第五章 慟哭の三日目 ③
向かった先は、中央ブロックの購買だった。
まさか、一昨日あれだけ買ってもう食料を買い足すのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
柊は、食料売り場を通り過ぎて、文房具のゾーンで何かを探し始める。
「ちょっと、そこの二人」
長い髪をポニーにしてまとめる、強気な瞳が特徴的な少女が、話しかけてきた。
どう考えても、所有者の僕たちを見かけて取り入ろうとしている。
「あたし、まだ解答持ってないのよね。ちょっと二人さぁ、人助けだと思ってそこの取引ルームであたしに解答見せてよ」
「ごめんね。それはできない」
「お願い。無理を承知で言ってる。あたし、どうしてもなりたい職業があるの。ここで解答見せてくれたら、入学してから全面的にあんたたちに協力する。だから、お願い」
「ごめん」
ドン、と僕は少女に胸の辺りを押される。
「なんでよ! あんたたちに不都合ないじゃない!」
「それが、あるのよ」
話に割って入ったのは、しゃがんで何かを探している柊だった。
彼女は、僕たちの方へ一切視線を向けずに淡々と続けていく。
「あなたが足利くんたちの仲間だったら、解答を彼らに横流しされて私たちはゲームオーバー。あなただって、きちんと見返りをもらえるかわからない。彼らの一人勝ちを許すような真似、私にはできないわ」
「誰だよ足利って! 室町幕府かよ! あたしはそんな奴とつるんでない!」
「その証明はできないでしょう。であれば、私は自己の利益のためにあなたへ解答を渡すことはできない。私たちよりも、足利くんに詰め寄ったらどう? 彼ら、もう解答を五枚集めているのだし」
その少女は、スマホを見る。きっと、『リスト』を見ているのだろう。
北と南のマス目は相変わらず空欄だが、僕と柊以外の人間だけで五つが埋まっている。
彼らが繋がっているのなら、確かに彼女からすればそちらへ打診した方が効率的だ。
「……足利なんて名前のやつ、いねぇけど」
「彼は、王様気質だもの」
少女は、憎らしそうに僕らを見ると、購買の外へ走っていった。
『いやぁ〜見事な嘘つきさんだねぇ』
フェリスがニヤニヤと柊の横顔を覗く。
当然ながら、柊には見えていない。
フェリスの言う通りだった。柊は、人の発言が嘘かどうかわかる。
ならば、少女が足利と繋がっているかどうかがわかるはずなのだ。
だけど、判定すらしない。足利とのつながりは関係なしに、ただ少女を遠ざけた。
それは多分、相手にしていると、キリがないからだ。
「ここにいると面倒ね。ごめんなさい。早く行きましょう」
柊は、四色ボールペンとコピー用紙、大きい消しゴムを五個ほど持ってレジへ。
セルフレジで購入した後、柊は早速何かを書いて、細かく折りたたんでポケットにしまっていた。
「これ、持ってくれるかしら。今から、取引ルームへ行くわよ」
言って僕へコピー用紙を預けると、彼女はさっさと歩き始める。向かう先は食堂の奥にある1.5階。
解答のやり取りが唯一許可されている、取引ルームだ。
大半の生徒が森にいるため、ここはほとんど無人だった。
きっと、北と南の解答が未登録だからだろう。
本当はもうそこにはないのに、誰も彼も柊と足利に騙されて探し回っているのだ。
足利グループの面々だけは、例外だけど。
足利を中心に合計四人、食堂で昼食をとっているようだった。
今日は、小野寺はいないようだ。別行動だろうか。
僕たちは、ニヤニヤとした視線を向けてくる彼らを無視して、扉を開いて中へ。
奥にあるもう一つの扉を開ける。
「やっぱりいたのね。蟻地獄くん」
奥には、初日にも取引ルームを占拠していたヤンチャそうな少年が、一昨日と同じような体勢で椅子に座っていた。ソフトリーゼントは、整髪料がないのか、オールバックになっている。
「やっときたかよ、待ちくたびれたぜ」
少年は、頬がこけているように見える。
仕方ないことだ。だって、初日も二日目も、おそらく戦果はゼロ。
