88話 亡霊より怖い男たち
【いや、それは…そうだな…】
「正面切って、話さなきゃいけないかな?とりあえずは、塁に任せてみよう。慎重に対応しないとな」
「確かに、蒲は気をつけたほうがいいよね」
「でも、あのとき、何の話か、全く理解できなかったよ」
「なにを?」
「夏梅は、二人から離れたのが初めてで、こんな機会は、もうないかもしれないって…。幼いころから亡霊より怖い男が二人、離れない!と、必死になって、訴えていたけど本当だったな。それも、ひとりはマジな亡霊だったな」
【だけど、よく結婚できたよね】
「最初は、半信半疑で夏梅の家に入り込むことだけを考えていたさ。入り込んだら、訳のわからん事が多くて、随分と迷いながらだった。次はとにかく、蒲だけを連れて夏梅の家から出ようとしたけど、なかなかうまくいかなくてよ。そのうちに、蒲が結婚するって話を持ち出して来てさ、俺たちにとっては、渡りに船の話だったよな」夏梅は、頷いている。
「それからは、お前たちにも協力してもらって、ここまでなんとか来たのだから、このまま波風立てずに、二人に離れてほしいけれどな」
「うん、子供達全員そう思っているよ。あと、僕的には、塁が夏梅2世の玉美を可愛がっているから、心配だけどな…」
「おお、日咲が上手に塁の気をそらしてくれているからな。大丈夫だとは思うが、注意が必要だな。事を起こす方は、自分の思い通りにすることばかりに気を取られる。起こされる方は、黙って、やられているわけはない。おおよそ、知らないふりをしているだけだ。周到に冷静に致命傷にならないように、しているものさ。叶一、とにかく、今日の事をみんなに伝えといてくれ」
「オッケー」
【時間がたつにつれて】
夏梅が俺を騙したことが一度もなかったということが実感として湧き上がってくる。
「しかし、奥様、俺たちが慎重なのに、あなたはすぐに、ボロを出す。気絶したふりなんて、騙されるのは塁くらいだぞ」夏梅は舌を出した。
「塁が気がつかなかったから、よかったけど…いつも、つくろうのは大変なんだからな!」
「だって~。あなたは慎重すぎるのよ」と、夏梅はのんびり答えた。
叶一が笑いながら
「あきれるぜ、あの亡霊より怖い男たちがいないと、母さんはべったり甘えちゃって。僕さ、日美子おばちゃんたちが美術館とパーティの話をするたびに、いつも見てるよ!って思うよ」
「ああー、小芝居をしなかった時の事だろ?」懐かしいな。記念式典はうまく切り替えが出来なくて、完全に失敗したけどな…。
【その時、俺は気が付いた】
俺には塁が見えないから、俺の目を見ない時は塁がいるという合図だったが、吉江の事件では、夏梅がダメージを受けて、合図どころではなかった。蒲がいなければ、いつも通りに夏梅に接していたのを塁は見ていたはずだ。やはり夏梅はどうでもいいのか…。と、言うことは、蒲と塁のこじれた両想いのもつれで騙し合いをしているということか?
叶一が
「普段が小芝居なんて、誰も信じないだろうな」
「当たり前だろ、奥様と子供たちの命がかかっているからな。それに、俺は、役者だよ。お前たちも役者の子だ、これからも、ずっとマジ力入れて、本気で対応するさ。世の中、色々な勝ち方がある。奴らが完全に俺らの前からいなくなったら、俺の勝ちだ。これは男同士の勝負だから」
すると、夏梅が当然のように
「父さんが、母さんに惚れた弱みです!」
「母さんは、調子がいいな」
「人間、だれだって自分を守ってくれる人を大切にしたいでしょ」 叶一に目くばせし、嬉しそうに夏梅は俺にキスをした。
【そんな夏梅を見た叶一が】
「しかし、真剣に母さんのためを思っている塁が可哀そうな気がするよ」俺は、驚いた。叶一に向かって
「おい、騙されるな!「あなたの為」は、どんな崇高な精神であろうと、受け手側には迷惑千万だ。すべては、言っている本人の為なわけよ。塁が思う母さんのためは決して母さんの為ではなく、塁の自己満足。それが、蒲をヒートさせて母さんを苦しめているだろう?父さんが、奥さまやお前たちの為なんて、言った事があるか?自分の意志でそうしたいから、そうしている。守りたいから守っているだけだ。お前たちもそうだろ?あいつらのバカ騒ぎなど相手にしなくていい!同情なんか必要ない」
騙されいている自分から逃げ出したい気分の日も多かった。逃げ出さなくてよかった。この日がなければ、誤解をしたまま後悔の日々を送っていたかもしれない。
一度も俺を騙さなかった夏梅と優しい子供達に囲まれている事が、俺は誇らしかった。
end




