世界樹の出会い
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
そんな天児の様子を見て、マリアロイゼは躊躇いながら、言葉を続ける。
「その、大変申し上げにくいのですが、恐らくあの粗大ゴミが聖女召喚を行ったのは、人気取り…のつもりだったのだと思いますわ。アレは私という婚約者を捨てて、新しい侯爵令嬢を婚約者に取り立てましたが、本来、それは王家と公爵家の約定に反する行為…各公爵家とその民への裏切りに他なりません。ドラグ家は領地や領民を持たないとお話ししましたが、その分、兵団を持ち、王都とその民を守護するのが常というもの。特に王都に住む者たちからは、ドラグ家への信頼は篤いのです。なので…」
その先を言い淀むマリアロイゼの思いを察し、何も言えなくなる天児。確かに、この世界において極めて重要な存在である聖女を呼び出すことが出来れば、一定の成果と言っていいだろう。
これが世界の安寧を揺るがす、異常事態の最中にあるのであれば。結局の所、天児は二人の痴情の縺れに巻き込まれただけだ。
本来であれば、天児は怒っていい話だし、実際憤りも感じている。だが、解っているのだ、彼女もまた被害者なのだと。
それに加えて、ほんの数時間前に見た彼女の国や家族の為に命を投げ出してもよいといった覚悟と、彼女自身が処刑寸前にまで追い込まれた境遇…
なにより彼女には何の非も無いという事実が、怒りよりも悲しみを強くもたらした。天児はうまく言葉にできないその思いを、それまでより強く彼女を抱きしめることでしか、表現することは出来なかった。
しばらく無言のまま飛んでいると、いつの間にか『世界樹・アクシス』はもう目前だった。ここまで休みなく飛び続けたマリアロイゼの事も気にして、天児は少し明るく提案する。
「ロゼさん。あの枝の所、降りられませんか?少し休みましょう」
「え?ああ、そうですわね。では、あちらに…」
マリアロイゼはまだ気落ちしているようで、言葉に力がない。体力的な余裕は解らないが、精神的には少し落ち着いて休む時間がいると、天児は思った。
二人が降り立った世界樹の枝は、とても太く、幅は数百メートルはありそうなほどに広い。この上を歩いていけば、幹へ行けるだろうが、まずは休むのが先決だ。
幸いここは平らでそよ風は心地よく、また適度な陽光が辺りを照らしていて、休むにはうってつけの場所に思える。
数時間ぶりにマリアロイゼの腕の中から離れて、天児は身体を伸ばしながら聞いた。
「ふう、お疲れ様でした。ロゼさん大丈夫ですか?水でも飲めれば一息つけるんですけど…」
天児は辺りを見回してみるが、当然、樹の上では水などあるはずがない。これだけの森林だし、地上に降りれば川などの水場も豊富だろうが、天児一人では、降りることも、ここまで登ってくることも不可能なので、困ってしまう。
(食糧はともかく、水分はどうにかしたいな…)
少なくともこちらに来てから、天児は飲まず食わずの状態だ。マリアロイゼも天児と出会ってから今まで、何も口にしていない。
ましてや、彼女は空を飛んだり、兵士たちと戦ったりと、身体を動かしているのだからどうにかして水分を取らなくては脱水症状になりかねない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、視界の隅でキラキラと光るものが見えた。
「ん?…あれは、なんだろう?」
光の方を向いて見てみると、やはり何かが光に反射しているようだった。天児は無性にその輝きが気になって、俯いて立つマリアロイゼの手を優しく握り、ゆっくりと歩き出す。
近づいてみると、輝きの原因は、枝の一部が洞になって窪み、そこに水が溜まって陽光を反射していたものだった。たっぷりと湛えられた水は、非常に澄んでいて、飲用しても問題ないように思える。
「わぁ、凄いな…雨水ですかね。見た目は綺麗に見えますけど、飲めるのかな?」
天児は感嘆の声をあげて近づき、両手で水をすくい、匂いを嗅いでみる。異臭はしないので、腐っているということもなさそうだ。すると、俯いて黙っていたマリアロイゼもようやくそれに気付き、驚いたように話し始めた。
「これは、世界樹の雫…?この量は雫というより泉ですけど、こんな場所があるなんて…」
「世界樹の雫、ですか?」
