑顔が増えましたよね~」
「そうね。声の圧は変わらないけど」
かつて鬼軍曹と呼ばれたカティアも、工場の穏やかな日々の中で、少しずつ笑顔を見せるようになっていた。
ある日、糸巻き器の修理に王都の修理工・ジークという青年が来た。手先が器用で、口数は少ないが、動作にムダがない。
「……あなた、軍で整備やってたでしょ」
「なぜわかった?」
「機械の分解順が教本どおり。普通の修理屋じゃやらない」
初めて笑ったジークを見て、カティアの心にも、不思議な風が吹いた。
「──よかったら、今度一緒にストレッチしませんか?」
「……え、いまなんて?」
「や、やっぱり忘れて!」
耳まで真っ赤なカティアは、走って部品棚に隠れた。
■5 ルネの“夢の芽”
ルネは今、密かに「夜間女学校」の入学を目指していた。妹と二人三脚の生活の中、勉強だけはあきらめたくなかった。
「ルネちゃん、いつも帳簿の計算手伝ってくれてありがとう!」
「いいえ。簿記の練習になるので」
そんなある日。公爵家のエリーゼ夫人がふと立ち寄り、帳簿を見て言った。
「この集計式、あなたが考えたの?」
「は、はいっ……その、独学ですが……」
「素晴らしいわ! うちの事務班に推薦するわね。給与も上がるし、夜間学校に通いたいなら支援もできるわ」
その瞬間、ルネの目に涙がにじんだ。
「……わたし、がんばります」
あの時、うつむいていた少女は、今、自分の足で夢に向かって歩き始めていた。
■6 そして──春の舞踏会
春の終わり、公爵家主催の「感謝舞踏会」が開かれた。製糸ファクトリーで働く少女たちのため、華やかなドレスと小さなカップケーキが用意された。
カティアは制服のまま現れそうになって、ミナに強引に着替えさせられ。
ソフィアは「緊張しすぎて胃がキリキリする~!」と悶絶。
ルネは「は、初めてのドレスです……!」とそわそわ。
そしてミナは──
「ハルトさん、来てくれるかな……」
淡い春の光のなか、それぞれの心に芽吹いた想いが、やがて糸となって繋がっていく。
■エピローグ:糸は未来を編む
工場の一角に、新しい布サンプルが並ぶ。それは、少女たちが引いた糸を使った特別な絹布。
「名前は……“夢紬”なんてどう?」
エリーゼ夫人の提案に、みんなが頷いた。
──それは、少女たちの夢と成長と恋が編まれた、たった一枚の布。
明日もまた、糸車は回り続ける。
胸のときめきと、未来への希望を乗せて──。




