肉食系お嬢様と草食おじさん
ネトコン11応募作品、一日一回、17時更新を目指します。
「ああ、なんて、なんて素晴らしい日なのかしら…!今まで婚約者がアレだったなんて、私の人生の汚点でしかないと思っていましたけれど、テンジ様とこうして出会い、愛を育むきっかけを与えてくれたのだと思えば用済みの粗大ゴミ程度には格上げしてもいいくらいですわね」
『アレ』が『汚点』になり、最終的に『粗大ゴミ』にされてしまうとは、なんとも評価の落差が激しい。まぁ、王子に対してやたらと辛辣なのは、それだけの仕打ちをされた証とも言えるだろう。
冤罪をかけられた上に、処刑される寸前だったのだから、むしろまだまだ温い評価なのかもしれない。
「とにかく、逃げるならさっきの兵士が戻ってくる前に、ここを早く出ましょう。そこの騎士が独房の鍵を持っているはずですけど…」
無惨に天井からぶら下がる騎士の亡骸に触れさせるのは心が痛む所だが、今は四の五の言っている余裕もない、自分で取ろうにも天児自身は独房の中だ。
マリアロイゼも触るのは嫌だったのか、ちらりと横目で死体を流し見るとにっこり笑って、独房の前に移動する。
「大丈夫、心配いりませんわ。テンジ様、危ないですのでお下がりくださいませ、この程度の鉄格子など。よっ…い、しょっ!」
そう言ってマリアロイゼは、掛け声と共に独房の鉄格子を力任せに押し曲げて、力任せに引き千切った。
余りの出来事に呆然とする天児とは対照的に、マリアロイゼはパンパンと手をはたいてから両手を腰に当てて胸を張り「これも淑女の嗜みですわね!」と、誇らしげに笑っている。
なるほど、これならば人間の首や腕など一溜りもない、日本には赤子の手をひねるという言葉があるが、彼女ならばそれが大人であっても、容易くねじ切ってみせるだろう。
「…さ、テンジ様。こちらに」
そう言うと、マリアロイゼはその手を差し伸べた。驚きの余り固まっていた天児が、慌ててその手を取ると、優しく握り返す彼女の手は、わずかに震えていた。
そして気付いた、こんな牢など、彼女は逃げようと思えば簡単に逃げられたのだ。
そうしなかったのは、先程の騎士に語っていたように、彼女はこの国や家族の為に殉ずるつもりであったからだと。
こんなに優しく、家族や生まれ育った土地を愛する女性を何故蔑ろにするのか、詳しい事情は解らないが、自分も処刑されていたかもしれないと知ったことよりも天児の中で王子に対する憤りが強くなった。
それと同時に(彼女は絶対に怒らせないようにしよう…)とも。
「それじゃあ、参りましょうか!」
元気一杯に宣言するマリアロイゼ。どうやら、天児と手をつないだことが余程嬉しかったようで、だいぶ、いや、かなりテンションが上がっている。
今更その気持ちを疑っているわけではなかったが、その張り切り具合を見ていると、本当に恋心を抱いているんだなと解って、天児は心の中で苦笑した。
(こんなおじさんのどこがいいんだか…)
思い返してみれば、学生の頃から女性に好かれるタイプではなかったので、浮いた話と言えば、職場で出会った亡き妻『出雲』との思い出くらいである。
(…彼女にもどうして僕を好きになったのか、聞いたことはなかったな)
そんなことを考えていると、いつの間にかマリアロイゼが顔を近づけて、覗き込んでいた。
驚いて一歩下がると、彼女は少しつまらなそうな顔をしてそっぽを向いてしまった。女の子に近づかれて距離を取るなんて、傷つけてしまったかと、天児は慌てて声をかけた。
「ま、マリアロイゼさん…?」
「つーん」
わざわざ声に出して言う所はかわいいが、お冠なのは間違いなさそうだ。こういう時に気のきいたセリフでも言えればいいのだが、天児はそう言う事が特に苦手なタイプだった。
冷や汗をかきながら焦っていると、むくれていたマリアロイゼは小さくため息をついて喋り始める。
「テンジ様、ズルいですわ。そんなに可愛い態度を取られたら、私怒れなくなってしまいます…でも、せっかく二人きりの旅の始まりだというのに、いくら亡き奥様を優先してもいいとは申しましても、手をつないでいる間くらいは私を気にしてくださいませ」
どうやら、妻の事を考えていたのがバレていたようだ。
本当に、女性のこういう勘の良さはどこからくるのだろう?別に後ろ暗い事を考えていたわけではないが、確かに好意を持っている相手には、失礼な態度だったと反省する他ない。
「ああ、ごめんなさい、つい…」
「そ・れ・と!またロゼと呼んでくださいませんでしたね?私二つ傷つきましたわ…なので、一つ提案致します」
「提案?」
「はい、次に私をロゼと呼ばなかったら…そうですわね、問答無用でキスを致しますわ、熱い…熱~~~~~~いキスを、思い切り!」
「なっ!?」
何を言いだすのかと思えば、今度は本当にとんでもない提案をしてきた、さすがにそれはと言いたいが、女性が傷ついたと言っている手前、強く否定しづらいのが天児の弱さであり、女性に不慣れな証拠でもある。
とはいえ、アラフォーの大人として、ここは否定しなくてはならないと、自分を奮い立たせて天児は抗議する。
「待ってください!いくらなんでもそれは、良くないですよ、マ…」
マリアロイゼさんと呼びかけた瞬間、天児は見た。
彼女が小さく舌を出して、舌なめずりするのを。
彼女は本気だ。本気で天児の唇を奪りに来ている。
このお嬢様、想像以上に肉食系だ。
(これは、ヤバい!)
咄嗟に声を消し、一呼吸置いて、言葉を続ける。
「…ロゼさん、落ち着いて。いや、それは年長者として簡単に許可はできませんよ」
「ええ、そう仰ると思いましたわ。でも、私…」
マリアロイゼはそう言うと、下を向いて黙ってしまった。こうなると、天児はもう何も言えない。完全に弱点を見透かされている。
「う…」
「私、テンジ様にロゼと呼んで頂けると、本当に嬉しいのですわ。…その一言だけで天にも昇る気持ちになってしまいますもの。それだけに、他人行儀な呼び方をされると、悲しく、て…」
うぅっ…と涙ぐんで言葉を詰まらせるマリアロイゼ。
もはや天児に逆転の目は残されていない、勝負ありだ。
「わ、解った…解りましたよ!それでいいです!」
「本当ですの?!」
ガバっと顔を上げた彼女は、これ以上ないくらいの笑顔だった。
うすうす気づいてはいたが、完全にしてやられた、と項垂れる天児の横で、マリアロイゼは「言質獲りましたわー!」と嬉しそうに飛び跳ねている。
まだ年若い子どもみたいなものだと油断していたが、彼女は立派な大人で、老獪な戦術も身に着けている、そう思い知らされた天児が顔を上げると、マリアロイゼは満面の笑みで宣言した。
「では、次からはそのおつもりで。…よろしいですわね?」
「ハイ…」
(チョロいですわ!)
天児の目には、マリアロイゼの顔にハッキリとそう書いてあるように見えた。
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