「ええ、古い御伽噺に登場する逸話ですわ。瘴気を払う旅に出た聖女と英雄が、傷を負って世界樹の中に身を隠すと世界樹の実と雫を飲んで傷を癒し、不思議な力を得て再び旅に出るという…」
聖女という言葉を口にして、また少し顔を曇らせるマリアロイゼ。天児はそれを見て、わざと明るく声をかけた。
「そんな逸話があるんですね。それなら、飲んでも大丈夫かな。…ロゼさんも疲れてるでしょ?一緒に飲んでみませんか?」
そう言って、もう一度両手で水をすくい、口に含んでみせる。そのままこくこくと飲み干してみれば、その水はほのかに甘く、実に爽やかな喉越しで、身体中に染み渡るという言葉がピッタリとはまるような感覚がした。
すると、次第に頭も冴え、先程までの頭痛は消えて、体の怠さやめまいも治まっていった。
「え、これ…?」
にわかには信じがたい効果を感じていると、何か今までに感じた事のない力が漲っていくのが解る。戸惑いながらも、その感覚に身をゆだねていると、その様子を見ていたマリアロイゼも、おずおずと隣に座り両手で泉の水をすくって、ごくりと飲み干した。
その瞬間、彼女はかっと目を見開き、そのポーズのまま、はらはらと涙を流して固まってしまった。そんな少し異様な光景が続いた後、二人はゆっくりと動き出し、お互いに晴れ晴れとした表情になって、思わず顔を見合わせた。
「すごく、スッキリした感じがします。ロゼさんも、落ち着いたみたいですね」
「ええ…何か、生まれ変わったような気分ですわ。先程は色んな感情が溢れてきて、泣いてしまいました。恥ずかしいですわ」
「そんなこと」と言いかけた時、天児の腹からぐぅと音が鳴った。
「…僕も、恥ずかしいです」
「ふふふ、かわいいですわ」
二人がそのまま、思い切りあははと笑っていると、突然、天児の頭の上に、何かが降ってきた。
「痛っ!?え、な、なに?!」
「テンジ様!?」
パニックになる天児の横には、エメラルド色に輝く、見た事も無い植物の実が落ちている。天児はとりあえずそれを拾って、しげしげと眺めてみる。
大きさは林檎より少し大きい位だが、あまり重さはなく、固くもない。しかし、なにより丸い実で助かった、これに棘でも生えていたら、大怪我をしていてもおかしくない。
そんなことを考えていると、ふと閃くような感じがして、咄嗟にマリアロイゼに向かって叫ぶ。
「ロゼさん!」
天児が叫ぶや否や、マリアロイゼは同様に落ちてきた実を、右手で綺麗にキャッチしていた。彼女には角があるので、刺さっていたら色々と大変なことになっていただろう。
「良かった…それにしても、一体どこから?」
ホッと胸を撫で下ろし、頭上を見上げる天児。はるか上に、葉の茂る枝が見えるが、あんなところからこのタイミングで実が落ちて来るなどあり得るのだろうか?
さすがに訝しみながら、その実を足元に置いて様子をみようとするとどこからか、不思議な声が聞こえる。
―すみません。お怪我はありませんか?
「だ、誰だ?!」
咄嗟に辺りを見回すが、二人の他には誰もいない。マリアロイゼにも今の声は聞こえていたようで、彼女も周囲を警戒している。
警戒を怠らないよう、そのまま立ち上がって、いつでもその場を離れられるよう、二人はアイコンタクトを取る。
―お待ちください、私は敵ではありません。
再び先程の声が聞こえてきた。声の主は、近くもなく遠くもない所から喋っている、そんな印象を受ける。すると、天児を庇うようにマリアロイゼは前に出て、大きな声で叫ぶように声をあげた。
「姿も見せずに敵ではないと仰られても、信じられるとお思いですか!一体どこの誰様ですの?テンジ様の頭に実をぶつけるなんて…私、少々怒っていましてよ?」
怒気を孕んだマリアロイゼの言葉と共に、彼女の身体から、青白い炎のような揺らぎが見える。天児は一瞬ぎょっとしたが、これが魔力というものだと直感する。
世界樹の雫を飲んでから、様々な感覚が研ぎ澄まされているようだ。
―姿は見せているのですが…解りました。しばしお待ちを…
声の主がそう言うと、少しの間をおいて、先程の泉からぼこぼこと水が噴き出し始めた。
それはやがて人の背丈くらいまで吹きあがると、徐々に人の形を取り始め、あっという間に美しい女性の姿に変わっていった。
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