おまけに、ここから一日中出られない枷を自ら嵌めてしまっている。
不安に押しつぶされそうになっていても不思議ではない。ある意味、究極の他人任せだ。
僕は、おこぼれを預かろうとするその醜悪な姿にゾッとした。
これが、自分で動くことをやめた人間の成れの果てだ。
「解答を見せれば、ここをどいてくれるのよね?」
柊は、ドアを開いたまま、中にいる少年へ問いかける。
「あぁ。これだけ俺を待たせたんだ。解答は何枚持ってきたんだ? 働きバチ」
「一枚よ」
「あぁっ!?」
怒りと失望がない混ぜになった声を無視して、柊はルームの中へ侵入し、扉を閉めた。
『あれ。あの子、解答見せるつもりなのかい』
『いや、違うな。多分、なんか嘘を吐くよ』
『ほう。面白そうだから見て来ようかな』
言って、フェリスは扉をすり抜けて取引ルームの中へ入っていった。
ほんの三十秒ほどで、少年が扉から姿を現した。その瞳には、諦めの色が色濃く出ていた。
今日を合わせて残り三日。解答を集めるのは不可能だと悟ったのかもしれない。
言葉を交わすことなく、代わりに僕が中へ入っていく。
『このホームズちゃん、やっぱり最ッ低だぜ? モリアーティに改名だ』
ケラケラとフェリスが笑っている。何があったのだろう。
僕は努めてフェリスへ視線を向けないように、奥の椅子へ腰掛けている柊へ問いかけた。
「何をしたの?」
「簡単よ。これを見せただけ」
柊は、一枚の紙を手渡してくる。
【東ブロック 問:常盤城高校の創立記念日を答えよ 解:三月一九日】
「……なにこれ?」
一昨日見せてもらった解答とは別物だ。それに、紙の上部に常盤城の赤い校印がない。
「見ての通り、ニセモノよ」
「……これもしかして、今さっき書いてたやつ?」
「そうよ」
めちゃくちゃ悪どい。さっきの少年が本物の解答を見たことがないであろうことにつけ込んで、贋作を見せたのだ。酷すぎる。
確かに、本物の解答も手書きで書かれていたけど。何て投げやりな手段だ。
「……で、なんでここまでして取引ルームに入りたかったの?」
「決まってるじゃない」
柊は、一つ大きなあくびをして、
「ここで、二〇時まで待機するのよ」
「……へ?」
思わず、空気が抜けるような声が漏れた。
「もう三日目。解答を持っていない人は、半ば諦めるか、さっきのポニテの子みたいになりふり構わず所有者へ取り入ろうとするかどちらかに分かれる頃だわ。となると、コテージで待機していると、煩わしいのよ」
コテージに一度に入れる人数は家主含めて二人まで。だけど、借金取り立ての如くドアや窓を叩くことは別に禁止されていない。
コテージに入る瞬間を誰かに見られていれば、二〇時になるまで誰かの差し迫った感情を受け流し続けなければならない。
それは、想像するだけで、きつい。
……だけど。
「それって、三日目を全部捨てるってことだよね? もっとこう、足利チームと交渉するための対策とかさ、やることはあるんじゃないの?」
「あるかしら?」
鋭い視線が僕を射抜く。またも無策な僕は、黙るしかなかった。
「最後の布石は、もう終えたわ。だけど、動き出せるのは明日の朝。だから、今日は他の受験生からの接触をシャットアウトさえすればいいの」
だから、取引ルームに籠城する。
ここはどう足掻いても、二人しか入れない。
そういう使い方を想定しているとしか思えないけど、奥に洗い場やトイレまで備え付けられているようだ。
確かに、ここなら問題なく時間まで過ごせそうだ。
「……布石って、何をしたの?」
「んー? 買い物よ」
言って柊は、買ったばかりの大きな消しゴムをボールペンの先端や爪で少しずつ削り始めた。
削りかすは、コピー用紙を広げてそこへ落としている。
これは、彫刻だろう。柊は、完全に暇つぶしを始めたようだ。
かなり集中しているようで、なんだか話しかけづらくなってしまった。
結局僕たちは、二〇時に近くなるまで取引ルームに閉じこもっていた。




