惨劇のバーズタウン
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「こ、こんな…」
天児は、眼前に広がる光景に絶句している。
破壊された建物や瓦礫はそう多くはないが、傷ついた人々は大勢いる。そして、命を失ったであろう人々も、決して少なくはない。
現代日本では、かつての戦争や、震災による被害で多くの人々が犠牲になった事は知っているし、ショッキングな映像も見た事もあるが、実際にこれほどの人たちが被害に遭い犠牲になった所を目の当たりにしたことはない。ましてや、これだけ多くの人が怪物に襲われるなど、天児の人生においてはあり得ない事だった。その衝撃は計り知れないものだろう。
隣に立つマリアロイゼもまた、この惨状に歯噛みしながら、それでも冷静さを忘れないように努めていた。
貴族令嬢として、この場で取り乱す事などあってはならない。時として、貴族というものは民を守る為に率先して戦わなくてはならない責務を負っている。このような事態だからこそ、誰よりも冷静にならなくてはいけない、彼女はそう教育されてきたのだ。しかし、この状況は余りにも惨たらしく、心を打ちのめされるものでもあった。
そんな立ち尽くす二人の元へ、一人の男性が近づいてきた。軽装の鎧と兜を身に纏い、腰に剣を帯びている姿は、先程から市民を守る為に戦っていた兵士の一人のようだが、かなり高齢の男性だ。
「お嬢様…?おお、やはりマリアロイゼお嬢様ではありませんか!お久し振りでございます」
「あら、貴方は確か…パスカルさんでしたかしら?」
「はい、パスカルでございます。その昔は先々代の当主様によくして頂きました。覚えて頂けているとはなんと光栄なことか…大きくなられましたな」
パスカルという男は、目を細めてマリアロイゼに跪いて涙をこぼしている。このままでは怪我人や死者を運ぶ人々の流れの邪魔になると判断し、マリアロイゼは天児とパスカルを連れ、通りの隅へ移動した。
やや間を置いて落ち着いたのか、パスカルは静かに深く息を吐いて、頭を下げた。
「このような状況で取り乱して申し訳ございません。実は戦闘の最中に気付いていたのですが、まさかこのような場所にお嬢様がいらっしゃるとは夢にも思わず…しかし、血筋でございますな。お嬢様の戦う後ろ姿は、先々代の当主マリアンヌ様に瓜二つでございました。何とも懐かしく、頼もしいお姿で…」
パスカルは感極まって、顔を手で抑えている。どうも涙脆い性格のようだが、悪い人物ではなさそうだ。マリアロイゼは宥めるようにその背を撫でている。
「申し訳ない…しかし、まさかこのような事態になるとは…」
「パスカルさん、一体何があったんですの?私達も今朝こちらに着いたばかりで何も解りませんの。詳しく教えてくださる?」
「はい。といっても、この儂も直接の原因は解らぬのです。事の起こりは二週間ほど前の事でした。その日は、いつも穏やかなオケアノスの海が、やけに波が高く、しけた状態になっておりました。漁師たちもいつもとは違う海の表情に疑問を抱いておったようですが…ある時突然、オケアノスが赤黒く染まったのです。あんな光景は儂も、いえ、誰も見た事がありませんでした。そしていつもならば、遠く沖合に現れるリヴァイアサンは、その日以来姿を見せる事もなくなり、代わりに先程の怪物が現れては、街や人々を襲うようになったのです」
パスカルは苦渋の表情を見せつつ、事情を話してくれた。話を聞く限り、オケアノスという海そのものに、何か異常な事態が起こっているらしい。リヴァイアサンもそれに巻き込まれているのか、或いはリヴァイアサンそのものが原因なのか解らないが、危険な状態にあるのは間違いなさそうだ。
「そう言う事でしたか…この事はウィリアム様や、お父様には?」
「ウィリアム様の住んでおられる領都までは、どんなに急いでも一週間はかかります。一応、十日程前に伝令は出しましたが、これほど大規模な襲撃は始めてでしたので正しくは伝わっていないものと…またお父上は王都ですので、尚更…ウィリアム様から伝わるのを待つしかありませぬ」
パスカルの話を聞き、今度はマリアロイゼが苦渋に満ちた表情を見せた。この世界は魔法が発達しているが、現代日本とは違い、通信技術の類いは驚くほど進んでいない。今日まで、天児は色々な事をマリアロイゼに教え教わってきたが、例えば通信の為の魔法というものは、考えたことすらないといった様子だった。それ故に、アクシスがタブレット(木板)を通じて連絡を寄越すというのは、彼女にとっては信じられない衝撃だったようだ。
今回は、それがこれ以上ない程にマイナス面で作用した形と言えるだろう。迅速な情報の共有が出来ないと言うことは、打てる手段が大きく限られることになる。もし仮に、領主であるウィリアム公が様子を見る為だけの兵力しか寄越さなかった場合、それは大きな時間のロスを招き、被害を食い止める所かさらに拡大の一途を辿る事になるだろう。
そもそも、ドラグ家以外の各貴族は、独自の戦力を持つ事が禁じられている。その為、事態を打開するだけの兵力を持っているのは、ドラグ家のみだ。
王都にいるマリアロイゼの父に連絡をしない限り、状況の改善は難しいかもしれない。マリアロイゼはその可能性にいち早く気づいたのか、瞳を閉じて策を考えていた。
「ロゼさん…」
「ところで、お嬢様。こちらの男性は一体…?」
「ああ、紹介しますわね。こちらは私の新しい婚約者クカミテンジ様ですわ。詳しい説明をしている暇はないのですが、あの王子とは婚約破棄をされましたので…」
「なんと!?こ、このような男が…?」
マリアロイゼの言葉に、パスカルは目を見開いて動揺しているようだ。明らかに不審に思っているのだろう、天児の全身をくまなく観察して、言葉の端には不信感がありありと表れていた。パスカルはそのまま天児ににじり寄り、訝しむ目つきで見つめて来る。さすがに天児も居たたまれなくなり目を逸らしていた。
その時、そんな二人の背後で、倒したはずの怪物がわずかに動き出していた。触手の先端から、鋭い針のようなものを覗かせている。視界の端でそれを捉えたマリアロイゼは、咄嗟に動き出していた。
「テンジ様、危ないっ!!」
そう叫ぶや否や、マリアロイゼは天児と怪物の間に割って入ってその身を盾に天児を庇う。
次の瞬間、マリアロイゼの胸元に鋭い針のような棘が刺さり、彼女はそのまま倒れて意識を失うのだった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




