79話 功罪相半ばする
「おい、夏梅、起きているのか?寝ぼけているのか?なんか辻褄があってないぞ」
【天十郎が駆け寄って来て】
夏梅を抱き寄せゆすった。夏梅は天十郎を見ながらも、瞳は遠く思い出すように
「そうなの、あの時、蒲が窓から突き落として、殺そうとしたのは私のはずだった。だけど塁が、追いかけて来て、突き落とされたのは塁だった。蒲は『ふざけただけだろ』って叫んでいた。塁は、蒲の首にしがみついて、落ちないようにしていたのに、塁のからだが落ちて行った。どうしてだろう?」
理解が出来ない不思議な事が起きたという口ぶりで、夏梅は天十郎に訊ねた。「おい、夏梅、怖すぎるぞ、やめろよ」天十郎が上ずった声を出した。夏梅のその目には涙がにじんでいる。
僕は、夏梅の目と耳の間にそっとキスをした。夏梅は天十郎を見据えて、訴えるように
「蒲を、私の傍に置いているのはね。誰の為でもない、私の為なのよ。塁は、あの時から蒲にぴったりくっついているの、蒲が私を殺さないように、塁が見張っているのよ。だからね。蒲と一緒に住んでいても、大丈夫なの」
「おい、ミステリーかよ。殺すとか、殺されるとか、冗談もその辺でやめてくれよ」天十郎は蒲を見た。
蒲は、天十郎に背を向けて黙ったまま、リビングの窓に向かって歩き出した。それを見た天十郎は急に笑い出した。
「おい、可笑しすぎる、俺は俳優だぞ、俺よりうまく演技をしたら変でしょ」夏梅も黙りこくっている。天十郎は夏梅を抱きしめて
「夏梅~お手上げ。蒲と、どれだけ仲がいいか、わかったからもう止めてくれ。幽霊とかさ、霊魂とかさ、死んだ人間の話は苦手だ。本当に怖がりだからさ、ね。怖いよ、冗談キツイよ」懇願する、天十郎の声は跳ね上がっている。夏梅は
「天十郎、蒲の傍には塁がいるのよ。いつも蒲を監視して、私を助けてくれている。本当の蒲は優しくなくて、乱暴だし、意地が悪い、基本、女には触りたくない方だしね」
そうか夏梅は気が付いていたのか、そうかもしれないな。なぜか安心する僕がいた。だが、僕の安ど感とは正反対に、天十郎のパニックは大きくなって行く。
「その理屈だと、今までずっと幽霊と同居していた事になるでしょ。それにあんなに親密に接しているのに、なんで蒲が夏梅を殺すのさ」
「蒲、なんとかいえよ。冗談だって」天十郎はヒステリックだ。
窓の前で外の薄明かりを眺めていた蒲が、ゆっくり振り返ると夏梅を見た。その目には殺意があった。なにかにひきよせられるように夏梅に近づく。
【夏梅は緊張し】
爪をちゅっ、ちゅっと吸っている。僕は「夏梅 指を食うな」とボソッと言った。その言葉に反応するように、夏梅が飛び上がって僕の首に抱きついてきた。僕は優しく、首に抱きついている夏梅を、抱き寄せて目と耳の間にキスをする。僕が天十郎に重なったとたんに、蒲は「天十郎から出ろ」と怒りをあらわにして、酷く腹立たしく「いつまで続く」と引き裂くように叫んだ。
「あの日、俺は助けようとした。ただのおふざけだ。大切な塁を傷つける事なんて考えてなかった。なのに、夏梅に手を出すなって、夏梅ばかり、かばいやがって、夏梅、夏梅って雑音だ」蒲が憎しみを夏梅に集中させた。
「夏梅が満足するまで、天十郎には人形でいてもらう、それが蒲、お前のおふざけの代償だ」悪意を言葉に変えた。
「それは、いつだ、夏梅が満足するのはいつだ」
「さあな」冷たく言い放つ僕に、蒲は懇願するように言った。
「お前の気持ちはわかるよ。だが、おかしい、何かがおかしいよ。他に道はないのか?」僕は蒲を見下すように
「お前が選択した事だ」と拒絶した。蒲はヒステリックに
「選択って、お前だろ、お前が、俺を選ばなかった。塁!なぜお前は俺を選ばない!」叫ぶと、いたたまれないようにその場から飛び出した。
「そうだ、人はいつだって選べるのだ、お前も自分で選んで、今の満足いく生活を手に入れた。だけどひとりだけ、夏梅が選べなかった」
僕は、蒲の後ろ姿につぶやいた。どうやら、夏梅は気を失っているようだが、呼吸は乱れていないので、そのまま、僕は天十郎から出た。
【いつもなら】
夏梅か天十郎のどちらかが気が付き離れるのに、天十郎はそのまま、意識のない夏梅を抱きしめている。天十郎に敵意は抱いていない。僕は、蒲の好きな相手を利用する事だけしか考えていなかった。
天十郎の妻パワーと母さんパワーは、夏梅の対抗意識を刺激しテンションを上げている。ただ代替愛をむさぼり泣くだけの、夏梅の人生よりましである。天十郎が同居を選んだ時点で想像もしなかったが、夏梅にとってはましな展開なのかも知れないと思い始めていた。
夏梅の様子を見るために、振り向きざまに天十郎と目が合った。




